第5話 双子美少女、ホストクラブへ

 その店は半地下にあった。階段を五段分下りた先に真っ赤なドアがあり『サディスティックローズ』と店名が掲げられている。歌舞伎町に数多くあるホストクラブである。


 セイとメイは『みんな』から情報を得ることで、女性と三人組みのホストを追いかけてきて、ここまでやってきたのだった。


「どうしようか、セイちゃん?」


 明らかに修羅場になりそうな状況を前にしながら、メイは瞳をキラキラと輝かせていた。


「あの連れていくときの様子から見て、どう考えても冷静に話し合いをするってわけじゃなさそうだよね――」


 一方、セイは慎重に答えた。


「セイちゃん、あたしたちも飛び入り参加しちゃわない?」


「うーん、今日はお宮の用事で京都から出て来たわけだから、なるべくトラブルは避けたいんだけどなあ……。でも、このままここで出てくるのを待っていてもしょうがないし……」


「だったら、やっぱり入るしかないよ!」


「そうだよね。とりあえず中に入って、あとは出たとこ勝負でいこうか?」


「うん。それで決まりだね!」

 

 メイはドアノブに手を伸ばして軽くひねった。しかし、ドアにはしっかりと鍵がかかっており、開けることは出来なかった。


「――お願い」


 セイが『なにもない空中』に視線を向けてお願いする。すると突然、グギャという鍵が破壊された音がして、ドアがゆっくりと内側に開いた。その間、二人はドアには一切触れていない。


 ドアの先は短い廊下になっており、雰囲気作りの為か、薄暗い照明が灯されていた。廊下の壁には、所属するホストたちが決めポーズで撮った写真が飾られている。セイとメイに絡んできた、あの三人組のホストたちの写真もあった。




『驚異の新人入店! ナオト 18歳』

『売り上げナンバー3 当店幹部 セイジ 25歳』

『歌舞伎町で一番サディスティックなホスト 当店店長 マヤ 27歳』




 セイとメイはホストたちの写真など一顧だにせず、奥のドアを開けると、そのまま店内へと突入していった。



 セイとメイが店内に突入したときの情況は――。


 店の中央で激しく睨み合う、派手な外見の女性とホスト姿の男。菜緒とマヤである。マヤの背後には、他のホストたちが十人ほどいて、鋭い視線を菜緒に向けている。マヤの命令ならばなんでも従うぞ、という攻撃的な意志が体の外にあふれ出していた。


 そのホストたちから少し離れた場所に、この状況に付いていけないのか、あきらかに狼狽した表情を浮かべたナオトが立っている。


 少なくとも、今ここで菜緒とマヤが対等な立場で話し合いを行なっているわけでないことは、誰の目にも明らかだった。


 突然の闖入者の登場に、一番最初に反応したのはセイジだった。


「おまえら、さっきのガキじゃねえかよ!」


 女性なら悲鳴をあげてしまいそうなほどの野太い声で怒鳴った。


「なんで、おまえらがここにいるんだよ? ドアの鍵は閉めていたはずなのに、どうやって入ってきやがった!」


「正義の味方は、いつでもどこからでも現われるのよ。――知らなかったの?」


 怯える様子を微塵も見せずに答えたのはメイである。


「――おまえ……バカにしてんのかっ!」


「バカにされるようなことしか言わない方が悪いんじゃないの?」 


 メイはしれっと言い返した。


「ねえ、あなたたち、いったい誰なの……?」 


 双子を初めて見た菜緒は、驚きと戸惑いの混じった表情でセイとメイの顔を交互に見つめる。


「えーと、実はわたしたちもあなたのことは知らないんです。ただ、もしかしたら、わたしたちの身内の知り合いかもしれないので、気になってしまって、結局ここまで追いかけてきました」


 セイは丁寧に菜緒に説明した。


「あたしを追いかけてきたって……どういうことなの……?」


「だって、こいつらって、見るからにガラが悪そうでしょ? まあ、アタマも悪そうだけど。それであなたのことが心配になったんです」


 メイは平然と挑発的な言葉を使った。マヤの背後に控えていたホストたちが、一瞬、睨みつけるような強い視線をメイに向ける。圧力さえ感じられる視線に、しかし、メイはまったくの無反応であった。


