第9話 女刑事とすべての真相

「ルームサービスです」


 ドアをノックする音が部屋に響く。成明は片付け中の手を休めて、部屋のドアを開けた。すぐに閉じようとしたが、それよりも一瞬早く、ハイヒールを履いた細く長い脚が割り込んできて、ドアが閉まるのを防いだ。


「とうとう刑事が押し込み強盗までするようになったんだ。本当に世も末だね」


「入らせてもらうわよ」


 美脚自慢の押し込み強盗は、謝るそぶりも見せずに、部屋にさっそうと入ってきた。


「見ての通り、ぼくは今すごく忙しいんだよ」


 成明はベッドの上のスーツケースを指差した。スーツケースの周りには、中に入りきれていない服が何枚も散らかっていた。服はどれも黒系統で統一されている。


「悪い美人局にでも手を出して、逃げる準備をしているところだったのかしら?」


「いい加減、君の戯言に付き合うのも、これで最後にしたいよ」


「逃げるのではないのなら、どうしたっていうの?」


「京のお宮に帰ることにしたんだよ。東京は怖いところだからね。なにせ、プライベートを勝手に盗撮されるからね。それも刑事に! 事件も一件解決したところだし、これからお宮の方の行事も立て込む時期に入るから、ちょうど良かったよ」


「あら、それは残念だわ。せっかくチームワークが出来上がりつつあったのに」


 麗子は美脚を見せ付けるようにクロスさせて、ソファに優雅に座る。


「横暴なキャプテンとイジメられてばかりの新人じゃ、はなからチームワークなんて期待出来ないけどね」


 成明は露骨に顔をしかめて、仕方なさそうにソファに座った。


「それで、今日はなにをしにきたわけ? 最初に言っておくけど、このホテルをチェックアウトするのは本当だから。君の話に付き合うのも、これで最後だよ」


「そういうことならしょうがないわね。あなたを引き止める権利は警察にもないから」


 珍しく下手に出る麗子だった。


「とりあえず最後に、ニセモノのアベノセイメイ事件についての報告だけ聞いてもらえるかしら?」


「まあ、君がそれで満足するなら、話くらいは付き合うよ」


「それじゃ、まず始めに調べるように依頼されていた少年のことだけど。──アベノセイメイというのはもちろんでたらめで、彼の本当の名前は東城道夢とうじょうどうむ。現在、高校一年生。両親は離婚していて、今は母親と二人暮らし。絶賛引きこもり中で、高校にはほとんど行ってなかったそうよ」


「引きこもりが一攫千金を狙って、ネット詐欺を思いついたというわけか。本当にそこらじゅう、世も末な状態だね」


「彼も『年上のステキな女性にお説教』されて、反省しているんじゃないかしら」


 麗子は艶っぽく微笑んだ。世の男性が見たら虜になってしまいそうな笑みだが、成明には効果がなかった。


「君のことだから、父親の方についてもちゃんと調べてあるんだろう?」


「もちろんよ。別れた父親の名前は――蘆屋道馬あしやどうま。これで分かったでしょ?」


 麗子は意味深な目を成明に向けた。


「――蘆屋道萬あしやどうまんの血筋というわけだったのか」


 成明は合点がいったという風に大きくうなずいた。



 蘆屋道萬は安倍晴明と同じく、平安時代に活躍した播磨出身の陰陽師である。御所で時の帝を前にして、安倍晴明と呪術で競い合いをしたほどの陰陽道の使い手であった。



「もっとも道夢くん本人は、そのことを知らなかったみたいね。血筋といっても、かなり傍流みたいだし」


「呪符に込められていた呪いの力からみて、一般の人間ではないとは思ったけれど、まさか蘆屋家と関わりがあったとはね。先祖帰りか隔世遺伝かは知らないけれど、それで呪術的な素養があったというわけだ。まあ、本人がそのことを知らないのであれば、無理に教えることはないよ。出自を教えて、今度こそ本格的に呪いの勉強をしようなんて考えられても困るからね。あの少年のことだけが気になっていたから良かったよ。これで心置きなく京に帰れる」


