第4話 病室の少年
深夜の病棟に現れた正体不明の恐怖の人影。絶体絶命におちいる薄幸のヒロイン。そのヒロインを命懸けで守る美形の騎士。
現実と願望がごちゃ混ぜになったファンタジーな夢を見た。そして、起きてみると夢が現実になっていた。
「きゃっ! なんで、ここにいるの――」
ベッド上で眠る香奈の顔を上から見つめていた美形の騎士の正体は――成明だった。
「女性の寝室に入るのは、いささか不謹慎かと思ったんだけど、昨日の一件について話を聞きたくてね」
「――そっか……やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ……」
成明の言葉を聞いて、香奈は昨夜の出来事を思い出した。病室の窓からは、明るい陽光が差し込んでいる。どうやら自分はまた気絶して、空いている病室に運ばれて、朝をむかえたらしかった。
「あたしが見たあの人影って……」
香奈の体にぶるっと震えがはしる。その恐怖から逃れるように顔を上げると、そこには恐怖とは無縁だと思えるような成明の優しい顔があった。一瞬の内に恐怖は消えて、あたたかい気持ちに満たされる。恋する乙女は幽霊なんかには負けないのだ。
うん、もう大丈夫。
心の中で大きく一回うなずいた。
「――聞きたいことって、もちろん昨日の『アレ』のことよね?」
「どうしても、いくつか聞きたいことがあってね。もちろん、君の体調のことを考えると、無理強いは出来ないけれど」
「――あたしは大丈夫よ。ここまできたら、白黒はっきりさせたいからね。そうじゃないと、この先、看護師を続けられそうもないし」
「ありがとう、君の協力に感謝するよ。――じゃあ、さっそくだけど、この折り紙について、なにか心当たりはないかな?」
成明の手には、昨夜、病棟の廊下で拾った折り紙が載せられている。二つに切断された奴さんである。
「これ、
香奈は折り紙を手に取って確認した。
「良かった。知っているなら話は早い。この折り紙のことを本人に聞けば、きっと事件解決もすぐだよ」
「話を聞くって……。あのね、雅也くんは、今寝ているから……」
「そういうことならば、その雅也くんが起きてからでも全然かまわないよ」
「……あの、そうじゃなくて……。雅也くんは、三週間前から昏睡状態が続いているの。それで、今は人工呼吸器につながれている状態だから……。話を聞くことは無理だと思うし……」
「――なるほどね。だとしたら、いったいこの式神を使役しているのは誰になるんだ?」
端整な成明の顔に初めて暗い影が落ちた。
――――――――――――――――
静かな病室の中で、その人工呼吸器の音だけが静寂に対抗すべく規則的な、しかし冷たい可動音をあげ続けていた。
人工呼吸器を取り付けられてベッド上で眠っているのは、年の頃はまだ十歳前後といった少年である。長い間病院の世話になっているためか、同じ年ごろの少年に比べて体は痩せ細り、顔色は白を通り越して青白いほどだった。薄い胸板が人工呼吸器の音とともに上下に動くのが、唯一、この少年が生きている証であった。
「この子が雅也くんよ。
香奈は少年――橋本雅也の顔にかかった髪を優しく撫で付けながら成明に紹介した。
「雅也くんは三年前に小児性の難病を発病して、それ以来ずっとここに入院しているの。その病気を治すための治療法もあるにはあるんだけど、それには大きなリスクが伴っていて、手術には踏み切れずにいたのね。でも、三週間前に病状が悪化して、ついに手術に踏み切ったんだけど、結果的に人工呼吸器に頼らざるを得ない状態になってしまって……」
「その手術というのは?」
成明はじっと雅也を見つめている。
「院長が考案した新しい手術法だったみたい。なんでも画期的な手術法らしくて、成功すれば学会でも発表されるらしかったのね。でも、その手術中に雅也くんの体力が持ちこたえられなくて……」
「画期的な手術か――」
「――どう? なにか参考になったかな?」
「この子のことはよく分かったよ。じゃあ、ここに置いてある折り紙もこの子が折ったものなのかな?」
成明は雅也が眠るベッド脇の棚の上に置かれている、色とりどりの折り紙を指差した。
折り紙は全て同じ形に折られている。奴さんである。その奴さんが、まるで『眠りの森の少年』を見守るかのように、ベッドの周りに整然と並べて置かれている。
「そうよ。全部雅也くんが一人で作ったものよ。雅也くんは、この病気を発病して以来、学校に行っていないの。だから友達がひとりもいなくて……。それに両親もちょっと問題がある人たちで、雅也くんがこんな状態だというのに、離婚調停でもめているの。そもそも雅也くんの病気のことですれ違いが生じて、それが原因で離婚ということになったらしいけれど……。弁護士の事務所と裁判所に通う毎日みたいで、雅也くんのことは放ったらかし状態なの。雅也くんにとってこの折り紙の奴さんは、友達でもあったし、家族でもあったというわけなの」
香奈はさびしそうに顔をくもらせた。
「つまりこの奴さんには、彼の思いが強く注ぎ込まれているわけか」
成明は手近にあった奴さんの折り紙をひとつ手にとった。青色の折り紙で丁寧に折られた奴さんである。それを目の高さまで持っていき、高価な美術品でも見るかのようにじっくりと観察する。
「あれ? ここの奴さんが一個なくなっている」
乱れていた奴さんの列を直していた香奈は、そこに奴さんがひとつ置けるだけのスペースが空いているのに気が付いた。
「えっ、まさか、昨日の奴さんって、ここから――」
「おそらくそういうことだと思うよ。この奴さんならば、あるいは式神として十分に使役できる可能性があるかもしれないな」
成明はポケットから半分に切断された奴さんの折り紙を取り出して、空いている棚のスペースに戻した。
「この少年について、なにか他に知っていることはないかな? 噂話でもなんでもかまわないから」
「――噂話でもいいなら、あるにはあるんだけど……」
香奈は一回そう前置きをしたあとで話を続けた。
「いい。これは本当に噂話だからね。実際にどうなのかは分からないわよ。院長と仲がいい、あたしの親友が言っていたことなんだけどね――」
香奈はその噂話について成明に伝えた。
「――そういう話ならば、一度確認をしてみるのも悪くはないかな。あの人影になぜ少年の顔が浮き出たのか、理由がはっきり分かるかもしれないだろうからね」
成明は香奈に顔を向けた。
「ところで、きみに少しだけ協力して欲しいんだけど、いいかな?」
「あたしで出来ることなら、もちろん!」
断る理由がない香奈は速答した。これでまだしばらくの間は成明と一緒にいられるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます