三幕その四:ツヅキの居た未来
我ら戦争同厭会四名は、瓦礫の新宿街を逃走し続けていた。
「くぅ~! そろそろ右目が限界かも!」
追ってくるのは【Ark―E(vil)】であり、奴らに対抗できるのは鶴見先輩のみ。他の魔法少女は何をやっているんだか。応援に来てくれたって良いだろうに。
退けては瓦礫の陰に隠れ、新手に見つかったら逃走。それを繰り返している。
「これ見て」
束の間の休息中、ツヅキがスマートフォンの画面をこちらに見せる。液晶画面に表示されているのはネットニュースの記事であった。
「全国で謎の巨大生物……なるほどな、だから応援の一人も来ないのか」
新宿だけでなく、日本全国至る所に【Ark―E(vil)】が顕現しているらしい。こうしてニュースになっているということは、いよいよ魔法少女機関の情報統制も追い付かなくなったのだろう。そして各地に点在する魔法少女がそれの対応に当たっており、別エリアを担当している魔法少女が応援に来られないのだ。
「何て野郎だ、無関係な街や一般人まで狙うだなんて……」
「脅しね。止めてほしければ万年筆を渡せって意味でしょう」
ポケットに手を突っ込み、万年筆の所持を確かめる。たかだか筆記用具一つのためにここまでやるのかよ。真世界軍は晩年の豊臣秀吉公のようなどこまでも非情な輩らしい。
「鶴見さんかくのバイタルサインが危険域に及んでいます。撃退と逃走を続けていても戦況は打開できないと、末路は判断します」
「ご名答。あと二、三回撃ったら……」
どうなるんですか。
「ドライアイになっちゃうよ」
もし過去に戻れるなら、目薬の常備を勧めよう。
「冗談はさておき。このままではジリ貧だよ。いい加減方針を定めるべきだね」
「方針?」
「アナザーツヅキちゃんに万年筆を譲るか、丁重にお断り申し上げて未来へ帰っていただくかの二択だ」
「真世界軍に撤退の二文字は無いわ。アタシの未来でもそうだから」
「なら世界平和の為にもこの万年筆を渡すしかないってことか?」
「いいえ、それもダメ。それだとアイツらの未来で真世界軍が勝つ。そうなれば、過去から未来に渡って地球上から平穏と国家理性が喪われるでしょうね」
ツヅキの言い分は最もである。だが、俺にも考えがあった。
アナザーツヅキちゃん曰く、過去を変えればタイムラインが分岐するだけで、既に存在してある未来は変わらないと。事実、ツヅキの父は生き返らなかった。
つまり、アナツヅが戦っている未来が俺達が過ごしているのとは別のタイムラインの未来だとしたら、俺達のタイムラインは救われるはずだ。
「向こうのツヅキがどのタイムラインから来たのか分からないのか?」
「勘が良いわね。でも残念、それを知る術は無いわ。未来の技術ならそれも調べられたけど、生憎そういうデバイスは持ってきてないから」
となると、別のタイムラインだと決めつけて万年筆を譲り渡すのは危険か。
「だったらやっぱり、魔法少女の力で軍人もろともぶっ飛ばすしかないんじゃないか?」
屈強な軍人を一瞬にして消し炭どころか無に帰した魔法少女の力なら、【Ark―E(vil)】の司令塔を纏めて吹き飛ばしてしまえるのではないか。そうなれば残るのは大して知能も無いデカいだけが取り柄の獣のみ。それなら長期戦覚悟で魔法少女が頑張ってくれたら何とかなりそうにも思える。
「そうもいかないんだな、これが」
「何故です」
「前提として、新宿を始めとした全国各地に顕現している【Ark―E(vil)】は真世界軍の下僕だけではない。真世界軍が多勢を擁して時間移動を行ったせいで第四の次元の歪が大きく開いており、そこから────言うなれば野生の【Ark―E(vil)】までもが顕現しているんだ。現在進行形で数は増えている。日本全国そこら中で奴らが暴れているせいで国民の感情がネガティブ方向へ大きく偏り、従って更に【Ark―E(vil)】が増えている。まったく、二年連続で魔法少女は大忙しさ」
昨年に起きた東北大震災、それと同レベルかそれ以上だと鶴見先輩は評している。何も知らぬ一般人からすれば、正体不明の怪物の顕現など自然災害みたいなものだ。それが全国で同時多発的に発生しているのだから、鶴見先輩の言い分も妥当な判断に思える。
万年筆を渡してもダメ、拒否もダメ。まるでノベルゲームでよくあるストーリー進行に影響が無い選択肢分岐じゃねえか。どっちを選ぼうが微々たる会話展開の差異が起こるだけで、結局本筋に戻っちまうアレである。
チクショウ、何で俺みたいな普通の高校生がこんな万年筆を持ってんだ。世界の命運を左右して良いのはハンサムなハリウッド俳優か、あるいは大国の最高権力者だろうが。俺なんかが核ミサイルの発射スイッチを持ってはならない。処女作長編を公募で落とされでもしてみろ、自棄になって押しちまうぞ。
……いや、そうか、スイッチを押しちまえば良いんだ。
「提案なんだけど、使っちゃえば良いんじゃないか?」
「使うってまさかアンタ、その万年筆を?」
「そうだよ。真世界軍の手に渡る前にさっさと俺達が使っちまえば良いんだ。そうすれば全部俺たちの思い通りになって万事解決、だろ?」
「なるほど! 冴えてるねぇ妙案だねぇ、天っ才だねぇ!」
