下法陰陽師編

第0話 ボクはアベノセイメイ

 ボクの名前はアベノセイメイ。あの有名な陰陽師アベノセイメイである。


 今日も朝からせっせと陰陽道の修業に励んでいるところだ。毎日の鍛練、それこそが陰陽道を極める極意なのだ。


 ボクの修業、それはパソコンで霊符れいふを製作することだった。


 まずは霊符のデザインを練る作業。デザインは依頼内容によっていろいろと変えている。例えば、恋愛成就を祈る霊符なら可愛らしいハート型をデザインする。交通安全ならば車の形にしたり、受験合格祈願ならば学校の正門の形にしたり、金運アップならば紙幣をイメージしたり、そのデザインは千差万別である。


 一般的な神社・仏閣ではあまりお目にかかれないようなデザインだけど、この奇抜なデザインこそが、ボクのオリジナルであり、そこが人気の一因であることは間違いなかった。


 今の時代、どんな商品でもデザインが悪ければ売れない。何百年も同じデザインで作られていた霊符の市場に、新しいデザインで新風を巻きおこしているのが、ボク、アベノセイメイなのだ。


 霊符のデザインが終わったら、次に、その依頼内容ごとに適した祝詞――つまり神の文字を入力していくことになる。パソコンを使うと、筆を使わずに簡単にそれっぽい書体の祝詞が書けるので便利だった。


 祝詞の入力が済んだら、プリンターで用紙に霊符をプリントアウトする。印刷ミスがないかチェックしたあとで、きれいに裁断する。


 こうして、陰陽師アベノセイメイが作った、霊験あらかたな霊符が出来上がる。わずか二時間弱の作業で、一枚十円もしないコピー用紙から、一枚数千円の販売価格になる霊符が出来上がる。


 まったく、こんなに利益率の高い商売が、他にあるだろうか。つくづくボクは天才なのだと思ってしまう。こんな商才があったなんて、自分で自分の才能が怖いぐらいだ。


 最近ではさらに業務を拡大して、霊符以外の商品の拡充を狙って、可愛らしい陰陽師のマスコットキャラクターでも作ろうかと思案中であった。


 ボクがインターネット上にアベノセイメイ神社のホームページを開いて、わずか五ヵ月余り。今や、毎日三十通近い注文メールが舞い込むほどの活況をていしている。


 霊符製作を終えると、さっそく部屋に置かれたパソコンをたちあげ、メールソフトを開いて、注文情況の確認を始めた。


 恋愛成就の霊符の注文が9件。受験合格祈願の霊符の注文が5件。無病息災の霊符の注文が3件。まずまずの注文状況だ。しかし、いつもとかわらない注文のなかに、初めて目にする注文内容が書かれたメールがあった。


 そのメールに書かれていた文章は――。



『遺産相続でもめています。祖母を呪い殺してください。出来るだけ早くお願いします。呪いの方法などはすべてそちらにお任せします』



 メールを読んだ瞬間、人の心の闇に触れた気がして、ぞくりと背筋が震えた。今までも恋愛のライバルを蹴落す為の霊符の注文を受けたことはあったが、ここまで露骨に書かれた注文は初めてだった。そもそも、アベノセイメイ神社で扱っているのは、祈願成就の霊符であって、呪いは扱っていない。


「――でも、待てよ」


 そこでボクの頭が閃いた。呪いの代行業務というのは、商売になる予感がしたのだ。


「おもしろい。一回、試しにやってみようかな」


 ボクは呪いの代行についてさっそく考え始めた。


 胸のうちに、新しい事業を始める高揚感が湧き上がってきた。人の心の闇さえ商売に結び付けてしまうボクの目の付け所。やっぱりボクには、常人が及ばない非凡なる商売の才能があるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る