第6話 アベノセイメイ、本物と初対面

 ゆっくりと目を開けた。目の前に見知った顔があった。どうやら、空の上に運ばれることはなかったらしい。ひと安心した。もっとも、このあと色々と追求は受けるだろうけれど。


「ようやく、目が覚めたみたいね」


 第一声を発したのは麗子さんだった。ボクはあの事務所のソファに横たえられていたのだ。

 

「あの……その……アベノセイメイと嘘をついて、ニセモノの呪符をネットで販売していて、申し訳ございませんでした! 見よう見まねで呪いの真似事をしていたこともあやまります!」


 ボクは飛び起きて、その場で土下座をした。


「とりあえず顔をあげてくれるかしら。それじゃ、話ができないでしょ」


「でも、ボクとしては――」


「刑事の言うことが聞けないのかしら」


 麗子さんがさらっと怖い口調で言うので、ボクは慌てて顔を上げた。


 その場には、テーブルを挟んで三人いた。一人は麗子さん。もう一人はトメさん。そして、最後の一人は――。


「ひょっとして――本物の陰陽師さんですか?」


「始めまして、陰陽師安倍晴明の子孫の、安倍成明といいます。呪符を使った呪いの件で、警察に捜査協力しています」


 その男性が自己紹介した。涼しげな目元の奥に、常人離れした強い瞳の光を宿した、美形の男性である。


 瞬間的に、これが本物なのだと悟った。ニセモノとの差は歴然としていた。


「さっきの人の集団はもしかして――」


「ぼくが作った式神だよ。きみへのお仕置きがわりさ」


「す、す、すいませんでした! 本当にすいませんでしたっ!」


 ボクは再度深々と頭を下げた。


「きみのように人様に悪さをする陰陽師のことを、外法げほう陰陽師というんだよ」



 外法とは、もともとは『仏法』に対しての『外の法』という意味合いの言葉である。つまり『仏法』以外の『異教の法』のことで、そこから転じて、社会や人様に害をなす『悪い異教の法』のことを『外法』と呼ぶようになった。特に『外法』を使う者のことを『外法使い』とも呼んだ。



「まったく、ぼくら本物の陰陽師にとっては頭痛の種なんだよね。まあ、ぼくとしては、他にもいろいろ言いたいことは山ほどあるけれど、こちらのトメさんが、まだ未来がある少年だから寛大な処置をお願いしますとおっしゃっているので、今回の件については、これ以上とやかく言うつもりはないよ」


「えー、本当にいいんですか……?」


 さすが本物の陰陽師さんだ。なんて心が広くて優しいんだろう。ボクは自分がしでかしたことも忘れて、ただただ感服してしまった。


「そちらの話が済んだら、今度はこちらの話を聞いてもらえるかしら?」


 麗子さんが会話に入ってきた。


「あ、はい……」


 次の相手は刑事さんなので、ぐっと緊張感が高まった。成明さんは許してくれたけど、刑事さんはどうだろう。


「それじゃ、これからトメさんと一緒に、三階にあるトメさんの部屋へ行ってもらえるかしら」


「はい?」


 ボクは間抜けな声で聞き返していた。


「あの、刑事さんからの処分は――」


「警察としても、あなたを逮捕したいのは山々なんだけどもね、さっき成明くんが言ったみたいに、トメさん自身が寛大な処置を望んでいらっしゃるから、今回は特別にトメさんからの説教だけで済ますことにしたのよ」


「それだけでいいんですか……?」 

 

 成明さんといい、麗子さんといい、もちろんトメさんも含めて、こんなボクみたいなロクデモない引きこもり高校生に温情をくれるなんて……。


 三人の優しさに感極まって涙が出てきてしまった。


 涙でにじむ視界の先に、成明さんと麗子さんの笑顔が見える。涙でぼやけているせいか、その笑顔が底意地の悪い風に見えたけれど、きっとそれは二人が照れ隠しでそうしているのだろう。


「それじゃ、少年。三階のわしの部屋にいくぞ」


 トメさんがボクの手を引いて階段に向かっていく。


「分かりました。悪いのはすべてボクです。お婆さんの説教をしっかりと受けとめます」


 ボクは決意を込めて言った。


「そうかい、そうかい。わしのことを、しっかり受け止めてくれるのかい。なんて優しい子じゃろうな。ひょっとすると、相思相愛ってやつかもしれんの」


 トメさんは告白を受けた少女のように目を細めた。ボクは告白をしたつもりはないけれど、誠実に対応したことが、トメさんにとっては嬉しく感じたのかもしれない。


 ボクはトメさんの手を少しだけ強く握り返した。トメさんがボクの方を振り返って、にまっと微笑んだ。


 その笑みを見た瞬間、なぜか背筋に震えが走った。



 ――――――――――――――――



「これであの子も無事に更生してくれるといいわね」


「更生だなんて言っているわりには、顔に邪悪な笑みが浮かんでいるようにしか見えないのはなぜなんだろう」


「あら、知らなかったの。度を越した悲劇は、もはや喜劇でしかないのよ」


 麗子は大げさな素振りで両肩をすくめた。


「トメさんの説教の内容が悲劇にしろ喜劇にしろ、あとはあの少年がどう思うかだけどね」


 成明は意味ありげな視線を天井に向けた。三階ではトメの説教がそろそろ始まる頃だ。


「昔から『初めての相手は年上の女性』がいいっていうでしょ? きっとあの子も大満足してくれるんじゃないかしら。良いことをしたあとって、本当に気持ちが晴れるわよね。まさに刑事冥利につきるわ」


「つくづく思うんだけど、君は本当に性格に難があるよね。刑事としてはもちろんのこと、人としてもね」


 成明の声が聞こえない振りをしているのか、麗子は冷然と微笑むだけだった。

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