第2話 陰陽師、女刑事からの電話を受ける
「はい、どちら様ですか?」
安倍成明はベッド脇の受話器を手に取った。
「久しぶりね」
聞き覚えのある、冷ややかな女性の声が答える。警視庁刑事部捜査0課の須佐之麗子である。
「あなたのおかけになった電話番号は現在使用されておりません。この先、永久的に使用されません――」
「居留守を使うなら、最初から電話に出ないことね」
女刑事は冗談に対して冷静に返してくる。
「――せっかくだけど、ぼくはこうみえてとても忙しい身でね。忙しいときは居留守を使うことにしているんだ。無理難題を平気で押しつけてくる警察に対してはとくにね」
「スイートルームの巨大なベッドに女の子を連れ込んでいたら、忙しいのも十分に分かるわよ」
「――まったく最近の警察は盗聴だけじゃなく、盗撮までするようになったのか。まさに世も末だよ。一般市民を守るべき警察がこれじゃ、明るい未来は永遠にやってこないね」
「言葉を返すようだけど、日本屈指の陰陽道の力を持っていながら、それを一般市民の為に使うことを拒否している方が、未来を暗くさせる要因になるんじゃないかしら。世の中には、普通の刑事の力では解決出来ない事件が数多くあるのよ。明るい未来の為にも、ぜひ協力してもらいたいものだわ」
「ぼくは警察に協力とすると言った覚えは一度もないんだけど」
「今回の事件の現場は川崎市にある安倍晴明にゆかりのある古い神社よ。それでも協力は出来ないかしら? 子孫に見放されたご先祖様はきっと大いに悲しむわね」
「――それを聞く前に電話を切っておくべきだったよ」
「それじゃ、事件に関する詳しい資料はそちらに送ってあるから、あとはお願いね」
それだけ言うと、電話は切れた。
ため息混じりに成明はベッドから起き上がった。いつもの黒の上下の服装に素早く着替える。朝食のルームサービスを頼もうとしていると、部屋のベルが鳴った。
「はい、なんですか?」
「お預かり物をお持ちしました」
「分かりました。今、ドアを開けます」
姿を見せたボーイから手渡されたのは大きな封筒である。封筒の表面には『日本一の陰陽師さんへ』とピンクのマジックで大きく書かれている。今回の事件の捜査資料が入っているのだろう。
「まったく、この書き方、絶対に悪意ある嫌がらせだとしか思えないよな」
成明は端正な顔をしかめながら、ざっと資料に目を通し始めた。
「――えーと、神社に出る幽霊犬の調査に、野良犬殺し? なんだこれ? 幽霊犬は分かるとして、野良犬殺しの調査なんて、陰陽師とは全然関係ないだろう。これも嫌がらせなのか? だいたい、ぼくは犬派ではなく猫派なんだよ。可愛い子猫が相手ならば、いくらでも頑張れるんだけども」
「うーん……成明くん、どうかしたの? まだ朝早いでしょ?」
可愛らしい子猫のような女性がベッド上で半身を起こし、成明の方にひどく物憂げな目を向けてきた。
「ゴメンゴメン。起こしちゃったかな。ちょっと急用が出来ちゃってね」
「そうなんだ。私はまだ体力が回復しないから、もう少しこのまま寝ててもいいかな?」
「もちろん。ベッドは自由に使っていて構わないよ。続きはこっちの用事が終わってからにしようか」
「そうだね。それまでには私も体力が回復してると思うから、昨夜の続きをいっぱいしようね」
「そういうことならば、さっさと用事を片付けてくるよ。――それじゃあ、行ってきまーす」
まだ眠たそうな顔をしている女性をひとり部屋に残して、成明は資料を手にホテルの部屋を出た。
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