第9話 女子高生を尾行

 伸吾と武彦の二人は道路脇に立ち、女子中学生の波を一時間近く眺め続けていた。目的の少女はまだ姿を見せていない。


 武彦はいつものようにタバコを口にくわえて、つまらなそうな顔で校門の方を見ている。時々、自分好みの少女が通るときだけ、目を異様に輝かせる。足元にはすでにタバコの吸い殻で山が出来ていた。武彦の隣に立つ伸吾は冷静な目付きで、校門から出てくる少女の顔を一人一人チェックしている。昨夜、公園で見た少女の制服から、通っている中学を割り出し、待ち伏せをしているところだった。


 五時を過ぎて、夕日が半分ほど顔を隠し、あたりが薄暗くなったころ、その少女は姿を見せた。大半の女子生徒はグループを作り、楽しそうに話をしながら帰っていくなか、その少女だけは友達がいないのか、一人で学校の校門から出てきた。


 一人でいるからといって、特にさびしそうな様子は感じられない。背筋を伸ばし、さっそうと歩くその姿は、かえっていさぎよかった。


 少女はグループで歩く女子生徒の群れを、器用に避けて歩いていく。武彦と伸吾は、さっそくその少女の後を追った。


 他の女子生徒たちがコンビニやファストフードに立ち寄っていくなか、少女は行き先を決めているのか、寄り道をすることなく足を進めていく。郵便局前の歩道橋を渡り、市役所の前に来たところで、横断歩道を左手に曲がった。大半の女子生徒たちは、市役所の前をそのまままっすぐ進み、川崎駅に向かっていく。


 武彦と伸吾はもちろん少女の後を追い、市役所前の横断歩道を横切った。


 しばらく歩くと、あたりの風景が一変する。まだ夕日は完全に沈みきっていないが、その一帯だけは、すでに夜の街と化してした。


 どぎついまでのけばけばしいネオンサインが夕日に負けずに輝き、通りを行く通行人へ欲望の手を伸ばしている。横文字や卑猥なダジャレ混じりの看板を出した店がいくつも軒を連ねている。業種は様々だったが、一括りに言えば風俗店ということになる。時間がまだ早いせいかあたりは閑散としていたが、ここは川崎一の風俗街なのだ。


 武彦は物珍しそうに風俗店の看板を見つめては、下卑た笑みを浮かべる。


「金がありゃあ、こういったところでいくらでも遊べるのにな」


「今は女を捕まえるのが先だ」


 伸吾は前方を歩く少女の背中から一瞬も視線をそらさない。


「ああ。分かってるよ」


 そう答える武彦だったが、顔は締まりもなく揺るみきっていた。昨夜、友人の悲惨な死を目の前にしたにも関わらず、そのことはすっかり忘れてしまっている顔だ。


 十分ほど風俗街を歩き続けたところで、二人の足が止まった。前を歩く少女が歩みを止めたのだ。


 場所は、狭い路地を入ったつきあたりである。周りの店はまだ開店前らしく、看板の明かりは点いていない。このあたりだけが妙に薄暗かった。


「シンゴ。ちょうど、いいぜ。ここなら誰にも見られねえよ」


 少女の尾行に飽きていた武彦は、今にも少女に飛び掛らんばかりの顔をしている。

 

「そうだな。今がチャンスだな。――よし、行くぞ」 


 伸吾は路地の前後にさっと目をやり、他に通行人の姿がないのを確認すると、少女に向かって走り出そうとした。



 そのとき――。



「――待ちくたびれたわ」


 少女がなんの前触れもなく、くるっと振り返った。不意の動きに、二人はその場で立ち止まってしまった。


「本当に待ちくたびれたわ」


 振り向いた少女はさらに繰り返した。感情の一切こもっていない平坦な声音が、薄気味悪く路地に響く。


「お、おまえ、なんだよ……」


 武彦は言葉が続かなかった。相手の予想外の出方に戸惑っていたのだ。


「――ひょっとして、おれたちをわざとここに誘ったのか?」


 先に情況を理解したのは伸吾だった。


「――――」 


 しかし、少女は答えない。醒めた目で、二人を見つめているだけである。


「おい、なんとか言いやがれっ!」


 武彦は不自然な沈黙を破るように怒鳴り散らした。飲み屋の前に置いてあったビールケースから、空のビール瓶を一本つかみとる。電信柱にビール瓶を打ち付けて、底の部分を割り、即席の凶器を作り上げると、ギザギザの切り口を少女に向ける。


 だが、それでも少女はまったく動じる様子を見せない。


「くそっ。やせ我慢してんじゃねえぞっ!」


 言葉こそ荒っぽいが、武彦はその場から一歩も動けなかった。少女の異様な雰囲気を、肌で感じとっていたのだ。いつもならすぐにでも突っ掛かっていくところを、胸に生まれた違和感がその歩みを止めさせていた。


「――おまえ、何者だ?」


 伸吾がじろりと少女をにらみつける。


「友達に聞いたら。きっと死んだ友達なら、なにか知っているかもね」


 少女は感情の消えた声で答える。


「まさか、おまえが二人を……」


「だったらなんだって言うの?」


「――おい、ふざけんなっ! そういうことなら、今度はおまえをこの場で狩ってやるからな!」


 少女の言葉を聞いてキレた武彦が、怒りに任せて少女に詰め寄っていこうとしたそのとき――。

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