「それともうひとつ報告があるわ。トメさんが亡くなった当日に、交通事故があったの。スピードの出しすぎで、交差点から電信柱に突っ込んだ自損事故よ」


「運転手はわき見運転でもしてたんだろ?」


「わき見には違いないけど、運転手が言うには、突然、フロントガラスに巨大な烏が張り付いて、前が見えなくなってパニックになってしまったらしいわ」


「烏なんて、最近じゃ、都会でも珍しくもなんともないだろう?」


「そうね。盛り場のゴミ置き場には、無数の烏がいるわ。でも問題は烏ではなくて、この事故をおこした運転手の方なのよ。運転手の名前は蔵元弘和。トメさんの孫にあたる人間よ」


「だとしたら、祖母を亡くして、傷心していたのかもしれないね。それでハンドル操作を誤ってしまって――」


「それは絶対にないわ。だって、この蔵元弘和こそが、道夢くんに呪いを依頼してきた人物なんだから。道夢くんのパソコンに残されていたメールから判明したの」


「それじゃ、きっと罰が当たったんだよ。前にも言っただろう。『人を呪わば穴二つ』って」


「確かに罰が当たったのかもしれないわね。あるいは、トメさんが呪われていたことを知っていた誰かが、突然正義に目覚めて、彼に罰を与えたということもありうるんじゃないかしら? 残念ながら、呪術は法律では裁けないから、わたしにはどうすることも出来ないけれどね」


 麗子はすべて分かっていると言いたげな目で成明を見つめる。


「――話はそれで終わりかな?」


「トメさんの話がまだ残っているわ」


「トメさんの? いまさらどんな話が?」


「トメさんの死亡原因だけど、心臓発作と診断されたわ。それから、癌で余命三ヶ月だったことも判明したわ」


「それはお気の毒に。トメさんの孫ももう少し大人しくして待っていれば、自動的に遺産が入ったのに」


「弘和は消費者金融に莫大な借金があったから、一日でも早くお金が必要だったみたいよ。それで呪いなんかにも手をだしたというわけ。でも、死亡原因が呪いでも癌でもなく、心臓発作だったのはなぜかしら?」


「トメさんはあの日、本人のたっての希望で『無理な運動』をしただろう」


「それはトメさんからのお願いだったから、わたしも了承したわ。でも、さすがに心臓発作で亡くなるとは予想もつかなかったわ。もっともあの日、それを予想していた人間がいたとしたらどうかしら?」


「それって、未来からきた未来人のこと?」


 成明はわざとらしくふざけたように答えた。


「未来人よりも、もっと分かりやすい答えがあるわ。例えば、余命三ヶ月だったトメさんは最後の望みとして、誰かに呪術的な方法で『性的な力』を与えてもらった。そして、ベッド上で力をすべて出し切って楽しんだ結果、トメさんの心臓は止まってしまった」


「君の言う通り、陰陽道に限らず、各流派の呪術の技の中には、性的な力に影響を与えるものは数多くあるよ。でも、なぜトメさんは自分の命を削ってまでして、そんな力が必要だったのかな?」


「齢八十を越える体では、さすがに楽しいベッドタイムを過ごすのは難しいでしょ。だから、足りない部分を呪術的な力で補ったんじゃないかしら? そして死期が迫る中、最後のお遊戯を楽しんだというわけ。そういえばあのとき、わたしは一度だけ席を外したわ。そのときに二人で、こっそり打ち合わせをすれば出来なくもないでしょ? ――どう、この推理は?」


「例え、それが当たっていたところで、トメさんはもう空の上だよ。本人がいないところで、本人のことを言うのは好きじゃないんだ」


「上手い逃げ口上ね。──まあいいわ、いつか本当のことを教えてもらうから」


「だから、ぼくはもう京に帰るんだよ。君とは金輪際会わないし、係わり合いになることもないから」


「ふふふ。あなたが日本一の陰陽師だとしても、未来のことまでは正確に予想できないでしょ? 未来人でもない限りね」


 麗子は最後に成明に冷艶な笑みを投げかけてから、入ってきたときと同様に、さっそうと部屋を出て行った。


「まったく、女刑事が近づかなくなる呪符があったら、すぐにでも作るんだけどね」


 成明はぼやきながらチェックアウトの為の準備を再開した。

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