第1話 スケジュール管理

 新宿歌舞伎町にほど近い高級ホテルのスイートルームに東城道夢はいた。道夢は今高校生活の傍ら、とある事件で知り合った陰陽師の元で、お手伝い兼弟子として真面目に働いていた。以前行っていた詐欺行為への反省の意味を込めて、現在、頭はきれいに丸めている。


 道夢の雇い主はその世界では腕の立つ陰陽師として名の通った存在なのだが、人使いと金遣いが荒いことに加えて、さらに女遊びが極端に荒いときていた。本来ならば、もっと環境の良い職場で高校生らしい爽やかな仕事をしたかったが、如何せん、やむにやまれない『下半身の事情』で、今はここで世話になっている。


「まったく先生といい、あの女刑事さんといい、ボクの周りには、本当にろくな大人がいないよなあ」


 眉間に皺を寄せながら、道夢は手帳とにらめっこをしていた。道夢が陰陽師の先生から任されている仕事は二つあった。先生のスケジュール管理と、先生のニセのアリバイ作りである。

 

「ニセのアリバイって、道義的にどうなのかなあ? いや、ボクも少し前まで、ネット詐欺をしていたから、人のことを言えた義理はないけどさあ……」


 この仕事を始めてからというもの、どうにもぼやきの数が多くなってしまった。


 部屋にある大きな窓ガラス越しに、日本最大の歓楽街──歌舞伎町を一望することが出来た。毎日、先生が楽しそうな顔をしているのも無理はない。先生にしてみれば、目と鼻の先に遊び放題の公園があるようなものなのだ。しかも、その公園には沢山の女性がいるときている。


 先生はこのホテルに仮住まいをしている。歌舞伎町の外れにあるリフォーム中のビルの内装が完成したら 、そちらが住居になる予定であった。完成の暁には、そのビルは先生のハーレムビルになるんじゃないかと、道夢は内心で思っていた。それくらい先生の女性関係は広いのだ。 

 

 ベッドに置かれたスマホの着信音が鳴った。


「はい、どちらさまでしょうか?」


「あれ? これって、成明くんのスマホじゃないの?」 


 明らかに若いと分かる、軽やかな女性の声である。


「先生は今、仕事で外出中です。用件があればボクが代わりにうけたまわりますが」


 すらすらと自然に口から言葉が出てくる。何度も同じセリフを言っているので、暗記してしまったのだ。


「そっか。それじゃ、成明くんに伝えておいてくれるかな。今週の金曜日は仕事が休みだから時間の都合がつくって。あたしの名前はリサよ。歌舞伎町のリサっていえば、分かると思うから」


「はい、たしかにうけたまわりました。先生が帰りしだい、必ずお伝えしておきます」


 道夢がそう言うと電話は切れた。なんのことはない。道夢が任されている先生のスケジュール管理とは、女性のそれぞれの休みに合わせて、先生のデートの予定を組むことなのだった。


「歌舞伎町のリサって、いかにもキャバ嬢みたいな名前だよな」


 道夢は女性の名前しか記入されていない手帳を開いて、そこに新しい予定を書き込んでいく。


「うーん、今日だけでもう四人か。どこで知り合うのかわからないけれど、これで今週の予定はいっぱいだな」


 道夢が呆れたように手帳に書かれた予定を見ていると、またスマホに着信があった。


「はいはい、これからは来週分の予定になりますよ」


 電話に出る前からぼやく道夢だった。


 肝心の陰陽師の先生はというと、今日は朝から歌舞伎町のホテルでデートの真っ最中である。さきほどの電話で、仕事で外出中と言ったのは、もちろん真っ赤なウソである。先生のニセのアリバイ作りというのは、つまりこういうことなのだった。

 

「前まではニセの陰陽師を騙りながら、ニセの霊符を作っていたけれど、今は本物の陰陽師の先生の為に、ニセのアリバイを作っているって……。あーあ、いいのかな、ボクはこんなことをしていて……? 高校生らしくちゃんと勉学に励むべきなのかな……?」 


 一日中、ぼやきが止まらない道夢であった。

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