二幕その三:映画を撮ろう!
戦争同厭会部室、もとい部室棟空き部屋に向かうと、山覚さんが待っていた。
「遅い! 勧誘一つに時間掛けすぎ!」
「新入部員を確保したんだ。褒められはしても文句を言われる筋合いは無い」
「あのね、こうしてる間にも着々と第三次世界大戦までの秒読みは進んでいるのよ?」
「はいはいそれは悪うござんした。それで、そちらは勧誘にさぞ上手くいったとお見受けするが?」
俺なりの皮肉である。がらんどうの部室を見渡した。
「もうすぐ来るわ。女の子は何をするにも男より時間が掛かるものなのよ」
第三次世界大戦までの秒読みはどうした、とは言ってやるまい。ああ言えばこう言う山覚ツヅキと口論をしても無意味だ。ただこちらの精神的持久力がすり減るのみである。
「フムフム、この子がねぇ……若いねぇ尖ってるねぇ、ギラついてるねぇ!」
鶴見先輩は山覚さんに興味津々のご様子。特別に見てくれの整っている訳では無い俺にさえサラブレッドに対する厩務員の如く距離を詰めてくるような人だ。山覚さんへの反応も合わせて鑑みるに、余程後輩という生き物が好きらしい。
「初めまして、アタシは山覚ツヅキ。戦争同厭会の発起人にして、未来で起こっている第三次世界大戦を阻止しに来た未来人よ。戦争反対、よろしく」
「ワオ! 未来人との接触は人生初体験だよ、貴重だね。私は鶴見さんかく、世界を脅かす怪物と戦う魔法少女さ。後輩万歳、よろしくね」
二人は固い握手を交わした。何故未来人と名乗る女子高生に疑念を持たない。何故魔法少女と名乗る先輩に引かない。変わり者同士、どこか通ずる部分でもあるのやら。
「お待たせしました」
「うぉあッ!」
音も無く影も無く、俺の背後に彼女は現れた。聞き覚えのある声に振り返ると、山覚さんと並べるには相対的に劣るが、絶対的尺度で測れば変わり者と評しても良いクラスメイト────タンバリンにてクラスメイトの心をこじ開けた件で俺の記憶に強く残っていた、奇如月末路がそこに立っていた。
何故か、チャイナドレスを纏って。
「うっひょぉおおぉおおぉおお! 可愛いねぇ似合ってるねぇ、どエロティックだねぇ!」
ドレスのスリットから覗かせる奇如月さんの生脚に頬ずりをする鶴見先輩を止められるほど、俺はその光景を前に冷静ではいられなかった。その似合い加減と言ったらもう、ロバート・ダウニーJrに対する髭のようなものだ。……例えが悪かった、女の子の服装に対する感想には不適だったな。もう一度チャンスをくれないか?
「き、奇如月さん……その格好は……?」
「山覚ツヅキに命じられました」
どこから仕入れてきやがった。
「この衣服は戦争同厭会のユニフォームだと。遊葉さんは着替えないのでしょうか」
着替えてたまるか。
「山覚さん、新入部員ってまさか」
いや。状況が状況である。更に奇如月さん本人の言葉もあった。サッカーユニフォームを着るのはサッカー部員であるべきだし、坊主頭にタートルネックのタイトなアンダーウェアを着るのは野球部員だと相場が決まっている。奇如月さんは確かに「戦争同厭会のユニフォーム」と言った。彼女が我が戦争同厭会の最後の部員だと疑いの余地も無かろう。
「ええ、教室で暇そうにしていたから声を掛けたの、勧誘一人目よ。それが見事大当たりだったってワケ!」
薄荷はどうした、薄荷は。
「別にうちはチャイナドレスがユニフォームなんて決まりは無いからな。山覚さんがテキトー言っているだけだ。嫌だったら脱いでも良いんだからな」
「はい。遊葉さんに命じられた通り、末路は脱衣します」
奇如月さんは遠慮も躊躇いもなく、まるでここが男子など居るはずもない女子更衣室だとでも思っているように、その場で衣服を脱ぎ始めた。
「待て待て待て待て待て待てッ! ここで脱ぐなここでッ!」
「んっほぉ! すべすべだねぇ絹肌だねぇ、禁断の果実だねぇ!」
「鶴見先輩も離れてください! 奇如月さんが困惑してるでしょうがッ!」
