第2話

「んん、ここは~?」

 ”アルテ”は目を覚ました。

 ボ~とする頭で周りを見回す。

「医務室?」

 釣り下げ式の照明が、白い光を周りを照らしながらゆっくりと揺れている。

 隣のベットに、自分付きのメイド、”リリス”が寝ているのが見えた。

 ゆっくりと上半身をおこす。

 艶のある銀髪がサラリと肩から前に流れた。


「あっ」


「〇△……?」


 事務机から立ちながら、白衣を着た女性が話しかけてきた。

 人族の言葉だ。

「分かりません~」


「××□……」

 女医さんだろうか、安心させるように笑いかけてくる。 

 ーーとりあえず、”リリス”が起きたら何とかなるでしょう~。

 うなづいて笑い返した。 

 白衣を着た女性が伝声管で何かを伝える。


 しばらくすると、


 ガチャリ


 金属製の扉を開いて、二十代前半の男性が入って来た。

 カイラギである。


 身長、170センチくらい。

 少しくたびれた軍服。

 頭には艦長帽。 


 茶色い瞳に茶髪。


「!? まあっ」

 すっ、すてきっっ



 アルテの種族は、スノーオーガー《雪大鬼》。

 故郷は厳しい極寒の地。

 さらに、スノーオーガーとその近縁のユキメ族は女児の誕生率が高い。

 そして、女児は全てスノーオーガーかユキメになるのである。

 この二種族は、他種族から男性をさらう、”略奪婚”をする。

 そして、その男性を中心としたハーレムを作るのだ。


 茶色い瞳に茶髪。 


 この二種族には特別な意味を持つ。


 異世界から来た伝説のハーレムマスター、”シューゾー”を象徴する色だからだ。

 

 彼は、そこにいるだけで極寒の地に暮らす周りの女性の体温を、5度上げたといわれている。


 アツイオトコだ。


 スノーオーガーとユキメ族の理想の男性像である。

 魔族の国には、茶色い瞳に茶髪はほとんどおらず、彼女たちのあこがれの的なのだ。



 もじもじ、ポッ

 

 アルテの中で、茶色い瞳に茶髪のカイラギのかっこよさは二割、いや三割増しである。


「□〇……」


「あの……」

 帽子(艦長帽)を脱がれました~ 

 言葉が通じないのがもどかしい~ 


 その時である。


 グラリッ


 偶然、艦がゆれた。

 吊り下げ式の照明が揺れる。


「きゃあ~」

 ――今です~

 アルテは、わざとらしく男性の胸に倒れかかる。

 

 彼女の種族は、雪大鬼スノーオーガー

 これくらいの揺れではびくともしない。 

 しかも、彼女は男性より頭一つ分くらい背が大きい。


「◇△〇……?」


「えいっ」

 結構な勢いで男性の胸に飛び込んだ。

「ま、まあっ」

 ――びくともしないです~

 遠慮なく、ぺたぺたと男性の体を確認する。

 仕上がってますよ~

 鍛え上げられたボディ~

 彼の顔を見上げた。

 優し気な茶色い瞳が、心配そうにこちらを見ている。

 茶色い前髪が、人房ひとふさ額に落ちた。


 ぽっ

 すてきっっ


 アルテのエメラルドグリーンの虹彩が、うっすらと淡い桜色に色づく。


 もじもじ


 男性の腕の中で身じろいだ。


「ナッ、貴様アアア、姫様にナニをしたアアア」


 大きな声が聞こえた。 

 隣に寝ていた、リリスの声だ。


 バッッ

 ゆって丸く束ねた黒髪から飛び出す巻いたヤギの角。

 少し尖った耳。

 バサアッ 

 背中が大きく開いたメイド服。

 その背中から、大きな黒い蝙蝠こうもりの翼が飛び出した。

 腰から生えたアクマの尻尾が不愉快そうにゆれる。


 メイドが宙に浮かんでいた。

 

「×××ーー」

 男性が叫ぶ。


「問答無用っ」


開本オープン・ザ・ブックっ、”3ページ”」

 腰から取り出した本を、片手で開く。


 空中に光り出る、白い魔術文字。


「初節から最終節まで詠唱破棄」

 魔術文字が最後の一行を残して消え去った。


 ―指に法印―


 人差し指と中指、親指で空中に円を描く。

 ボッ、ボッ、ボッ 

 三回、宙に円を描いた。


 ―心にマナ―


 心に火炎をイメージ。

 ダメージ判定。

 六面ダイス《サイコロ》かける三だ。

 頭の中でサイコロが転がる。


 ―口に呪文―


「目視詠唱、火炎弾ファイヤーボルト、三連」

 三連にしたことで威力は下がる。


 ―かくして魔術は発動せん―


「あらあらあら、駄目よ~、リリス~」

「落ち着いて~」

 アルテは、両手をあごの下にそろえるピーカブースタイルで、ダッキング(低い姿勢でショートダッシュ)。

 リリスの目の前に一瞬で移動。

 アルテは、低い姿勢から全身のばねを利用した、下から上へ空間を切り裂くようなアッパーカットを放った。


「なっ!? 姫様の肉体言語っ」

「ガゼルパンチッ!!」


 ボボボ


 アルテが、発生しかけの火炎弾ファイヤーボルトの魔法陣を打ち消しながら、パンチを下から上へ撃ちぬいた。


「きゃあっ」

 バフッ

 リリスが可愛い悲鳴を上げながら、ベットに倒れこんだ。


「〇〇〇……」

 カイラギの驚いたような声だ。


「ね、少し落ち着きましょ~」

 アルテはリリスに笑いかけた。

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