第48話

「いいのですか?」

 ネコミミの生えたニャンドロス神聖王国の宰相が言った。


「大丈夫大丈夫、ハナゾノとシルルートから許可は取ってるから」

 竜聖女であるマガリが言った。 

 胸には鐘の紋章。

 左右に白と黒のハルバート。

 スッと背筋が伸びた。

 聖女の人格であるレイリアが現れたのだ。

「人身売買や魔薬の密売……竜の女神様がお許しになるはずがありませんっ」

「竜教会原理主義者に、破門を言い渡しますっ」

 レイリアが珍しく怒りの感情を見せた。


 シャンシャンシャシャシャン


 振鈴の音が響くここは神社の主殿。

 床には複雑な多重魔法陣。

 女王、”ヒミャコ”を筆頭に三人の猫巫女が舞う。

 その周りを猫妖精ケットシーたちが丸く囲む。

 スリー・ネコミコ・システムを搭載した大型空中移動・攻撃要塞型神社、”猛者佐宇留守モササウルス”級が空を行く。

 ニャンドロス神聖王国の主殿であり、女王ヒミャコの居城。


 白い人型の紙が空中に浮かんでいる。

 進むはヒミャコの依り代の指し示す先。

 さらわれた猫巫女を助けるのだ。


 両手足がひれになった巨大なワニが瘴気の森の上空を飛んだ。



 ゴゴゴゴゴ


 可変翼飛行艦、”アッシュオブイグドラシル”がオレンジ色のジェット炎を出しながら飛行中だ。

 斜め前には、本艦の約三倍近い大きさ。

 神社を背中に背負った、”モササウルス”。

 巨大なワニの尾がウネウネと左右に動いていた。

 

「機関全開っ、置いていかれるなあ」

 シャラフィファンが大声で言う。

「アイアイ、キャプテン」

 可変翼はぎりぎりまで閉じられている。

「しかし、何て船足だ」

 今現在、飛行艦の中で一番足が早いのは、”アッシュオブイグドラシル”である。

 大きさは力だ。

 ――これが十分にカツオブシとマタタビを得たニャンドロスの実力か

 シャラフィファンが、モササウルスの後ろ姿を見ながら、深刻そうに腕を組んだ。



「猫巫女様っ、助けが来ますっ」

 龍教会原理主義者の隠し神殿、その牢屋の一室に虎縞模様の髪をした猫巫女がとらえられていた。

 巫女の前には紙で出来た人型の依り代が浮かんでいる。

 彼は、ニャンドロスにつかえるニンジャー。

 猫巫女の護衛のためについて来たのだ。

「はいっ、ありがとうございます」

 ニンジャーにうるんだ瞳を向けながら嬉しそうに微笑む猫巫女。

 ニンジャーは、隠れて食べ物をくれたり、乱暴しようとした不埒な男から守ってくれたりしたのだ。

 不埒な男は裏庭に埋まっているのだが。

 ニンジャーが牢屋の鍵を開けて、猫巫女の手を取り廊下に連れ出した。

「おいっ、そこで何をしているっ」

 廊下の奥から司祭とゴロツキの男が声を出しながら近づいてくる。


 シュシュッ

 ドドンッ


 司祭とゴロツキの額に長クナイが突き刺さる。

「こちらへ」

 反対の方向に手を引いて走り出した。


「猫巫女が逃げたぞ」

「あそこだ」

 廊下の左右から挟まれた。


「猫巫女様、失礼を」

「はいっ」

 ニンジャーが猫巫女を横抱きに、三階にあった廊下の窓から外に身を投げ出した。


 その上では、巨大なモササウルスと飛行艦が戦っていたのである。


◆ 


 ハナゾノ帝国の西、シルルート王国の東にあるシェルダの森。

 その南にある白眉山脈。

 その山肌に半ば要塞化した教会があった。

 ヒミャコの依り代にしたがってたどり着いた、竜教会原理主義派の隠し神殿である。


「敵飛行艦三、ガルド級一とテンドロディウム級ニ」

「森に中から浮上して来ました」


 ガルド級はシルルートの主力飛行戦艦である。

 曲面主体のモノコックボディー。

 丸みを帯びた艦橋。

 前方に二門、後方に一門、二連装砲を装備していた。

 ティアドロップ状の気嚢に左右の翼の先にプロペラ。

 テンドロディウム級の前部艦橋はカラスの嘴くちばしに丸いガラス窓が複数空いている。

 ローズのテンドロキラムはマッコウクジラの頭のようで上に甲板があった。

 シルルートとハナゾノで麻薬や人身売買で稼いでいる貴族のものだ。


 木々の上の巨大な影を落としながら、空を飛ぶモササウルスが近づく。

 ガルド級が艦体を横に向け、全ての主砲をモササウルスへ。


 シュパパパパン


 計三門、六機の砲塔が鉄の杭を打ち出した。


 カカカカカン


 モササウルスの分厚い皮が鉄の杭を跳ね返す。

「硬いっ」

 何事もなかったように前に進み、大きく口を開ける。

 ガギギギギ

 モササウルスがガルド級の横腹に噛みついた。

 ガキン

 モササウルスが首を振る。

 ガルド級が前と後ろに真っ二つにされ墜ちていった。

「なんだあれはあ」

「に、逃げろお」

 残りのテンドロディウム級二艦が逃げ出した。

「逃すなっ」

 サラフィファンが叫ぶ。

 アッシュオブイグドラシルの砲撃で墜とした。



「降下っ」

 

 巨大なモササウルスと飛行艦から武装した兵士が飛び降りていく。

 落下速度制御パラシュートの術式がきらめいた。


 その先頭には、肩までの黒髪に黒い瞳。

 左目は羊の目の邪眼。

 右目は金色の輝く竜眼。

 右手には魔の力を宿し、左手には竜の加護を纏う。

 両手に持つは白と黒のハルバート。

 純白の甲鉄蜘蛛の糸製のドレスアーマー。

 胸に、福音を鳴らす者の意味を持つベルの紋章。


「あ~はっはっはっ」

 ダアンッ

 竜教会の正門に降り立った。

 周りを竜教会ののが囲む。

 竜教会の騎士は、竜騎士だ。

 龍に認められなかった騎士が勝手に、”聖騎士”と名乗っているだけである。

「龍の聖女、マガリッ、ここに見参っ」

 彼女の母親は奴隷として売られてきた魔族(人魔)の女性。

 母親は、孤児院に預けてすぐに死亡しているようだ。

 スッと背筋が伸びる。

 彼女の聖女としての人格、”レイリア”だ。

「龍の女神様が言われました、あなた達は破門ですっ」

 ニッとマガリが笑う。

「まあ、個人的にうらみがあるのだよ」

 一時期荒れて、”マガリ”と名乗り、魔を見境なく狩っていた時期がある。

「というわけで、覚悟しやがれっ」

 両手のハルバートを指先でクルクルと回し、聖騎士や司祭を薙ぎ払った。

「突撃っ」

 その後ろを、海賊騎士団とニャンドロスの武士団が続く。

 途中で、猫巫女を抱えた男性が空から降って来たりした。


 ここに、麻薬と人身売買の拠点である竜教会原理派の隠し神殿が壊滅したのである。


 ハナゾノ帝国もしくは人族の領域がマジワリ(瘴気)の森を越え、魔族の領域へ拡大したのだ。

 これからも竜の世界、ドラゴニアの歴史は続いていくだろう。


 了

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魔の森の近くを飛行艦で飛んでいたら、魔族の王女様を拾ったんだけどっ?! touhu・kinugosi @touhukinugosi

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