第7話

 ハナゾノ帝国首都、”フラワーガーデン”。

 大会議室で、魔族であるアルテやリリスについての会議が開かれていた。


「魔族ではないかっ」

「王族だとっ」

「魔族は敵だっ」

 ハナゾノ帝国の西方の辺境伯が大きな声で言った。



 ハナゾノ帝国の西方は昔から、”竜教会原初派”が多い地域だ。


 ”竜教会原初派”は、魔族の、”人魔至上主義者”と同じように、この世界で竜と唯一契約が出来る人族が、”選ばれた者”とする。

 


 他の種族はその下。

 魔族に至っては、敵もしくは奴隷という扱いである。



 竜の女神、”龍華りゅうか” と魔の幼女神、”ルルイエ”が対立しているというのもあるのだが。


 ちなみに、魔族と人族のハーフである、”魔ジリ”の少女が、人の神に直接、”聖女”の位を授かっている。



 人族と魔族が、必ずしも完全に敵対しているわけではなかった。

 それ以前にお互いの交流がほぼ無い。


「いや、必ずしも敵と言うわけではないだろう」


 南方、特にマジワリの森に隣接する貴族たちだ。

 数は少ないがマジワリの森を越えてきたり、奴隷として攫われてきたりする魔族を知っているからだ。


「そうでしょう、現に、”竜眼”に、”聖なる手”を宿した魔ジリの、”聖女”がいるでしょう」

 魔術学園の学園長、”アマリリス”だ。

 魔術学園に、”晩餐ばんさんの聖女”と呼ばれる、魔族と人族のハーフの聖女がいる。


「ふんっ、あんな物は、”聖女”と認めないっ」

「左右の手に一本ずつ、”ハルバート”を持って振り回す聖女などあってたまるか」

「そうだそうだ」

「しかも、魔族と聖女の二つの人格があるようではないか」

 辺境伯を筆頭に、西方の貴族たちが口々に言う。



 ”晩餐ばんさんの聖女”。

 自分たちの、”好き嫌い”を無くすため、夕飯のたびに聖女の人格が降臨するという。

 名づけの理由はわりとしょうもない。



「そもそも、魔族など今すぐ拘束して奴隷として……いや牢屋に放り込むべきだ」

 西方の辺境伯が叫ぶ。

 彼は、魔族の奴隷売買をしていたという黒いうわさが絶えない人物だ。

 今、ハナゾノ帝国は、北の、”レンマ王国”、西のハーフエルフの国、”シルルート王国”と協力して奴隷売買を根絶しようとしている最中である。


「むむう……」

 西方の貴族たちの怒声が響く中、ハナゾノ皇帝ローズが手を顎の当て考え込んだ。


「ローズ皇帝……」

 アマリリスが心配そうに実の妹を見た。



 貴族会議は終わり、アマリリスが魔術学園に帰ってきていた。

 学園長室だ。


「単艦……ですか?」

 カイラギが驚きの声を出した。

 隣にアルテとリリスが立っていた。


「すまない」

「西方の貴族に押し切られてしまった」

 アマリリスが言った。

 西方の貴族はともかく、まだまだ人族の中で魔族に対する印象は良くない。

 結局、アルテとリリスを魔族領に送るのに、”朧月(おぼろつき)”一艦で行くようになったのだ。


「……惜し気が無い……ということでしょうか」

 ”朧月おぼろつきは、古い三段飛竜空母を改造した補給艦だ。


 ただでさえ危ない、”マジワリの森”を越え、魔族領に行くのだ。

 帰って来れない可能性が高い。


「すみません、お送り出来るのが我が艦だけになりました」

 カイラギが頭を下げた。

 魔族とはいえ他国の王族。

 送るのに飛行艦の艦隊が組まれてもおかしくないのだ。


「まあっ、カイラギ様が送ってくれるのですね~」

 アルテがうれしそうに言う。


「そうですか……」

 リリスがつぶやいた。


「魔術学園は、最大限の協力をすることを誓う」

 アマリリスが申し訳なさそうに言った。



「行ってくれるか?」

 アマリリスが、ある人物を学園長室に呼んでいた。


「魔族領に……ですか?」

 ハナゾノ空軍のマット(ツヤ消し)な紅い制服を着た、二十台前半の男性が言った。

 170センチくらいの身長。

 黒髪に黒い瞳。

 胸の徽章から、魔術学園に出向してきた、”試験飛行団”に所属しているのがわかる。

 魔術学園は魔術や魔獣研究の他に、”魔術式ジェット”を載せた飛行艦や飛行艇の研究開発も行っているのだ。


 彼は簡単に言うと、”テストパイロット”である。


「そうだ、サクラギ少尉」 

「最新鋭の飛行艇、”ネコジャラシ”と共に、飛行艦、”朧月おぼろつきを守って欲しい」


「……ふう」

 ――飛んだことのない魔族の空……か

 ――どんな空だろう

 サクラギは空を飛ぶことがとても好きである。

 あこがれていると言ってもいい。

「わかりました、微力を尽くします」


 バッ


 ぴしりと敬礼をしながらサクラギが答えた。



 古い三段飛竜空母を改造した補給艦が、魔術学園の飛行艦港に停泊している。

 ”朧月おぼろつき”である。


 ガシュウウ


 サクラギは、上部飛行甲板に飛行艇、“ネコジャラシ”を垂直飛行Vトールさせた。


 

 新型可変翼飛行艇、”ネコジャラシ”


 本体となだらかにつながるフロート(飛行艇の船の部分)

 前の部分のスロットが開いて縦方向の小型ジェットが、風を下に吹き付けていた。

 縦に並んだ双発ジェットエンジン。

 後ろにせり出し下に向いている。

 機首周りのカナード翼が下を向いている。

 

 特徴的な可変後退翼。


 翼が全開に開かれている。

 この世界にはゴムはない。

 ゴム付きの車輪も無いので、基本着陸は、”垂直着陸Vトール”である。

 飛行艇が、飛行船から発展したからだ。



着艦完了ランディング

 サクラギが、最新鋭飛行艇、”ネコジャラシ“を、飛行艦、”朧月おぼろつき”の上部甲板に着艦させた。


 コオオオ

 

 カキン

 サクラギがスイッチを操作した。


 シュウウ


 ジェットエンジンをオフにする。

 エンジン音が収まった。

 手回しのハンドルで可変翼を閉じていく。


「とっ、飛んでる……!?」

 サクラギの耳に驚いたような女性の声が聞こえてきた。

 オープントップで複座の操縦席コックピット

 小さな風防越しに、


 パタ、パタ


 頭にはヤギの巻いた角。

 お尻には、悪魔の尻尾。

 丸く編み込んだ黒髪、紅い目。

 少しとがった耳。


 背中には蝙蝠の翼。 


 エプロンドレスの背中は大きく開けられている。

 リリスが、飛行艇の前を飛んでいた。

 リリスが、金属のかたまりである飛行艇を驚愕のまなざしで見ている。


「とっ、飛んでる……!?」

 ――ひ、人がっ

 ――せ、背中に翼っ

 サクラギがリリスを、彼女と同じような驚愕のまなざしで見つめ返していた。


 ヒュウウ


 その時一陣の風が吹いた。


 ブワアッ


 リリスの侍女服のロングスカートを、器用にまくり上げていく。


「く、黒、……っ」


 ガーターベルトとシックなショーツが見えたのであった。

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