第8話 陰陽師、不謹慎につぶやく
武彦は体の疲れがとれると、清を追い掛けるべく立ち上がって歩きだした。ぶらぶらと歩いていると、前方に伸吾の姿が見えた。
「おーい、シンゴ」
声をあげて、伸吾に駆け寄っていく。
伸吾はマンションの前に立っていた。右手にはバッグを持っている。小汚いバッグは清のものだった。
「それ、キヨシのバッグじゃねえか。ここで拾ったのか?」
「ああ。ここに落ちてた」
「ここに? で、キヨシは?」
「いねえんだよ。どこにも」
「いない? なんだよ。あいつ、女に逃げられちまったのか? とっくに捕まえたと思ってたのによ」
「とにかくあの女はいねえし、キヨシもいねえんじゃ、どうしようもないな」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「バッグだけここにあって、本人はいないってことは、あいつもどっかで女にまかれちまったってことだろう」
伸吾は興味を無くしたように清のバッグを放り投げた。
「でも、シンゴ。あの女をこのまま放っておいていいのかよ? オレたちの『ゲーム』のことを知ってるんだぜ」
「大丈夫だ。女が着ていた制服は覚えている。明日までに女の学校を調べだして、今度はこっちから会いにいってやるさ」
「なるほど。さすがシンゴだぜ。冴えてるな。そういうことなら、今日はもうお開きにしようぜ。――おーい、キヨシ、おれたちは先に帰ってるぞ!」
武彦は近所迷惑をかえりみずに、その場ででかい声で叫んだ。
まるで武彦の呼び掛けに答えるかように、あるいは一人だけとり残されるのが嫌だったのか、清が突然姿を見せた。
二人の頭上から!
暗いマンションの屋上から降ってきた清の体は、二人の間近の地面に落ちた。ぐちょりという粘液質の音が、ふたりの耳の奥でこだまする。
「キ、キ、キヨシ……」
原型をほぼとどめていない潰れた清の顔を、武彦は呆然とした面持ちで見つめた。武彦の頬には、清の体から飛び散った真っ赤な血液と肉片がべったりとこびり付いている。
「……な、な、なんだよ、これ……。ど、ど、どうしたって、いうんだよ……。なんで空からキヨシが、降ってくるんだよ……」
「…………」
茫然自失状態の武彦とは正反対に、伸吾は歯を食いしばったまま、清が落ちてきたマンションの屋上を暗い目でじっと見つめ続けていた。
――――――――――――――――
交通事故の話が終わったあとも、二人の少女は成明とのおしゃべりをしていた。事故とはまったく関係のない学校の話、恋愛の話、バイトの話。話題は尽きることなく、気が付けば九時近くになっていた。
成明がそろそろ話を切り上げようとしたとき、スマホの画面を見ていた早百合が声をあげた。
「あれ? この子、もしかして――」
「どうしたの、早百合?」
愛が早百合のスマホを脇から覗き込む。二人の上から、さらに成明も覗き込んだ。
『――本日午後七時過ぎ、川崎市のマンションで市内の高校に通う松野清さんが屋上から転落し、全身を強く打って死亡しました。詳しい事はまだ分かっておりません』
画面にはニュース情報といっしょに、不機嫌そうな表情を浮かべた少年の顔写真が載っていた。
「――たしか、亡くなった土屋学君の友達だったかな」
成明はきれいな人差し指で顔写真を軽くつついた。
「うん。確かにあの死んだ子の仲間のひとりなんだけど──あっ、今思い出した。この写真を見て、あのときのことを思い出した!」
突然、早百合が叫んだ。
「あのね。あのとき、この松野っていう子が、『あの女、なんでここにいるんだ』って、大きな声で騒いでいたの」
「女か――。これで事件に関係する登場人物が一人増えたことになるけど、でも一人登場人物が減ったから、プラスマイナスゼロだね」
成明は二人には聞こえない小さな声で、不謹慎極まりないことをつぶやいた。
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