「――よくは分からないけど、二人とも、ありがとうね。でも、心配しなくても大丈夫よ。これはあたしの問題だから」


 菜緒はセイとメイを安心させるように、柔らかな笑みを二人に見せた。歌舞伎町ナンバー1キャバ嬢として、この危険な場に中学生にしか見えない少女を居させておくわけにはいかない。それくらいの分別は、菜緒にだってある。


「でも、どうみても冷静に話し合おうって雰囲気じゃないんですけど」


 セイは冷静に現在の状況の分析結果を告げた。


「オレは冷静に話し合うつもりなんだけどな。ただ、この女が強情で、こちらの話を無視するから、少々手荒な方法を使ったまでのことさ」 


 マヤが上から目線の高圧的な口振りで話に割り込んできた。


「あんなの話し合いとは言わないわ! 言い掛かりもいいところでしょ!」


「オレとしては、正当な主張をしたつもりなんだけどな」


「あれが正当な主張っていうの? あんなのただの脅迫よ!」


「――あのー、なんの話し合いだったんですか?」


 激昂する菜緒とは正反対に、この場では一番年少のはずのセイは冷静そのものであった。

 

「ガキに話しても仕方ないけどな、聞きたいっていうなら教えてやるよ。――この女はな、もともとオレが経営していたキャバクラで働いていたんだよ。田舎から出てきたばかりの、まだ全然垢抜けていないこの女に、キャバクラのイロハから歌舞伎町のルールまで全部教えてやったのがオレさ。それなのに、この女は簡単にオレを裏切りやがったのさ。一回雑誌に載って、ちょっと人気が出た途端に、オレの店を勝手に辞めて、新しい店に移籍したんだよ。こっちとしても、今までせっかく育ててきて、これから稼いでもらおうっていうときに辞められたからな。その分の賠償金を求めて、こうして話し合いに来てもらったというわけさ」


 マヤは傲岸な態度を崩すことなく、ギラついた目を菜緒に向けている。


「勝手に辞めたもなにも、別にあんたのキャバクラと独占契約していたわけじゃないでしょ。待遇の良い別のお店からの誘いにのったからって、あんたに賠償金を払わなきゃいけない謂れもないし。そもそも賠償金額が五千万円なんてありえないじゃん!」


 菜緒は直ぐに反論した。


「そうかよ。金が払えないんじゃ、しょうがねえな。別の方法でちゃんと支払ってもらわないとな。おまえぐらい顔が売れていれば、風俗かAVの仕事で、半年で五千万ぐらい簡単に稼げるぜ」


「――昔から思ってたけど、あんたって本当にクソみたいな男ね! だいたい、あたしは今のお店から誘いがなくても、あんたの店は辞めてたわ。あんたが何度も口説いてくるのに、正直ウンザリしてたのよ。そこに今のお店から誘いがあったから、移籍したまでのことよ。悪いのはあたしじゃなくて、店長という地位を使って強引に口説こうとしたあんたの方でしょっ! しかも、口説けないと分かったら、今度は賠償金なんてバカな話を持ち出してきて。十人近い部下を従えて、偉そうに威張っている男の正体が、実はいつまでも昔の女にねちねちと未練たらたら付きまとっているストーカーだったなんて、歌舞伎町のホストが聞いて呆れるわよ。今まであたしがこの話を口外しなかっただけでも、ありがたいと思いなよっ! こんな話が外部に漏れたら、あんたのホスト人気も地に落ちて、この店なんてすぐに潰れているところよっ!」


