三幕 作家遊葉の特異点
三幕その一:ようこそファンタジーへ、
「単純だね、キミも」
羽田空港の到着ロビーで鶴見先輩が待ち構えていた。
「どうしてこの便に乗って来ると分かってたんですか」
「魔法で、とでも言えば納得してくれるのかな」
「何だって良いですよ。魔法とやらが存在した方が、世界は面白い」
鶴見先輩は声にならない笑いを吐き出し、
「ごめんね。本当は朝からずっと待ってたんだ。大分発の便が到着する度、あたかも全て知っていたかのような表情を浮かべてキミの姿を探していたのさ」
「それは残念です」
「さて」と言い、鶴見先輩はポケットから二枚の紙きれを取り出して見せた。
「大分行きの旅券だよ」
俺の胸に押し付けてきた。
「末路ちゃんから話は聞いた。交換しよう」
「……どういう意味です」
「万年筆を渡したまえ。そしてキミは大分へ帰るんだ」
「お断りします」
「そう冷たいコトを言うなよ少年。キミは一般人だ。そして今起きているのは戦争だ。そういうのは私たちみたいな選ばれし者に任せてくれよ。キミが命を賭す必要なんて無い。末路ちゃんもそう思っているよね?」
「末路は────分かりません」
どんな問い掛けにもハッキリと回答してきた奇如月さんが、初めてイエスでもノーでもない返答をした。不思議なもので、そんな彼女が俺の目には愛らしく映った。
「そうかい。……遊葉クン、今のキミがどこまで知っているのかは分からない。だが、世界の命運を左右するほどの危機が迫っているコトくらいは理解している、そうだろう?」
「ええ、もちろん」
「だったら悪いことは言わない、帰るんだ」
胸に二枚の紙きれを押し付ける鶴見先輩の手が、更に力を増す。
それを俺は右手で優しく、されど確固たる意思で押し返した。
「知りたいんです、命を賭けてでも」
「それはキミが作家だからかい?」
「いえ、そういう男だからです」
「遊葉クン、ここが分水嶺だ。引き返すなら今だよ」
「何を今更」
「……ほう」
「とっくに取り返しなんて付かないところまで来てるでしょうが」
ガス爆発だか敵の光線銃だかは知らないが、とっくに同学徒が死んでるんだ。
俺のせいで。
「取材に値する、理由はそれで十分だ」
鶴見先輩は肺の中の空気を全て出しきる勢いで溜息を吐いた。
「私の負けだ」
鶴見先輩は自棄のように旅券をビリビリに破り、俺の頭上に投げ散らした。ひらひらと宙を舞う紙屑はまるで、祝福を表す紙吹雪の様をしていた。
「ようこそファンタジーへ、ここから先は地獄だよ」
望むところですよ。
現世日常と比べりゃどうしたって、地獄の方がドラマチックでしょう。
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