第5話 葬儀の後で
土屋学の葬儀は予定通り滞りなく進み、最後に、学の父親が涙ながらに参列者にお礼の言葉を述べて、何事もなく終了した。
学校からは学と同級生の二年生、百三十人が葬儀に参列したが、その中で学の死を本当に悼んだ者は一人もいなかったといってよかった。日頃、学といっしょに行動をしていた伸吾たち三人も、悲しむ素振りはまったく見せなかった。清は葬儀の最中何度もあくびをしていたし、武彦はイラついたようにずっと体を揺すっていた。実際、涙ぐんでいた生徒は一人もおらず、泣いていたのは学の肉親ぐらいだった。
学の遺体を乗せた霊柩車が、さびしげにクラクションを鳴らして火葬場に向かって走っていく。すでに夕日も沈み、時計の針は六時を回っていた。生徒たちは霊柩車を無言で見送ると、葬儀会場で解散となった。
三々五々帰っていく同級生たちを尻目に、伸吾たち三人は近くのマンションの敷地内にある小さな公園に向かった。手入れがされていないのか、すっかりとペンキが剥がれ落ちて、サビが浮いているベンチに三人はそろって腰掛けた。さっそく武彦がポケットからタバコの箱を取り出して、そこから一本抜き取ると、他の二人に回す。
「ふぅー」
武彦は一息ついたというように大きく煙を吐き出した。
「ったく、だらだらとなげえ葬式だったな。あんなもの、さっさと終わらせちまえばいいんだよ。どうせ、悲しんでいる人間なんていねえんだからよ」
「それは言えてるな。他の連中だって迷惑だよな。仲良くもねえのに、こんな暗い葬式に呼ばれてよ」
清が吐き捨てるように言った。亡くなった友人に対しての悲しみの念は、その言葉からはまったく感じられない。
「誰にも悲しんでもらえない可哀相なマナブくん。きっと今ごろ、天国で一人さびしく泣いていることでしょう」
武彦が小馬鹿にしたように両手を組んで神に祈りを捧げるポーズをする。
「おいおい、タケヒコ、忘れたのかよ。あいつは天国にいけねえだろう。なにせ、いろいろやっちまってるからな」
伸吾が意味ありげに目を光らた。
「ああ、そうだったな。忘れてたぜ。ということは、あいつは今ごろ、地獄で殺した犬に追い掛け回されているかもしれないな」
「そういえば、犬で思い出したけど、あいつ、犬に追われて道路に飛び出したんだろう? あれは結局なんだったんだよ?」
清がふと思い出したというように首をひねった。
「そんなの、ビクついてたのに決まってるだろう。あいつ、犬の腹をかっさばくときも、異様に震えていたからな。それで頭がイッちまって、殺した犬の幻でも見たんじゃないのか。まあ、そのついでに地獄までイッちまったけどな」
伸吾の言葉に、三人は爆笑した。
「――さてと一服もしたし、この後どうする?」
武彦は足元に捨てたタバコを靴で踏み消すと立ち上がった。こった肩の筋肉を伸ばすように大きく万歳の格好をする。
「クサイ線香のニオイが体にしみ付いちまってるからな、どこかに繰り出そうぜ」
伸吾が二人に向かって言った。
「おう。それいいね。それじゃ、ゲームセンターでも行こうぜ」
清はベンチに置いたボロボロの通学用バッグを手に取った。ぺしゃんこのバッグは、中身に教科書が入っていないと容易に想像できる。
「ゲームセンターなんかやめてよ、カラオケにしようぜ。なんか、こう、わめき散らしてえ気分なんだよ」
武彦はマイクを持って歌うポーズをとると、突然、そこで動きを止めた。
「――くそっ。あの女、マナブの葬式にまで来てやがったんだ!」
武彦の視線は公園の出入口に向けられていた。そこに一人の少女が立っていた。あの日、神社で会った少女である。
少女は三人のことを冷たい目で見つめている。
「おい、誰だよ、あの女って?」
清が武彦の視線の先を目で追った。すぐに武彦同様に少女の姿を確認する。
「あのとき神社にいた女じゃねえかよ! なんであの女がここにいるんだよ?」
「――そんなの決まってるだろ。笑いにきたんだよ。犬を殺したマナブがトラックにひかれて、あの犬みたいにバラバラになって死んだのを知ってよ、笑いにきやがったんだ」
武彦が挑みかかるようなぎらついた目を少女に向けた。
「くそっ、バカにしやがって!」
清の目にも武彦と同じような狂暴な光が点る。二人とも学の死を馬鹿にされて怒っているわけではなかった。自分たちの前に悠然と姿を見せた、その少女の態度が気にくわなかったのだ。
「――おい、あの女、狩るぞ」
それまで黙って少女の方を凝視していた伸吾が、妙に冷静な声音で言った。
「――お、おい、シンゴ。さすがにそれはちょっとマズイだろう。相手は女だぜ。いつもの野良犬とは違うだろう」
リーダー格の伸吾の言葉に、清が珍しく反論した。
「シンゴ、キヨシの言う通りだぜ」
武彦も普段と違って弱腰の態度である。
「別に殺そうって言ってるわけじゃねえよ。少し脅かしてやるんだよ」
「脅かすって……?」
「少しだけ痛い目にあってもらうんだよ。そうすれば、こっちの怖さも分かるだろうからな」
「なんだ。そういうことかよ。それならシンゴが言う通り、あの女を狩っちまおうぜ」
清が先にうなずき、伸吾の案に同意した。
「へへへ。そうだな。こうなったら、女も犬も一緒だよな。あんなガキみたいな女、すぐに狩れるぜ」
武彦も清に続いた。
「――決まりだな」
伸吾が唇の端をにやりと歪めた。
「よし。『ゲーム』の始まりだ。今日の獲物はあの女だ。――行くぞっ!」
伸吾の掛け声とともに、三人はいっせいに少女に向かって走りだした。
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