 正論と罵詈雑言が入り混じった、菜緒の逆襲の言葉だった。


「――なんだと、このクソアマが……」


 余裕の表情を浮かべていたマヤの顔が一変した。たちまち激しい憎悪に染まっていく。


「――おい、セイジ」


 マヤは背後にいたセイジに向かって、右手を振って合図を出した。セイジが素早くセイとメイの後ろに回り込む。店の出入り口を完全にふさいだ格好である。


「まさか、こんなところでトラブルを起こす気なの? 警察沙汰にでもなって困るのは、そっちの方なんじゃないの? 忘れたの? 歌舞伎町のルールをあたしに教えたのはあんたでしょ?」


「おまえには教えていなかったけどな、どんなルールにも必ず抜け道があるんだよ」


 マヤは顔から一切の感情を消して、双眸にだけ凶暴な光をともらせて、菜緒をにらみ返した。


「いいか、歌舞伎町じゃ、ときに暴力っていう力がものを言うときがあるんだよっ!」


「――本気なの……?」


「ああ、おれはいつでも本気さ。女一人に、ガキが二人。簡単に潰せるぜ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! この子たちはなにも関係ないでしょ!」


「人様の店の中に勝手に入ってきたんだから、自己責任ってやつさ。それに歌舞伎町に来るくらいならば、子供でも十分に大人の社会の仕組みは理解出来てるはずだからな」


「じょ、じょ、冗談……よしてよ……。この子たち、まだ中学生くらいなのよ……」


 強気だった菜緒の顔が悲壮色に反転した。


「だったら、なおさら都合がいいじゃねえかよ。おまえの賠償金をいっしょに稼いでもらうまでのことさ。歌舞伎町にはガキが好きだっていうヘンタイは山ほど来るからな。もしかしたら、おまえよりもよっぽど稼ぐかもしれねえぜ」


「…………」


 言葉を失くして慄然とする菜緒だった。


「――あのー、なんか、お話中に申し訳ないんですが、今ならまだ謝罪すれば間に合いますよ」


 その場の空気に実に似付かわしくない、飄々とした口調でメイは話に加わった。


「はあ? なんだと? おい、そこのガキ! マジでそんなこと言ってんのか? それとも冗談のつもりか? だとしたら笑えねえぜ!」


「冗談ではなくてマジですよ。だって、謝るなら早いに越したことがないから。それに今ならまだケガをしないで済むと思うんだけどなあ」


「おいおい、このクソガキは情況が理解出来ないホンモノのバカなのか?」


「あ、あ、あの……マ、マ、マヤさん……。話の腰を折ってすみませんが……このガキたち、なんか、本当に変なんですよ……。さっき声を掛けようとしたときも、すごくおかしかったし――」


 ホスト軍団の一番後ろに控えていたナオトがおずおずと言いかけたが、最後まで言い切る前に──。


「新入りはそこで黙って見てりゃいいんだよっ!」


 マヤの一喝で言葉を切られてしまった。


「そうか。そこまで言うのであれば、おまえたち二人も覚悟が出来ているってわけだよな? その可愛い顔を少しばかし痛めつけてやらねえと、この状況が理解出来ねえみたいだな。それじゃ、今から大人の世界を見せてやるよ。今さら謝ってももう遅いからな!」


「あーあ、そこまで品性のないことを言っちゃうと、本当に危ないんだけどなあ。今すぐに前言を取り消さないと、大変なことになっちゃうよ。これがわたしからの最後の忠告なんだけ――」


「メイちゃん、その人をよろしくね――」


 メイの言葉をさえぎり、セイが一歩前に出た。


「あ、あ、あの、セイちゃん。ほら、トラブルはダメって、さっき話したよね? まさか、もう忘れたってわけじゃないでしょ? 今日はお宮の用事で来たんだから――」


 メイが焦ったように早口で諭す。


 しかし──。


「メイちゃん。わたしが今言ったこと――分かったよね?」


 セイの氷を思わせる静謐な声。


「はい、分かりました──」


 メイは即座にうなずいた。


「それじゃ危険なので、あなたはメイちゃんのそばにいてください」


 セイは菜緒の隣まですたすたと歩いていくと、菜緒のことを自分の背後に押しやった。


 セイがひとり前に立つ形になり、マヤを含めたホストの集団と対峙する。

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