第4話 双子美少女、休憩中

 恋人たちが束の間の逢瀬に使うホテルを後にして、二人の男女が通りまで出てきた。ホテルでの滞在時間中に、よほど満足できることがあったのか、女性はこれ以上ないくらいのとびっきりの笑顔である。


「また遊びにこようね」


 女性は隣を歩く青年にしなだれかかるようにしている。ホテル内でのアクティブな運動を容易に想像させるような、艶っぽい表情を浮かべている。


「また会いたいのは山々なんだけど、このところ仕事がたてこんでいてね」


 青年は残念そうな表情を浮かべた。黒の上下をモデル然と着こなしている青年は、秀麗の極致といった美形である。


「成明くんの仕事って、大変なんだね」


「まあ、たくさんのクライアントを抱えているからね」


「それじゃ、時間が出来たときでいいから、また会ってね」


「もちろんだよ」


 青年は女性の腰に手を伸ばして、優しく抱きしめた。二人が別れのキスをしようかというとき、青年の内ポケットからスマホの着信音がした。


「ごめん。ちょっと電話に出ないと」


 青年は女性に優しげな笑みを投げかけてからスマホに出る。


「ああ、道夢くんか。どうしたかな? ――そうか。次のクライアントとの待ち合わせ時間だったね。了解したよ。すぐにこちらから向かうから。――それから、今日は午後に大事なお客様との予定が入っているから、その時間の調整を間違わないように頼むよ。――それじゃ、後のスケジュール管理もよろしく」


 まるで青年実業家を思わせるような話しぶりで電話の応対をする。


「秘書からの連絡だったよ。次のクライアントに会いにいかないと」


「うん、分かった」


 名残おしそうな顔で女性はうなずく。


「またね」


 青年はさっと女性の唇に別れのキスをすると、小走りで通りをかけていった。


 

 ――――――――――――――――



 歌舞伎町の奥にあるおしゃれなカフェで、セイとメイは甘いミルクティーを飲みながら休憩をとっていた。初めての歌舞伎町探索で二人とも疲れてしまったのだ。


「待ち合わせの時間まで、まだあるよね?」


 メイは窓ガラス越しに通りを行きかう人々の流れをぼんやりと見つめている。


「うん。大丈夫だよ。メイちゃんは、まだ遊びたりないの?」


「久しぶりに京のお宮を出て東京まで来たんだから、もう少し羽を伸ばしたいな。京にいると、礼儀とかルールばかりで、体がかっちこちに固まっちゃうから」


「そうだよね。賀茂(かも)さんも、もう少し頭が柔らかいと、わたしたちも楽になるんだけどね。まあ、お宮のことは賀茂さんに任せきりだけどね」


「それじゃあ、賀茂さんには悪いけれど、もう少しだけ遊んでいこうよ。今からスマホで連絡して、待ち合わせ時間を少し遅くしてもらうから」


 言いながら、すでに右手に持ったスマホをいじりだすメイだった。


「ちょっと待って、メイちゃん。あそこの通りの奥にいる男女の二人組って、もしかして――」


 セイは窓ガラスを人差し指でコツコツと叩きながら、通りの奥に視線を向けた。


「えっ、どうしたの?」


 メイはいったんスマホをテーブルの上に置いて、セイの視線の先に目を向けた。


「あ、もう見えなくなっちゃった。女の人はまだいるけど、男の人は走って行っちゃった」


「えー、全然、分からなかったよ。セイちゃん、なにが見えたの?」


「黒い上下を着ていて、なんだか知っている人に、すごく似ていたような気がしたんだけどなあ……」


 セイは可愛らしく小首をかしげるポーズをした。


「黒の上下って、まさか……。でも、歌舞伎町なら黒の上下を着ている男の人なんて、珍しくもないでしょ。さっきちょっかいを掛けてきたホストたちだって、みんな黒の上下だったしさ」