今度こそ、奇如月さんから鶴見先輩を引き剥がした。
「まったく、騒がしいわねアンタたち」
「誰のせいだと思ってんだッ!」
作家遊葉は予感した。
大層重苦しい名目を掲げていたはずの戦争同厭会は、その実非常に〝ライト〟で〝ノベルティック〟な集団になってしまうだろう、と。
ハッキリ言おう、願ってもない幸運だ。
鶴見先輩の強烈な後押しにより、奇如月さんにチャイナドレスを脱がせたい思想を持つ我が派閥──俺一人だがね──は敗北を喫した。
「早速だけど、戦争同厭会最初の活動内容を考えてきたわ!」
ホワイトボードの前に立つ山覚ツヅキが宣言した。そのホワイトボードは、近所の部室から無断で借りてきたそうだ。謝罪を要求された時は必ず、茶や黒や紫でなし、その銀髪頭を下げてくれよ。
キュイキュイ、と音を立てて山覚ツヅキが愛らしい丸文字を綴る。そのペンも同様に、無断拝借の賜物であろう。
「映画撮影よっ!」
真っ先に脳内に浮かんだのは、「何故?」という疑問であった。
「何を言い出すかと思えば……それは映研の専売特許だろう」
「それは違うわ。世の芸術は平等な物。誰かが独占すれば、芸術はやがてプロパガンダと化すのよっ!」
どうせ反戦思想を広める映画を撮ると言うのだろう。それこそまさにプロパガンダではないか。……逆よりゃマシか。
「脚本家も居なければカメラマンも居ない。演技だってからっきしの素人集団。それに映画なら映像編集だって────」
「────んもう、うるさいっ! やる前から無理って決めつけてんじゃないのっ! 作家先生なら少しは人の夢を信じなさいよっ!」
「それは違うな、作家ほど現実を弁えてる奴は居ない」
作家は夢を売る仕事ではない、消費者に気持ち良く夢を見させてやる仕事なのだ。なればこそ、人並み以上に現実を弁えていなければならない。夢とは、現実の対極にあるのだから。
「まあまあお二人さん。先輩からも一つ良いかな?」
「はい、さんかく」
「呼び捨っ……くくっ、可愛いねぇホントに。映画を撮りたいという心意気や良し。だが撮影するにも何かと物入りではないかな? カメラに衣装に小道具、終いにゃ動画編集用のパソコンとソフトウェアなんてものも必要だったりね。そこんとこはどうするおつもりで?」
「部費で何とかならないの?」
「部費でぇ~? そんなに降りないんじゃないかなぁ~!」
「校則六条一二節、担当顧問教諭が着任している部活動にのみ部費を出資するものとする。未だ戦争同厭会には顧問教諭が居ないと、末路は記憶しています」
生徒手帳にそれは書かれてある。しかしその存在を認知しているのは全校生徒の一部、文面に目を通すのは更に一部、それを一言一句記憶しているのは────おそらく奇如月さんただ一人であろう。過去ウン十年の歴史を辿ったとしても、だ。
「遊葉先生、ちょっと」
山覚ツヅキに引きずられて廊下へ。
「アンタこの高校二回目でしょ? 何で最初に教えてくれなかったのよ」
「前回は帰宅部だったんだ。部活に関する校則なんて知るか」
生徒手帳の校則欄に目を通したのだって、一度目の高校生活を含めても、一昨日の夜に部活動設立の条件を調べた時がお初だったんだからな。
「ほんっとにアンタは危機感が足りてないんだから……」溜息まで吐かれた。
「う……ッ!」山覚さんの右手が俺の胸倉を掴んだ。突然気道を絞められ呼吸が滞る。
「遊葉先生、よろしくねっ」
悪魔のような笑顔が目前にあった。
作家遊葉は危惧した。第三次世界大戦の火種となる俺の小説、それは俺が精神を病み生まれると山覚さんは言った。それは生涯「学園ラブコメ」が書けなかったことが原因だと言っていたが、このままでは彼女がその因を担ってしまいそうだ。
後に、ある者に知らされる。
俺の危惧は遠からず、外れてはいなかったのだと。
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