二幕その二:勧誘!戦争同厭会
「勧誘よ!」
戦争同厭会発足当日、昼休みの山覚ツヅキの発言である。
「悪い、飯の後にしてもらって良いか」
食べかけのハムとたまごのサンドイッチが手元にある。
「ったく、コトの重大さが分かってないわね……。アンタはサンドイッチの為に第三次世界大戦を受け入れるって言うの? アタシのパパはサンドイッチなんかに殺されたって!?」
とんだ暴論である。だが、彼女の気持ちを理解できないでもない。残り一つのサンドイッチを多少強引に口に押し込み、口内が閑散としたのを確かめてから訊いた。
「山覚さんや、宛てはあるのか」
「ンなもん『薄荷の兵糧攻め』よ!」
「……ハッカが何だって?」
「だから『薄荷の兵糧攻め』よ。ことわざ、知らないの?」
知らない。何故ならそんなことわざは無いからだ。想像するに、空白の一二〇年の間に生まれた言葉なのであろう。南蛮渡来の大量繁殖植物を日本語のことわざに使うとは。未来人にも賢ぶる阿呆も居るのだな……と評するのも、未来を知らぬ者の浅はかな予想なのかもしれないが。
少し頭を働かせ、
「数で誤魔化せ……的な意味合いか。そんな無計画で部員が見つかるのか? ただでさえクラスで浮いてる奴からの勧誘で、更には戦争同厭会なんて訳の分からん名前なんだぞ」
「それは多少なりとも反省してる。だからアタシから話し掛けて、クラスメイトの心をオープンユアハートよ。それに、学校中の生徒に声を掛ければ二人くらいは見つかるでしょ」
その楽観こそが何よりの浅慮な気もするが、それは行動を起こしてから判じるべきか。
「遊葉先生には東棟を任せるわ。狙い目は屋上ね。一人ぼっちで居る子が居たら僥倖よ。そういう子はどうせ放課後も暇してるだろうし」
とんだ偏見だ。
が、山覚ツヅキの推理は見事振るった。
「ワオ! お早い再会ではないか少年!」
屋上にて。さわりと吹く微春風と直上から穏やかに射す陽光を全身に受ける、紫色の髪とメガネを見なかったことにすべく、視線を逸らし、階段に戻ろうとした。
「ちょちょちょちょーい! そんなに露骨に避けなくたって良いじゃないか! 実はさんかく先輩、一人寂しく昼食を摂っていたところだったんだ。折角再会を果たせたんだし、どうせなら同席していきたまえよ!」
「残念ながら昼食は済ませたんですよ」物足りなかったが。
「お年頃の男子高校生ならまだ胃袋に余裕はあるだろう。ほら、さんかく先輩お手製らぶらぶ劣情in卵焼きを食らえぃ!」
立ち尽くす俺の口に、ベンチに座る鶴見先輩が手づかみの卵焼きを押し込んできた。俺は基本的人権まで奪われた敗戦捕虜兵のような佇まいで仕方無しに受け入れると、仄かな甘みが舌に広がった。祖母の卵焼きを思い出し、悔しくも心が安らいだ。
「どう?」と、鶴見先輩が下からニッコリ笑顔を覗き込ませてくる。
「……まあ、美味いっすけど」
「そうだろうそうだろう! さんかく先輩は料理上手だからね! 加えて掃除・洗濯までお手の物、未来のお嫁さん候補におすすめだぞ?」
「遠慮しておきます。嫁がヒラヒラのロリータドレスを着てるだなんて御免ですから」
「つれないねぇ冷たいねぇ、キミはまったくクールだねぇ……」
大の男を揶揄うものではない。恥ずかしいだろう、それなりに。
「で、食事も済ませた少年はこんな所へ何をしに来たのかな。女の子を引き連れてのご来場ならお手本のような青春だが、一人で訪れたって寂しいだけだと思うがね」
「そんな鶴見先輩も一人だったじゃないですか」
「あいたぁ~、痛い所を突いてきやがる
今日の春風は少しだけ、肌に冷たかった。
「鶴見先輩、部活とかしてないんですか」
「部活? まさか」
「入部しようと思ったことも?」
「あったよ。何だったら一年の頃はテニス部だった」
「辞めちゃったんですか?」
「ああ」と静かに答える彼女の横顔は少し、綺麗だった。
「……理由をお聞きしても?」
