三幕その三:再結集!戦争同厭会
歌舞伎町まで逃げ込み、ツヅキから俺の失っていた記憶の内容を教えてもらった。
驚愕に値する情報ばかりだった。ツヅキが父の自死を阻止するべくこの時代にやって来たって話だったり、ロボットみたいな奇如月さんが本当にロボットだったり、鶴見先輩が嘘偽り無く魔法少女だったり。そしてもちろん、ツヅキとの別れ際についても、だ。
だが何よりの驚きは、俺までもが未来人だったって事実だ。高校生になったばかりだと思っていたのに、実際の年齢は二五だと。笑っちゃうだろ。でも奇如月さんによって未来に関する記憶は全て削除されているから、俺は今後の人生を全く知らない。つまり、身体は高校生、中身は現在以降の記憶を持たない二五歳。いやそれはもう普通の高校生と言って何ら差し支えないだろ。
記憶は補填されたが、どうしても分からない点があった。
「どうして戻ってきたんだ?」
「そ、それは……」もじもじしながら口を尖らせるツヅキ。
「名探偵・鶴見さんかくの推理によれば、一言謝りたかった。そんなところかな?」
「んなっ! 勝手に言わないでよっ!」ツヅキは頬を赤らめる。
「俺はお前との別れ際を覚えてないんだ。だから別に謝らなくたって良いと思うんだが」
「それはダメよ。相手が覚えてなかろうと、アタシのポリシーに反するわ。……ごめんね遊葉、あの時のアタシはちょっと余裕が無かった」
「記憶が無いからこそ客観的に振り返れる。どう考えても俺が悪いよ。悪かった」
お返しとばかりに、俺も頭を下げて謝罪した。覚えているかどうかは問題では無い、そう言ったツヅキに従おう。確かにその時彼女を傷付けたのは〝遊葉〟なのだから。
「俺、親父を自死で喪ってるんだ」
おいおいどうしたよ俺、どうしていきなりそんな話してんだ。
でも、俺と似た境遇のツヅキには聞いてほしかった。
「親父は戻ってこない。なのにツヅキだけズルいって思ったんだと思う。最悪だよな」
「ううん、そんな事情も知らずに……本当にごめん」
「それで? 親父さんは無事だったのか? 未来に戻ったんだろ?」
「遊葉クン、もう一人の山覚ツヅキの言葉を思い出しなよ」
そうだった。『分岐した別のタイムラインが生まれるだけよ』つまりツヅキの父親は……。
「それも遊葉の言う通りだったのかもね」
ツヅキは悲し気に、強がりの笑顔を浮かべていた。痛々しく見え、心臓を直接つままれたように痛む。
「歴史を変えようとしたのが間違いだったのよ。当然よね、時間移動の五原則に反する行為だもの。悪い行いなんじゃない、無駄な行いだったの」
「そうは思わないな」
「えっ?」
「ツヅキは親父さんを救おうと行動した。そのおかげで俺達は出逢えた。新宿やら博多やらはとんでもない事態になってるが、それは運が悪かったと思おう。だから胸を張れよツヅキ。後悔するだけで行動を起こせなかった俺よりは断然カッコいいよ、お前」
「遊葉……」
ツヅキの潤んだ瞳がこっちを見つめる。俺は目を逸らさない。尊敬すべき女性の勇姿を網膜と海馬に焼き付ける為に。
「ヒューヒュー! ……なんて茶化したいところなんだけど、時間切れのようだ」
鶴見先輩が指す方向に振り返ると、作戦装備に身を包んだ坊主頭の軍人が居た。その背後には、さっきから続く破壊活動の主であろう──何だっけ【Ark―E(vil)】だったか──泥づくりの獣が控えている。
「今度は逃がさねえぜ。幸い頭上は瓦礫で閉じてる、唯一の出入口は【Ark―E(vil)】で塞いであるからな」
これまでずっと無言を貫き通していた奇如月さんが前に出る。その小さな身体で俺を隠すようにして。
「止せ奇如月さん、もう戦えないんだろ?」
「はい。しかし、遊葉さんの盾にはなれます」
「ダメだ。折角奇如月さんの傷付いた姿を忘れられたんだ、二度と見たくない」
「ですが、万年筆の居場所は知られています。となれば、躊躇なく遊葉さんを殺害すると、末路は推測します」
「だからって、実家まで付いて来てくれたクラスメイトの女子に守られてろって?」
「はい」
「断る」前に立つ奇如月さんを押し退け、俺が前に出た。
「遊葉先生よ、勇気と無謀の区別も付かねえか。助かるけどよ」
「いや全く、その通りだと思うよ遊葉クン」あろうことか、鶴見先輩が敵軍人に同調した。
だがそれは、鶴見先輩なりの気遣いだったのかもしれない。あるいは策とも。
味方もろとも戦場のリズムを乱した鶴見先輩の横槍がもたらしたのは、その場に居る全員のコンマ数秒の隙だった。
時に、鶴見さんかくは魔法少女である。山覚ツヅキが如何に第三次世界大戦下に生きる未来人であろうと、奇如月末路がAI主導型対人殺戮用途二足歩行生命兵器なる物騒な正体であろうと、日夜己の命と世界の命運を賭けた実戦を繰り返している魔法少女と比べれば、こと戦闘に於いては素人も同然である。
故に。
「まじかる、────レーザー」
戦闘のプロフェッショナルからすれば、一瞬の隙さえあれば敵の撃破は容易であった。
鶴見先輩の右目から放出された熱光線は一瞬にして軍人とその背後に控える【Ark―E(vil)】を焼き切った。軍人だけは躱す素振りを見せたものの、光の速さに対応できる生身の人間など存在しない。その常識はどうやら、一二〇年後の未来でも同様らしい。
「やれやれ、人に向けるのは一度きりのつもりだったんだがねぇ」
「魔法少女、やべえ」
偽ツヅキが言っていた、未来の戦争では魔法少女も参戦していると。【Ark―E(vil)】なる異次元の怪物を屠れる力の持ち主なのだ。そんな力が人間の形をした敵性存在に向けられていると思うと……末恐ろしい。戦争反対。戦争同厭会の活動に幸あれ。
「あ~、うん、ここで悲報です。真世界軍と、それからツヅキちゃんの時間移動によって特異点────」「特異点?」「じゃなかった、第四の次元の歪がとんでもない大きさになってる」
「どうなるんです」
「えげつない数の【Ark―E(vil)】が顕現するね、しかも現世に、その上日本全国に!」
脳裏に過ったのは、ニュースを見て怯える祖母の縮こまった背中であった。
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