早速ポケットから万年筆を取り出す。正しい使い方は分からないが、まさかキャップを着けたままってんじゃないだろう。ひとまずキャップを外してみた。
「待ちなさい、それじゃ意味が無いわ」
ツヅキが制止した。
「何でだよ、これは高位次元に干渉できるんだろ? だったら何とでも──」
「──高位次元にしか干渉できないのよ」
「……どういう意味だ?」
「四次元と五次元にしか干渉できないの。ここが何次元かくらいは分かるでしょ?」
俺達が生きているこの次元は、縦と横と奥行で座標が定まるから三次元だ。それくらい現代の一般人でも分かる。
「その万年筆が実在する次元には干渉できないの。つまり、四次元と五次元をどうこうしたところで真世界軍はここに留まるし、今ここに現れてる怪物は消えない。見える世界に何の変化も無く、真世界軍の侵攻が続くだけよ」
「なるほどね、ツヅキちゃんの解説を基に考えると、万年筆を使うのは真世界軍が帰った後……そういう意味だね?」
「そうよ」
おいおいおいおい、最善の兵器さんよ。それじゃこの窮地を脱する画期的な一手にはなり得ないじゃないか。コトが済んだ後にしか役に立たないだと? それに何の意味があるってんだ。戦後処理の判が捺された後にようやくセーフティーが外れる拳銃があるかよ。せいぜい敗軍の将が責任感の重みに耐えられず自死の道を選ぶくらいの用途にしか使えないんじゃないか。
「奇如月さん、自慢の演算能力でこの窮地を脱する方法とか思い付いたり……」
「あります」
「マジで?」何故早く言わない。
「真世界軍を強制的に未来へ送り返すのです」
「それじゃ意味無いわ。送り返したってまた戻ってくるだけよ」
「別のタイムラインの未来へ送るのです。そうすれば真世界軍は再侵攻できません」
「待てよ奇如月さん、ンなことどうやって……」
「山覚ツヅキの時間移動デバイスを使えば可能です」
そうだった。あっちのツヅキがどこのタイムラインからやって来たのかは分からないが、少なくともツヅキが元居たタイムラインからではないとは断定できる。何せ、ツヅキは世界に一人しか居ないのだから。
だが、その策には致命的な欠点がある。
「それじゃ、ツヅキの居た未来が大変なことになる。【Ark―E(vil)】も居ないんだぞ、そんな所にあの真世界軍を送り込んでもみろ。対抗策を持たない連合国軍が敗北してツヅキの世界は真世界軍のものになるじゃないか」
「ですが、そこに万年筆はありません。よって、それ以外のタイムラインは守られます」
「それはそうだがな……」
この世界、この時代で生まれ育った俺たちはそれで良いさ。だがツヅキはどうだ。故郷が犠牲になるんだぞ。全く知りもしないタイムラインや時代の人々のために、どうして見知った故郷を売り渡せる。俺なら絶対、断固として拒絶する。
「良いわ、それでいきましょう」
ツヅキは許可した。一瞬たりとも考える素振りも見せず、あっさりと故郷を切り捨てやがった。
「待てツヅキッ! もっとよく考えろ、世界一つが犠牲になるって話だぞッ!」
「分かってるわよ」
「それもお前の故郷がだッ!」
「それも分かってる。でも、他に方法は無いわ」
「だからってなア……」
「ねえ遊葉、何故アタシがルールを破って過去に来れたか分かる?」
「そりゃ、親父さんを救うためだろ」
「それは動機。そうじゃなくて、何故大した権力も持ち合わせていない監視部下っぱのアタシ如きが、どうして世界が定めたルールを破れたのかって話よ。おかしいと思わない? そんな軍規違反、誰かが咎めて阻止するに決まってるじゃない。だけど実際に、アタシはここに居る。しかも二度目よ、一度帰ったのよ?」
ツヅキの言う通りだ、何故誰も止めなかった。無駄だと分かっていたからか。それなら過去に飛ぶ前に伝えてやれば良かったじゃないか。でもそうはならなかった。
それは何故だ。
「崩壊してるからよ」
「……何が」
「世界が、法が、何もかも」
「……まさか」
奇如月さんの後継機があるんだろう、何故それを使わない。それさえ使えば戦争を終息させられるって……。
────違う、逆だ。
考えてもみろ。ツヅキは「崩壊してるから」と言った。仮に真世界軍が戦争に勝利したとてそうはしないはずだ。何故なら、戦後の世界は自分達の物となるのだから。後に領土となる地域をわざわざ崩壊にまでは追い込まない。連合国軍が勝利した場合だって同じ。理性の為に戦う連合国軍が、いくら敵国領土であろうとそこまで徹底的に攻撃するとは思えない。
なら何故、ツヅキの居た未来が崩壊にまで及んでいるのか。
「【TYPE―NEXT】は、既に使われていた……?」
ツヅキは黙した。その沈黙が是となる。
ツヅキの父の自死。それは世界大戦を終息させるほどの兵器を造ってしまったからとツヅキは言っていた。だが果たして、使ってもいない試してもいない兵器にそんな評価が下せるだろうか。
否だ。
「分かってくれた? アタシの故郷はもう戻らない。そりゃ痛む胸はあるわよ。でも……早くあの地獄から解放してあげたい」
ツヅキはきっと、ぐっと瞑った瞼の裏で見知りの顔を思い浮かべているのだろう。
ならば、俺も覚悟を決めねばなるまいよ。
「やろう、未来の俺の尻ぬぐいだ」
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