「二個上の先輩のカレシに惚れられちゃったのさ。男は愚かで、女は嫉妬深い生き物だよね。先輩から口にするのも憚られるような嫌がらせを受け、敢え無く自主退部ってワケ」
「くだらん話ですね。もちろん相手側がって意味ですけど」
「ありがとう。もちろん魔法少女になったからというのもあるけどね」
むしろそちらの方が部活を辞めた理由としては大部分を占めていそうだ。
日夜世の為人の為に悪と戦う魔法少女様だ、放課後こそ忙しそうに思える。そんな鶴見先輩に「共に第三次世界大戦を阻止しましょう」なんて言って部活動に誘うのは間抜けが過ぎる。
「なるほど、例の女の子との部活動の話だね」
「なんで分かるんです」
「大したコトでは無いさ、論理的に考えれば分かるよ。さては勧誘かい? かぁ~~~! キミは欲望に忠実だなぁ! 可愛いクラスメイトだけに飽き足らず、ナイスバディな先輩までハーレムに引き込もうって算段とはね!」
「誘ってないです」
「誘ってくれないのかい!?」
「鶴見先輩、忙しそうですし」
「忙しくないよスッゴク暇だよ! 放課後なんて寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰るしかない哀しき愛の戦士だよ!」
「魔法少女稼業があるでしょう」
「もちろん定期パトロールはしているよ。だけど最近の新宿は平穏そのもの。むしろ危険なのはキミの方さ、遊葉クン」
鶴見先輩の細い指が、俺の胸元を軽く突いた。
「止めてください」
「何さもう、優しいお姉さんが心配してあげてるのにさ。……クンクン」
何事か。鶴見先輩は鼻をひくつかせながら、その顔を俺の首元に寄せてきた。昼休みの屋上は鶴見先輩だけの占有地ではない。従って、鶴見先輩のその変態行為は衆目の下に晒された。どういう訳か、数多くの冷たい視線は俺に向いているようだが。見世物じゃねえぞ。
「やはりね。さんかくちゃんの鼻と感覚は七割当たる。キミ、相当に危ないニオイがこべり付いているよ。一日中一瞬たりとも油断はできないね、頼りになるボディーガードを付けるのをおすすめするよ」
「……それが、鶴見先輩だと?」
「ンフフ、察しの良い男の子は好きだよ。その……戦争同好会だっけ?」
「同厭会です。どんな反社会勢力ですか」
「その戦争同厭会に私を誘うと良いさ! さんかくちゃんが仲間になりたそうな目でこちらを見ている……ほら、はやくっ!」
「ノー」
「イエス! サンクス! どうせそんな不可思議な部活動だ、部員も集まっていないんだろう? もっとも、私は嫌いじゃないけどね、そのネーミング。わざわざキミが昼の休みを献上してまで勧誘活動をしなければならないほどの窮地なんだ、魔法少女の手も借りたいだろう!」
妙に釈然とせず、こちらからお願いをしたくはないというのが真っ正直な気持ちである。この女を特別に嫌ってはいない。特別に、好きではないだけだ。
だが部員が必要なのも、勧誘する相手に悩まされているのもまた事実である。山覚さんは「ミントが何だかんだ」と言った。だが、大前提に立ち戻ろう。俺は正史に於いての高校時代、友人知人の一人も居なかった(奇しくも鶴見先輩の現在と同じである)。そんな俺だ、同校学徒だろうが見ず知らずの相手に話し掛けるのは易くない。いや普通にムズイ。マジで。
作家遊葉は思い出した。これはあくまで、青春への取材なのだと。取材に作家個人の感情が介在する余地など無い。
そうと決まれば折れるのは早かった。大人特有の諦めの早さが功を奏したとでも言おうか。
「お願いします、戦争同厭会に入ってください。俺達と一緒に、平和の為に活動してほしい」
「もちろんだとも、少年。魔法少女はいつだって平和の守護者、さんかくちゃんはラブアンドピースに生きてんだぜっ」
鶴見先輩は応え、親指と人差し指でピストルの形を作り、それを上空に向けて伸ばしポーズを決めた。
この人のこういうところが、好きじゃない。
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