第3話

「リリス、大丈夫~」

 医務室のベットに倒れ込んでいる、”リリス”の顔を覗き込んだ。


「姫様っ、ここはっ」

「人族っ?」

 リリスと呼ばれたメイド服の女性が、近くにいた二人を見た。


「そうみたいよ~、助けてもらったみたい~」

 アルテがリリスに笑いかけた。


「〇〇×……」

 男性が人語で声をかけてきた。


「人族の言葉ですね」

「少しお待ちを」

 リリスが起き上がり本を手に取った。


開本オープン・ザ・ブック、5ページ」


 リリスが魔導書、”終わりのない《ネバーエンディング》物語(ストーリー》“を開いた。

 空中に光り輝く文字が浮かぶ。

 

 リリスが人差し指と中指を立て、複雑な模様を宙に描いた。


「翻訳の魔術、言語:人族。 阿頼耶識(根源リソース)に接続」

く彼の言語の相互の理解をこの場に示せ」

「サンプル文章検索:寿限無寿限無、後光の擦り切れ……長介」


 人語の根源は異世界の言語ですか……

 リリスが密かに納得した。

 宙に書いた模様が光り輝く。


「翻訳」


「〇れは……」

 男性がつぶやいた。


「翻訳の魔法ですよ~」

 私は男性に話しかけた。


「魔法っ、翻訳っ、言葉が通じるっ」

 男性の驚きの声。


「そうですよ~」

「初めまして~、え~と」

「私の名前は、”アルテアレ・アルンダール”と言います~」

 ペコリ

 頭を下げた。


「姫様っ、簡単に頭を下げてはいけませんっ」

「このお方は、アルンダール王国の第一王女である」

「私の名前は、”リリス”という」

 リリスがくいっと眼鏡をあげながら言った。


「私は、ハナゾノ帝国空軍少佐、”カイラギ・カイト”と言います」

「補給艦、”朧月おぼろつき”の艦長をしています」

 びしっ

 と敬礼をした。

 

「……人族か?」

 リリスが聞いた。

 魔導書(グリモアール)を片手に警戒しているようだ。


「魔族の方ですか?」

 カイラギはリリスの背中の羽を見ている。

「ここは、人族の国、”ハナゾノ帝国”」

「魔の森の向こうに、魔族の国があると聞きます」

「どちらから来られたのですか?」


「どこから来たかはわからないわ~」

「国の北にある、”瘴気の森”をワイバーンで飛んでいたの~」

 私はあごに指を当てた。


「姫様っ」

 リリスが魔導書を開いて言った。

 何かを調べている。

「最後に触れた瘴気に、魔法で手を加えた後があります」

 リリスが魔導書で調べている。

「これは……」

 

「転移の魔法っ」


「姫様っ、我々は罠にかかりましたっ」

「くっ、王弟の仕業かっ」

 リリスの厳しい声。


「まああ、それは大変ね~」

 アルテが、のほほんとした感じで頬に手を当てた。


「え~と、とりあえずハナゾノ軍本部に連絡をします」

 カイラギが二人に言った。 



「まああ、空の上ですよ~」

「この建物、飛んでいますわ~」

 医務室から出たすぐの外部通路である。

 月明かりの元、眼下に穏やかな田園地帯が広がる。


 リリスがおもむろにメイド服のポケットから煙草を取り出した。

 ピンッ 

 ザシュッ、ザシュッ

 プルプル

 オイルライターで火を点けようとするが…… 


「……どうぞ」

 シュッ

 ボッ

 手が震えて火がつけられないリリスを見かねて、カイラギはマッチを擦って、リリスの煙草に火を点けた。

 気が動転しているようだ。


「ひ、ひひひ、姫さま」

「と、飛んでいるのですね」

 スウウウウ

 ゲホゲホゲホ

 リリスが煙を力一杯吸い込んでむせた。


「魔族の国に飛行艦は無いのかなあ」


「この巨大な空飛ぶ城はカイラギ様のものなのですね~」

 アルテが弾んだ声で聞いた。


「ニャンドロスの移動要塞? いやあれは飛行性大型爬虫類の背中に…」

 リリスが小声でブツブツと呟いている。

 

「え、ええ、まあ」

 一応艦長だし。

 旧型の補給艦だけどね。


「す、凄いです~~」

 アルテアレ王女が、目をキラキラさせてこちらを見てきた。

 ーーうん、きれいな桜色だなあ

 彼女のエメラルドグリーンの瞳に桜色が混じる。


 フウウウ

 リリスが紫煙を上げる。

 少し落ち着いたようだ。

「んん、ああっ、姫様っ」

 姫様の瞳に桜色の、“恋愛色”がっ。

 ゲホゲホゲホ 

 リリスはもう一度むせた。


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