第38話

「あっちだな」

 竜教会の聖女であるマガリが指をさした。

 右目の眼帯が外されて羊の瞳孔の魔眼が見えた。

 カイラギたちをマーキングして方向がわかるのだ。


「針路修正ー」

 マガリの指し示す方向へ。 

「速力、なみーそくー」

 可変翼飛行艦、”アッシュ・オブ・イグドラシル”が、ナール河の上空を200ノット(約時速、400キロメトル)で飛行する。

 約三十分飛行した後、

「前方に、飛行艦発見」

「艦種、三段飛行艦空母、”朧月おぼろつきです」


 艦橋から双眼鏡を覗きながらシャラフィファンが、

「ふむ、そうか、無事そうだな」

 と言い、ホッとしたような表情を見せた。

「若頭(←カイトのこと)も無事そうですね」

「砲撃訓練中のようです」

 クルーのむくつけき漢たちが言う。

 朧月の砲撃で河に水柱が上がっていた。

「ふふ、しかし、砲撃がいまいちだな」

 シャラフィファンがイタズラを思いついたような顔をする。

「全砲門射撃用意っ」

 おもむろにマイクを取り全艦放送で言った。

「アイアイキャプテン」

 艦橋の下の二門の砲塔が動き始める。

「目標、五番と六番」

 と的に書かれたボートだ。

 艦橋から下に二門の砲台が見えた。

「壱番砲塔、五を指向」

 前の砲塔が少し周り砲身が上下に動く。

「弐番砲塔。六を指向」

 後ろの砲塔が同じように動いた。

「照準よーし」


えっ」


 ドドドドパアン


 轟音と共に、太い鉄の杭が強力な圧縮空気で打ち出された。

「命中」

「命中」

 五と六のボートが杭の直撃を受け粉々に砕ける。

「よしっ」

 シャラフィファンが満足気にうなづいた。

「減速っ、朧月おぼろつきの左舷に移動っ」

 

 飛行艦、”アッシュ・オブ・イグドラシル”が艦体と翼につけられたエアブレーキを展開。

 減速しながら、飛行艦、”朧月おぼろつきの横に並んだ。



 ゴオオウ


 後方から艦の横を何かのかたまりが、ものすごい勢いで通り過ぎた。

 微かに艦が揺れる。


 ドドパアン


 標的の五番と六番に命中。

 粉々に砕けた。


「この砲音はっ」

 平型艦橋から左右の砲塔が見える。

 それを見ながら指示していたハーフエルフのシャラルが、大急ぎで左の船外通路に出た。

 シャラルは、元シルルートの技術技官で奴隷狩りにさらわれて、”アイアンフェロー”に来た。


「うーん、まさかねえ」

 カイラギが、少しうなりながら艦長席から立ちシャラルの後を追う。

「ど~したんですか~」

 隣の貴賓席に座るアルテが追いかけた。

 そこには艦体の斜めに二枚と可変翼にエアブレーキを開いた、流線型の飛行艦が減速しつつ並ぶ。

 ”シャラル”が艦外通路の手すりに身を乗り出しながら、

「まさかっ、幻の飛行艦、”クイーン・オブ・シルルート”っ!?」

 シルルート王家秘蔵の超軍事機密艦だ。

 シャラル自体は、流線型で可変翼の飛行艦という噂しか聞いたことは無い。

「いや、あれは、”アッシュ・オブ・イグドラシル(世界樹の灰)”だよ」

 横に並んだ、カイラギがゆっくりという。 


『来たぞーー、カイトーー』

 女性の声が艦外放送から聞こえるとともに、


 シュパアアン


 という音と共に艦の横からかぎ付きのロープが打ち出される。

 二艦がロープで固定された。

 その後、可変翼の飛行艦から折り畳み式の通路が伸びてきた。

「乗り移れえ」

 女性を先頭にむくつけき漢たちが通路に殺到した。

 俗に言う、”接舷戦”というやつである。


「か、艦長っ、か、海賊ですっ」

「こんなところでっ」

 慌てる朧月おぼろつきのクルー達。


「あー、いや、落ちついてくれ」

 カイラギが、頭をかきながら気まずそうに言った。

「お知り合いの方ですか~」

 アルテがのほほんと聞く。

「うん、えーと」

 その間にずかずかと女性の集団がカイラギの方に来た。

 先頭を歩く二十代後半の女性がカイラギに抱きつく。

「元気にしてたかー、愚息よー」

「ひさしぶりですねー、若頭ー」

 むくつけき漢たちの囲まれるカイラギ。


「艦長っ」

 クルー達が心配そうに叫ぶ。

「お久しぶりです、母上、ご健勝そうですね」

 女性に抱きつかれながらカイラギが言った。

 目を丸くして見ていたアルテが、

「まあっ⤴、カイラギ様のお母さまだったのですねっ」

「おさま、私は、アルンダ―ル王国第一王女、アルテアレと申します」

 完璧なカーテシーをしながら言った。


「ほほう」

 女性がカイラギを離した。

 シャラフィファンが上から下までアルテを見た。

 180センチ近い身長。

 ――少しゆれ、風もある艦外通路でこゆるぎもしないカーテシー

「……しっかりした良い体幹じゃないか」

 正式なカーテシーは、かなりの筋力が必要ならしい。

「”イグドラシル海賊騎士団”、団長、”シャラフィファン・カイラギ”だ」

「カイトッ、良いお嬢さんじゃないかっ、紹介しろっ」

「若頭も隅に置けませんなあ」

 どっと沸くむくつけき漢たち。


「まあっ⤴、カイラギ……カイト様とはまだそんな関係ではありませんわ~」

 テレテレと答えるアルテ。

「母上っ、一国の王女様ですよっ」

 慌てて言うカイラギ。

「ははっ、若頭も世が世なら王子様ですぜっ」

 むくつけき漢の一人が言った。

 シャラフィファンは現シルルート女王の姉。

 シャラフィファンが、カイトの父親を取らなければ、シルルートの女王だったかもしれないのだ。

 それ以前に彼女は自由な海賊を選んだのだが。


「……とりあえず助けに来てくれてありがとう、母さん」

 カイトが穏やかに笑いながら答える。

「うん」

 シャラフィファンが満面の笑顔で答えた。

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