第9話

 飛行艦、朧月おぼろつきは、補給艦から昔の姿、”飛竜三段空母”にもどされている。

 真ん中と後ろに運搬用の巨大エレベーター。

 真ん中のエレベーターは飛行艇用で、二段目の飛行艇格納庫で止まる。


 自分は、


 カチャカチャ


 と飛行艇、”ネコジャラシ”を整備していた。

 飛行艇、”ネコジャラシ”は可変翼を装備している。

 翼を全開にしたその根元にいた。

 開かれたメンテナンスハッチから、”魔術式ジェット”の一部が見えている。

 ちなみに、垂直尾翼は装備していない。

 機首の左右にカナード翼。


「サクラギッ」


 澄んだ鈴を転がすようなきれいな女性の声がした。

 自分は後ろを振り向いた。


「リ、リリスさん」


 眼鏡の奥の切れながの紅い瞳。

 丸くまとめた黒髪。


 パタパタ


 大きく背中が開いたメイド服にコウモリの羽。

 羽根の表面には、”重力軽減の魔術陣”が波打つように輝く。

 可変翼の端につま先立ちする様に立っている。

 黒いローファー。

 凛とした立ち姿。


「か、可憐だ」

 思わずつぶやいた。

「な、何か御用ですか?」


「あらっ……あなたに会いに来てはいけませんか?」

 彼女が少し悲しそうにうつむいた。


「め、めっそうもありません」

「会いに来てくれて、ありがとうございます」

 思わず叫んでいた。

 両手を前に出してブンブンと左右にふる。

 顔が熱い。

 多分真っ赤になっているだろう。


「ふふふ、嬉しいっ」

 上目遣いに見てきた。

 ――か、可愛い

 可変翼の真ん中くらいに横すわりする。


「ささ、整備の続きを」


「は、はいっ」

 背中に彼女の視線を感じながら整備を再開する。

 緊張で手が少し震えた。


 うふふ


 彼女が、照れる自分の姿に満足したように妖艶に笑ったのを自分は気づかなかった。

 

 ズズン


 天井に何か重いものが落ちたような音がする。

 しばらくすると、


 ヴィイ、ヴィイ


 赤い警告灯が回転し始めた。

 警報音と共に後部エレベーターが下りてくる。


 エレベーターには、薄茶色の飛竜と騎士が乗っていた。

 飛竜は、飛行艇、”ネコジャラシ”と同じくらいの大きさか。

 全体的にがっしりしている。

 飛竜の傍(かたわ)らに立つ騎士は重厚な鎧を着ていた。


 烏帽子のような兜。

 張り出した両肩のアーマー。

 左肩の真ん中と左右にコーン状のスパイクが、帯状の稼働装甲につけられている。

 多重の胸部装甲。

 複雑に組み合わされた腹部の装甲。

 蛇腹状の腰アーマーが膝上まで続く。


 右肩には、白地に赤で薔薇ばらの徽章。

「ローズ皇帝直属の、”紅薔薇べにばら騎士団”かあ」

 皇帝になる前から彼女の専属の騎士団だ。 



 ヴィイ、ヴィイ


 エレベーターが下がっていく。


「竜騎士……ね」

 リリスさんのつぶやくような声。


 竜騎士がこちらに気付いた。

 少し頭を下げる。

 こちらも頭を下げかえした。

 鎧の可動部に光の文字が出る。


「魔術のかかった鎧」


「魔術、ですか?」

 彼女に聞いた。


「多分、”軽量化”の魔術ね」

 細いあごに人差し指を当てる。


 飛竜と竜騎士を乗せたエレベーターが、三段目の飛竜舎に下がっていった。


 

 飛竜三段空母、”朧月(おぼろつき)、艦長室。


「紅薔薇(べにばら)騎士団より来ました、”ギルモア・ラフロイグ”、着任しました」

 鎧を脱いだ騎士服。

 胸に白地に赤い薔薇の徽章がついている。


「ご苦労さま、この艦の艦長、”カイラギ・カイト”だ」

 

「これを」


 彼の身長は180センチを超える。

 小脇の挟んだ書類を渡された。

 ペラペラとめくる。


「ふむ……」

 着任の指令書と、ローズ皇帝の密命書。


「……必ず帰ってくること……か」

 密命書の内訳だ。

 仮に朧月おぼろつきが沈んでもである。


「心苦しいのですが……」

 彼の青い瞳が少し揺れる。

 彼は重騎士。

 しかも最近、魔術学園で開発さればかりの魔術式甲冑を持たされている。

 相棒の飛竜は、荷竜ポータードラゴンが竜騎士と契約することにより、進化した、貨物竜キャリアードラゴン


「ドラゴンブレスを吐けない一般竜だが」

 荷竜ポータードラゴンは民間の飛竜商人が好んで騎乗する。


「長大な航続距離と」

「インベントリのスキルの容量は大型倉庫一戸分あります」


 彼が言った。

 普通は、竜騎士が自分の飛竜のスキルを言うことはない。


 ――いざとなったら仲間を見捨てて自分だけ逃げる心苦しさからか


「そうか」


 魔術甲冑をきた重騎士。

 長大な航続距離と頑丈さを持つ、”貨物竜キャリアードラゴン

 補給を必要としないインベントリのスキル。


「単騎でマジワリの森を越えて帰れるな」


「はい……」


 ローズ皇帝の密命は、”魔族の情報を必ず持ち帰ること”である。 


 

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