第7話 アベノセイメイ、初めての体験
ボクが通された三階は、トメさんの寝室に使われている部屋のようだった。薄暗い照明しかついていないので、細部までは詳しく分からないが、奥に布団があるのは見てとれた。
どんな説教を受けるか分からないが、ここは精神誠意の謝罪で、トメさんに納得してもらうしかない。そして、トメさんに許しをもらえたら、明日からは引きこもりを卒業して、しっかりと学校に行こう。遅れていた勉強を取り戻し、部活に励み、さらに恋愛も出来たらいいな。
そんな風にボクが思っていたら、突然、背中を強く押された。
「えっ、なに、なに……」
戸惑いながらも、押された勢いに負けて、部屋の奥に敷いてあった布団の上に転がってしまった。
「すいません。暗くて転んでしまったみたいで――」
すぐに起き上がろうとしたが、目の前にトメさんが立ちふさがった。
「ト、ト、トメさん……?」
ボクはその瞬間まで、今の状況をまったく理解出来ていなかった。確かに恋愛経験はないし、もちろん、女性との肉体関係だって一度もない。
それでも、このシチュエーションになったら、この先のことは十二分に想像することができた。
「ま、ま、まさか……ですよね……? 」
ボクの問いかけに、トメさんはにんまりと笑顔を返してきた。
「ご、ご、ごめんなさい――」
当然、ボクは逃げようとした。でも、出来なかった。トメさんがボクにのしかかってきたのだ。
「心配はいらんよ。すぐに終わるからの。わしがしっかりおなごの体のすべてを教えてやるぞ。女体の気持ち良さを知ったら、もう悪さなんてしようだなんて思わなくなるからの」
トメさんは優しく言ってくるけど、ボクの脳内ではその言葉は鬼婆がしゃべっているように変換されて聞こえていた。
「ダ、ダ、ダメです、絶対……。それは、ダ、ダ、ダメ……です……」
ボクはなんとか逃れようと試みたけれど、トメさんの老人らしからぬ腕力でもって、布団の上にガッチリと押さえ込まれてしまって、どうしても逃げることが出来なかった。
そして、そのまま……つまり、いわゆる……世間一般で言うところの……男と女の関係というものに――。
あのとき、成明さんと麗子さんが笑顔を浮かべていた理由が、今ようやく理解できた。
ダ、ダ、ダ、ダマされたんだああああああっーーーーーー!
ボクは心の中で絶叫した。
「おう、おう、そんなにも気持ち良さそうに顔をゆがめて。わしの裸身もまだまだ捨てたもんじゃないのう」
トメさんはボクの耳元でうれしそうにささやいた。
――――――――――――――――
「た、た、大変ですっ!」
三階から駆け下りて、二人がいる二階のリビングに飛び込んだ。ボクのことを恐ろしい鬼婆へ生け贄として差し出した張本人である成明さんと麗子さんは、ソファに座って、優雅に午後のティータイムを満喫していた。二人の表情には、後ろめたい様子はいっさい感じられない。
でも、今はそのことを抗議してる場合ではなかった。
「どうかしたの?」
麗子さんがボクを見つめてくる。
「――トメさんが、トメさんが……息を、していないんです……」
ボクの言葉に麗子さんは、右の眉を少しだけ上げてみせた。成明さんの方は、この一大事にも表情を一切変えることはなかった。
「――分かったわ」
麗子さんは短く言うと、三階に上っていく。てっきり成明さんも一緒に行くのかと思いきや、相変わらずソファに座ったままである。
「あの、成明さんは――」
「ぼくはここにいるから気にしないで」
まるで、こうなることが最初から分かっていたみたいに、落ち着き払っている。
本物の陰陽師というのは、人の生死さえ分かるものなのだろうか?
そんな疑問が脳裏に浮かんだ。
「君がとても慌てているのは分かるけれど、人前に出てくるときは、せめてパンツぐらいは履いておいた方がいいよ。それとも、自分の下半身を自慢したいだけなのかな?」
成明さんに指摘されて、ボクは自分の下腹部に目をやった。この短時間にあまりにもいろいろなことが起こりすぎて、ボクは完全にテンパってしまい、パンツを履かずに全裸のままで、リビングに飛び込んで来てしまったらしい。
さっきからずっと下半身がスースーすると思ってはいたけど……。
「と、と、とにかく、成明さんは、救急車を早く呼んでください!」
ボクはそれだけ早口でお願いすると、股間を押さえながら麗子さんの後を追いかけて、三階に戻った。
背後から成明さんの声が聞こえてきた。
「ハダカで飛び出すなんて、まさに青春まっさかりだね」
楽しげに言う成明さんの声が、とても怖く感じたのは言うまでもない。
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