第8話 双子美少女、お兄ちゃんと再会

 新宿に聳え立つ、超高級ホテルに可憐な双子の美少女の姿があった。


「お兄ちゃん、可愛い妹が会いに来たよ」


 セイはドア越しに、冗談っぽい口調で挨拶をした。隣に立つメイは嬉しさが顔に出ているせいか、にこにこととびきりのスマイルを浮かべている。


「――約束の時間は、たしか昼過ぎだったと思うけど」


 端正な声の返事とともに、ドアが静かに開いた。


「いろいろあって遅くなっちゃったの」


「それについては、あとでちゃんとセイちゃんといっしょに説明するから」


 二人はドアを抜け、軽やかな足取りで部屋の中に入っていった。短い廊下を抜けたところで、同時にぱたっと足を止める。


「あれ? お兄ちゃんが作る式神って、こんなにブサイクだったかな? 美とは真逆の造りなんだけど、何かの実験でもしているのかな?」


 目の前に立つ禿頭の少年を見て、セイは首を大きくかしげた。


「本当だ。なんで、こんなブサイクな式神を作ったんだろう? それとも、どれだけブサイクな式神を作れるのか挑戦したのかな?」


 メイは遠慮呵責ない視線で少年を見つめた。


「二人とも、それは本物だよ。本物の人間だから」


 部屋の奥から、良く知る身内の声が聞こえてきた。


「は、は、はじめまして……。せ、せ、先生のお手伝いをしている……と、と、東城、ど、ど、道夢といいます……」


 ブサイクな式神は律儀に丁寧な挨拶をした。


「なんだ。本物の人間だったんだ」


「びっくりして損しちゃったよ」

 

 初対面の相手をブサイク呼ばわりしておいて、なんのフォローも謝罪もしない二人である。顔をぴくぴくと強張らせるブサイクな式神──道夢を廊下にそのまま残して、二人は元気よくリビングに入った。


「わあ、さすが東京の一流ホテルのスイートルームは内装からして、全然違うね」


「本当だ! お兄ちゃんばっかり楽しんでいてズルいなあ」


 二人は今にもはしゃぎ回らんばかりの興奮のしようである。


「――それで、時間に遅れた理由は?」


 セイとメイにとてもよく似た顔立ちをした美形の青年が、ふかふかのソファに座ったまま、二人の顔を交互に見やる。セイとメイの兄である安倍成明である。


「えーと、お兄ちゃんに会いに行くまで時間があったから、少しだけ寄り道をしていたら、なぜか、ちょっとしたトラブルに巻き込まれちゃって――」


「でも、そこは『みんな』の力を借りて、無事に何事もなくトラブルを処理して、こうしてお兄ちゃんに会いに来たというわけなの」


 セイとメイは交互に説明した。


「何度も言っていると思うけど、『みんな』を二人に付けているのは、身の安全を守る為であって、トラブルをわざわざ起こすためじゃないんだぞ」


「分かってます。でも、『みんな』もこのところ運動する機会が全然なくて、少しストレスが溜まっていたから、良いストレス解消になったと思うし」


 セイの言葉を聞いた成明は、双子の背後の『なにもない空間』に目を向けた。まるでそこに見知った友人を見ているかのような親しげな視線である。


「まあ、たしかに『みんな』もうれしそうな顔をしているけれど」


「でしょ。だから、今回のことは大目にみてよ」


 メイは調子良く言った。


「──分かったよ。そういうことならば、今回の件は賀茂さんには報告しないでおくから」


「さすが、お兄ちゃん。話が分かるよね」


「だから、お兄ちゃんのこと大好き」


 セイとメイはこれ以上ないというくらいのとびっきりの笑顔を浮かべた。


 やれやれという感じで苦笑する成明。その足元には、どこからともなく現われた子猫がいた。楽しそうに成明の足を相手にして、じゃれ回っている。するとまた、どこからともなく姿を現わした子犬が、成明の足元にクンクンと鼻を押し当ててきた。


 その後も子猫と子犬の数はどんどん増えていき、最終的に子猫六匹、子犬六匹の合計十二匹の動物たちが、成明のまわりを楽しそうに走り回る。


 この十二匹の動物たちこそ、セイとメイに四六時中守護天使のこどく寄り添い、様々なトラブルから二人を守る『式神』なのだった。歌舞伎町で二人の周りで起きた数々の不可思議な現象は、すべてこの式神の仕業であった。


 今は犬と猫という分かりやすい目に見える形で現われているが、もちろん、それは仮の姿に他ならない。


「――あの……お話の途中みたいですが、いいですか?」


 おそるおそる道夢は兄妹の会話の輪に入っていった。短いやり取りの間でも、この双子が兄同様に、極めて特殊な性格の持ち主であることは察している。


「どうしたの、ブサイクくん」


「違うよ、セイちゃん。ニセの式神くんでしょ」


 あいかわらず道夢には容赦のない双子である。


「先生、いいですか?」


 道夢は双子の言葉は聞こえなかった振りをして、成明の顔を見た。


「ひょっとして、この犬と猫も先生が作った式神なんですか?」


「いや、ちょっと違うかな。式神には違いないけれど、ここにいるのは本物の式神なんだよ」

 

