第1話 黒衣の美青年
その日、院長室に集まったのは三人だった。藤巻病院の院長である藤巻俊幸。看護師を代表して看護師長の
そしてもう一人、藤巻がいくつかの伝手をいろいろと頼り、この事態を解決できる腕を持つ者として、京都からわざわざ呼び寄せた人物。以上の三人である。
「――というわけなんだ。とにかく、この幽霊騒動を一刻でも早く収めて欲しいんだ」
藤巻は、現在病院で起こっている幽霊騒動について、目の前のソファに座った青年に詳しく話をしてきかせたところだった。
「なるほど。そういうことですか」
青年は藤巻が驚くほど簡単にそう返答した。
「そういうことって……。こっちとしては死活問題なんだ。もしも、こんなことが外部にでも漏れたら、この病院の評判はガタ落ちだ。アホな週刊誌やネット上にあることないこと書かれる前に、この騒動を収めないと!」
藤巻は語気を荒げて言い返した。
藤巻自身、この病院で幽霊騒動が起こっているらしいとの噂は、以前から看護師の清美から聞いていた。だが、そんなことにいちいち構っていられるほど時間がなかったので、その場ではおざなりに返事をしておいた。その噂自体、藤巻は信じていなかった。
情況が一変したのは二日前だ。自分の眼でその幽霊を見てしまったのである。否定しようにも、今だにあの夜の光景が脳裏にべったりと張り付いて忘れられない。
自分に対しての周囲の評価は知っている。実力のない名前だけの二代目。その評価はあながち間違ってはいなかったが、ここでさらに幽霊騒動などが起こったら、病院自体の信頼も大きく失ってしまう。藤巻はすぐに、以前診察したことのある与党の有力県会議員に連絡をとり、さらにそこから国会議員に話を通してもらい、ようやくこの青年を紹介してもらったのだった。
しかし、いざ青年の顔を見てみると、年齢は自分よりも十歳以上は若い二十代前半で、その容姿はいわゆる世間一般で言われる霊能力者というイメージとは遠くかけ離れていた。黒の上下に、同色のロングコートを着こなした姿は、端整な顔立ちに190センチ近い身長とあいまって、一見するとモデルのようですらあった。
藤巻は青年を見ながら内心で不安をおぼえた。果たして、この青年に任せても本当に大丈夫なのかと。
「――ぼくではなにか心配ですか?」
不意に、藤巻の心中を見透かしたように青年が言った。
「――いや、そんなことは……。とにかく、こっちとしては、一刻でも早く穏便に事を解決して……」
藤巻は言い訳がましく言った。今はとにかく、この青年に頼る以外他に手はないのだ。
「見た目のことは気にしないで下さい。それっぽく見える
青年は藤巻の態度などまるで気にする素振りも見せない。秀麗な顔には笑みさえ浮かべている。もっとも、その瞳は底が読めない怖さを秘めていたが。
「それで今回の幽霊騒動に関して、なにか心当たりというのはありますか?」
「心当たり?」
藤巻は青年の顔を見返した。
「そうです。例えば、分かりやすいところでいうと、誰かに恨まれるようなことがあったり――」
「そんなことは一切ない。あるわけがないだろう!」
藤巻は鬼のような形相で即座に否定した。
「――そうですか。では、あなたはどうですか?」
青年は初めて佐千代の方に顔を向けた。
「えっ、私ですか――」
まさか自分に質問がくるとは思っていなかったのか、佐千代は何事か伺うように藤巻の方に視線を向けた。藤巻は口には出さずに、目だけで佐千代に合図を送った。余計な事は絶対に言うな、と。
「いえ……私もこれといって、とくに思い当るようなことは……」
佐千代は今にも消え入りそうな小さな声で答えた。
「我々は病院として当たり前の仕事をやってきただけだ。それが突然幽霊騒動などが持ち上がって困っているんだ。被害者がいるとしたら我々こそ被害者だ」
藤巻は佐千代の言葉をかき消すような大きな声で言った。
「――分かりました。とにかく一度、その幽霊とやらを実際に見てみないことにはなんともいえないので、今日からさっそく調べてみます」
青年は立ち上がると、なにか言いたそうな顔の佐千代を一瞥して院長室を静かに出ていった。
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