第7話 双子美少女、大掃除をする
「――もう、セイちゃん、本当にやりすぎだってば」
メイは口ではそう言いながらも、双子の片割れが巻き起こした大惨事を目の前にして苦笑を浮かべているだけだった。こんなことはよくある事で、慣れっこだという感じである。
「メイちゃん、まだ後始末が終わってないよ。最後の大掃除をちゃんとしないとね」
「えっ、大掃除って? まさか──」
「いいから、メイちゃんは菜緒さんといっしょに、廊下まで避難していてくれる」
セイは床の上に倒れている男たちの体を当たり前のように踏みつけながら、店内の中央まで歩いていく。男たちの口から、ぐえっとか、ぐぶっとか、げほっという濁音混じりの呻き声がもれるが、むろん、セイは一切気にしない。
「セイちゃん、くれぐれもやり過ぎないようにね」
セイはまだ半分放心状態のままの菜緒を連れて廊下に避難していく。
「ちゃんと手加減はするから大丈夫だよ」
店内中央に陣取ったセイはメイと奈緒が避難したのを確認すると、両手の指を組んで、朗々と詠唱を始めた。
「
セイの発した声に呼応するかのように、突然、店内に置かれたガラステーブルが、『なんの前兆もなく』、盛大な音をあげて砕け散った。
そして、破壊の宴が始まった。
壁にかかっていたアンティーク風の時計が、破砕音とともに粉々に潰れる。カウンターの奥の棚にきれいに並べられていた、見るからに高級なワインボトルやウィスキーボトルが、順番に割れていく。本革製の最高品質のソファが、ビリビリという安っぽい音ともに切り裂かれていく。外国の宮殿にあるような豪華なシャンデリアが、床の上に真っ逆さまに落下して、一瞬で見るも無残なスクラップと化す。
その他、店内にあったありとあらゆる物が、ことごとく壊滅的までに破壊されていく。
割れたボトルからこぼれだしたアルコールの濃厚な匂いがたちこめるなか、店内の中央にいるセイには、飛び散った破片は一切触れることがなかった。まるで全身に『目に見えないバリアー』をまとっているかのようだった。
五分後――。
店内はさながら、にわかに出来たスクラップ置場と化していた。ここが元々は人気ホストクラブだったと分かるものは、見える範囲には一切ない。
「『みんな』、ありがとう。これで大掃除は終わりね」
セイは誰に言うとでもなくつぶやくと、店内の奥に目を向けた。そこにナオトがひとり、ぽつんと立っていた。
セイとメイの不思議な力を知っていたナオトは、荒事には加わらずに、店内のすみっこで身を縮めるようにして、仲間たちの身に起きた惨劇を、恐怖とともにただただ凝視していたのだ。すべてが終わったときには、茫然自失状態で、その場で立ち尽くすだけだった。両足の間からは、自分でも気が付かないうちに自家製のワインが漏れだしており、床の上に生あたたかい池を作っていた。
「――とりあえず、この人たちの命に別状はないはずだから。わたしもそこまでしないし、したくもないからね。あとは救急車でも好きに呼んで」
「――は、は、はい……分かり、ました……」
ナオトは恐怖で震えそうになる唇を必死に動かしながら答えた。
「ただし、また同じようなことをしたら、そのときは──言わなくても分かるわよね?」
セイが絶対零度の目をナオトに向ける。
「は、は、は、は、ははははははいいいいいいいいいいいい……」
美少女の顔を持った氷の悪魔を前にして、もはや単語を発することすら出来ないナオトであった。
「――じゃ、後はよろしく」
セイはそれだけ言い残すと、メイたちのいる廊下に向かって歩いていった。
「ちょっとセイちゃん、これじゃ大掃除じゃなくて、破壊の嵐だよ」
「だってメイちゃん、『みんな』も久しぶりの運動だったから、盛り上がっちゃったみたいなんだもん。たまにはこうして思いっきり運動をさせないと、ストレスが溜まっちゃうでしょ」
「ストレス解消にお店一軒を破壊って、お兄ちゃんが聞いたらなんて言うか……」
「大丈夫だってば。菜緒さんの為にしかたなくやったって言えば、お兄ちゃんもきっと許してくれるよ」
壮絶な現場を目の当たりにしながら、楽しげに会話をする双子の明るい表情は、普通の少女のものとなにも変わりなかった。
ただひとつ、普通の少女と違う点は――。
二人の周りには常に『目に見えないみんな』がいることだった。
――――――――――――――――
「……お、お、おれ……い、い、田舎に、か、か、帰ろう……。田舎で、真面目に……働こう……」
ナオトが歌舞伎町に出てきて三ヵ月。ようやく歌舞伎町の雰囲気にも生活にも慣れだしたところだったが、今日初めて歌舞伎町の本当の恐ろしさを知った。とてもじゃないが、この先、歌舞伎町でやっていく自信がなかった。頭の中には、まだ先程の恐怖の映像がはっきりと残っている。
「……お、お、おれ……ム、ム、ムリ……だよ……」
そうつぶやいたところで、ナオトの頭は強制終了した。目の前で起こった非現実的な光景を、ナオトの頭は受け止めきれなかったのだ。
ナオトが気絶してしまった為、床に倒れたマヤたちが病院に運び込まれたのが、セイとメイが店を出てから三時間以上後になってしまったが、もちろん、そんなことなどセイとメイの二人は知る由もなかった。ただ、大怪我を負ったマヤたちの苦痛の時間が、いたずらに伸びたに過ぎなかった。
――――――――――――――――
「――二人とも、ありがとうね。二人があたしを助けてくれたんだよね? どんな力を使ったのかはまったく分からないけど……」
店の外に出たところで、菜緒はセイとメイの顔を交互に見つめた。とんでもない美少女であることを除けば、ごく普通の中学生にしか見えない。でも、確かにこの二人に助けられたのだ。
「えーと、わたしたちのことについては、秘密ということにしておいてください。――ねっ、メイちゃん?」
「うん。そうだね。あの人たちは悪いことをして、それでバチが当たったと思ってください」
二人は内緒話をするような口調で言った。
「分かったわ。あたしも深くは聞かないことにする。あいつらのことも早く忘れたいからね」
菜緒は何かを吹っ切るように大きくうなずいた。
「――そういえば、二人はこのあとどうするつもりなの?」
「わたしたちはある人と待ち合わせをしているんです。――あっ、マズイ。セイちゃん、待ち合わせの時間、とっくに過ぎちゃってるよ!」
メイが腕時計を見て声を上げた。
「あっ、本当だ。早く行かないと」
セイも慌てて時間を確認する。
「良かったら、あたしが待ち合わせ場所まで送っていくわよ。その相手の人にも、ちゃんと事情を説明しないとならないし」
「あの、それは大丈夫です。というより、菜緒さんが来ると、少し面倒なことになっちゃうような……」
「そうそう、セイちゃんが言う通り。菜緒さんがお兄ちゃんに会うといろいろとね……」
二人はそろって大きく首を振って、固辞の態度を示した。
「それじゃ、わたしたちはこれで失礼します」
「菜緒さん、バイバイ」
二人は頭をペコリと下げてお辞儀をすると、通りを駆けていった。
「二人とも、本当にありがとうね!」
菜緒は二人の背中が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「なんだか、すごく不思議な子たちだったなあ」
そこで、ふと菜緒は首をひねった。
「そういえば、あの二人の顔立ちとよく似た人と、つい最近、どこかで会ったような気がするんだけど……。うーん、あたしの思い違いかな? ま、いいか。今度、成明くんに会ったら、今日のことを話してみよう」
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