「うん。そう言われれば、そうなんだけどね……」


 まだ納得がいかないように通りを見つめ続けるセイである。


「セイちゃん、それよりも、女の人に近付いているあの三人組の男たちって、さっきの頭の悪いホストたちじゃない? あんなところでなにしてるのかな?」


「本当だ。さっきの三人組だね。ひょっとして、あの女の人と知り合いなのかな? ここからじゃよく分からないけど、なんかわけありっぽい感じがするね。この状況って、なにかイヤな予感がするんだけどなあ……」


「ちょっとセイちゃん。セイちゃんのイヤな予感は的中率が高いんだから、そういうこと言っちゃダメだってば」


「だって、本当にイヤな予感が――」


 そこでセイは言葉を切った。三人組の男たちが、嫌がる素振りを見せる女性に絡みだしたのが見えたのだ。


「あっ、ほら、セイちゃんのイヤな予感が当たっちゃった。セイちゃん、どうする?」


「どうするって言われても……。もしも、さっきの男の人がわたしの見間違えじゃなかったら、身内が関係しているかもしれないし……」


 二人はそこで互いに見つめあった。決断は早かった。


「追いかけよう!」

「追いかけよう!」


 双子らしく同時に言った。


「――『みんな』、大至急、あの人たちの後を追って!」


 メイは誰に言うでもなく素早くつぶやいた。


 二人はカフェの入り口に向かい、精算を済ませると、急いで通りに出た。三人組のホストの姿は、すでに通りの先から消えていた。女性の姿も見えない。歌舞伎町という大小の通りと路地が細かく入り組んだエリアで、一度見失った人間の姿を捜し出すというのは、並大抵のことではない。しかも二人は今日初めて歌舞伎町を訪れたのだ。このままでは追跡など不可能に近かった。


 しかし、二人とも躊躇することなく通りを歩きだした。まるで『最初から行き先が分かっている』かのような、しっかりとした足取りだった。



 ――――――――――――――――



 通りの先を曲がって彼の姿が見えなくなるまで、菜緒なおはじっとその場に立っていた。歌舞伎町ナンバー1キャバ嬢と言われるまでになった自分が、まさか女子高生みたいな恋愛気分を味わうなんて思ってもみなかった。それぐらい、あの青年に惚れ込んでしまったということだろうか。


「おいおい、昼間っからこんな道のど真ん中で、堂々と見せ付けてくれるよな」


 夢心地に浸っていたのが、一瞬で現実に引き戻された。振り返ると、三人組の男たちがいた。その中に、今一番見たくない顔があった。


「ひょっとして、賠償金を稼ぐために男をホテルに連れ込んでいたのか。それなら、エライってほめてやってもいいぜ」


 三人組の中心に立つ男が、さらに続けて嘲るように言った。菜緒の顔見知りのホストであるマヤであった。


「そういう言い方はやめてくれる! あの人はそういう人じゃないのよ!」


 菜緒はマヤの顔をにらみつけた。

 

「だったら、いい年して恋愛ごっこでもしてんのか? そんな暇があるんだったら、今すぐにでも賠償金を払ってもらいたいもんだね」


「いい加減にしてよ! その話はとっくに終わったはずでしょ!」


「おまえはそう思っているかもしれないけどな、こっちは終わっちゃいねえんだよ!」


 マヤの目が凶暴な光を帯びた。


「――悪いけど、あたし、このあと仕事があるから」


 マヤを無視して歩きかけた菜緒だったが、すぐに前方を三人にふさがれた。


「ちょっと、そこをどいてよ!」


「ちょうどいいじゃねえか。今から、オレの店で話し合いといこうぜ。騒ぐなら騒いでも構わないぜ。その代わり、大事な商売道具のその顔に、傷が付くことになるかもしれないけどな」


 マヤがあごで合図をすると、菜緒の両脇を二人の男がガッチリと固めた。


「あんたって、やっぱりサイテーな男ね!」


 菜緒はマヤの顔に唾を吐きかけた。

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