 子猫を膝の上に抱いて、優しく背中の毛を撫でながら成明は意味ありげに笑ってみせた。


 

 式神とは陰陽道でいうところの、使い魔、あるいは使役神といった呪術のひとつである。もともと、式神にはふたつの意味がある。成明が得意とする式神は『式紙』とも書き、その漢字が示すように、紙などの無機質の物体に偽りの生命を宿して、使い魔として使役する呪術である。

 

 一方、本当の意味での『式神』とは、その名の通り『神』――つまり、異界の存在である妖怪たちを召喚して、使い魔として使役する高度な呪術である。どちらの『式神』がより強い力を持っているかは言うまでもない。


 陰陽道の開祖である安倍晴明は、異界より巨大な力を有した妖怪を十二体召喚して、普段から使い魔として使役していた。その妖怪たちは『十二天将じゅうにてんしょう』と呼ばれていた。『十二天将』は普段は人の目に触れないように、京都にある一条戻橋いちじょうもどりばしの橋げたの下に潜んでいたと伝えられている。


 騰蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空というのが、十二天将に付けられた名前である。それぞれに陰陽五行説に則り十二支・方角・季節などが当てはめられており、古来から占術や呪術など多くに使われてきた。


 むろん、本物の妖怪である『十二天将』を使役するには、それ相応の呪術力が必要であり、安倍晴明以降の安倍家の子孫の中でも、『十二天将』を自由自在に使役出来た者は、ごくわずかと言われている。明治時代以降では誰もおらず、『十二天将』の行方も分からなくなっていた。あるいは、異界に戻ったのではと言う者もいたぐらいだ。

 

 その『十二天将』を百何十年振りに召喚して、まるで安倍晴明のごとく、自由自在に使役してのけた者こそが、成明であった。


 成明は東京に出るときに、京都に残すことになる双子の妹のボディガードとして、『十二天将』を置いてきたのである。歌舞伎町の一件でも、『十二天将』はその与えられた任務を、しっかり果たしたというわけだった。


「本物の式神――。十二天将――。やっぱり先生はすごい陰陽師だったんですね! 毎日毎日、デートのスケジュール管理ばかりやらされて、もしかしたら、ただの女好きかと思って心配していたんだけど、話を聞いて安心しました! ボク、これからもずっと先生のもとでお手伝いをさせてもらいます!」


 言葉の端々に雇い主を中傷するような表現をまじえつつも、道夢は一人感動の渦に浸るのだった。これで、毎日のぼやきも報われるというものだろう。


「それで、お兄ちゃんはまだしばらくは東京にいるの?」


「賀茂さんは、早くお兄ちゃんに京に戻ってきて欲しいみたいだったよ」


 セイとメイは十二天将の式神とじゃれあいながら兄の返答を待つ。


「こうして、しばらくぶりに賀茂さんから離れることができたし、それに『東京で家を手に入れた』から、もうしばらくの間はこっちにいることにするよ」


「お兄ちゃんのことだから絶対にそう言うと思って、これを持ってきたよ。必要になるでしょ?」


 セイの手には、どこからともなく現われた一振りの黒光りする木刀が握られていた。


「十二天将のみんなが隠して持ってきてくれたんだよ」


「お宮の御神木から削り出して創られた護身刀か。なるべくなら、これが必要となるようなコワイ妖怪さんとは出会いたくないんだけどね」

 

 成明は木刀を手に取ると、感触を確かめるように軽く素振りをした。


「いっしょに十二天将のみんなも何体か置いていった方がいいかな?」


 メイは両肩と頭の上に、器用に三匹の子猫を載せてじゃれあっている。


「そうだな、新人の式神くんは言葉使いも悪いし、まだまだ使えそうにないから、何体か借りることにしようかな」


「三人兄妹なんだから、十二天将を一人四体ずつで丁度いいんじゃない?」


「さすが、セイちゃん。名案だね。――それじゃ、みんな、好きなところに移動して!」


 メイの掛け声に合わせて、十二体の動物たちが可愛らしい鳴き声をあげながら、いっせいに部屋の中を走り出した。


「わ、わ、わ……ちょ、ちょ、ちょっと……ぼ、ぼ、ぼくは……ど、ど、どうしたら、いいのか……」


 新人の式神くんと呼ばれた道夢は、大先輩にあたる十二天将の式神を前にして、あたふたとするのみである。一人前になるまでには、まだまだとうぶん時間がかかりそうな気配だ。


「やれやれ、なんとも騒がしいことだね」


 双子の妹を目の前にしているせいか、成明は珍しく上機嫌に唇をほころばせるのだった。

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