一幕その五:部活動の名は、
山覚ツヅキは初日にして浮いた。
真っ当な精神の持ち主であれば、自称・未来人のミステリアスガールに声を掛けはしない。かくいう俺も同様であった。
放課後を待たずして、クラスメイト達は連絡先の交換合戦を始めた。一度流れ始めた水は留まるところを知らないように、それぞれの個人情報はクラス内流出の一途を辿った。後に友人と呼べる間柄になれるか否か、未来の出来事など誰にも分かりやしない。だからまずは手あたり次第に連絡先を交換するのだ。俺もそれに反しはしなかった。個人情報の価値は一時的に急落し、時価〇円を下回る勢いの情報科学的物々交換が為された。
「遊葉先生、連絡先を交換しましょう」
「あぁ、もち──そうですね、しておきますか……」
「何よその顔」引き攣る俺の顔を咎めたのはもちろん、後ろの席の山覚ツヅキである。
彼女が連絡先の交換に動いたのはこれが初めての事だった。それまでは大勢に迎合せずしらっとした顔で自分の席に座っていた。俺を見つめながら。
俺の周りが空いたと見て、いよいよ彼女は動いたのである。
「だったら俺も!」「私も良い?」「僕も僕も!」クラスメイトが一斉に、山覚ツヅキを取り囲んだ。だがそれらの誘いはあっけなくフラれた。山覚ツヅキは安い女では無いらしい。
高校生はノリで生きている。例外もあれど大部分はそうだ。ノリによってコミュニティが形成され、ノリに反する者は集団からの爪弾き者となる。クラスメイトの善意と好奇心を弾いた山覚ツヅキはまさにそれだった。
「山覚さん、どうして俺以外とは連絡先を交換しないんだ」
「必要無いからよ。彼ら彼女らと連絡先を交換すれば第三次世界大戦は止まるの?」
「俺と交換したって止まらないだろう」とは胸の内の言葉である。
「君は、相当におかしな事を言っていただろ」
おかしな事とは勿論、未来人を自称した自己紹介の事である。
「そんなつもりは無いけど」
「だよな。だから俺が今から話す事も、おかしくは無い。そうだろ」
「何が言いたいの?」
気付けば、周りには人が居なかった。偶然の積み重なりか、運命がそうさせたか。……多分変人への忌避ゆえだろうな。理由がどれにせよ、俺にとっては幸いであった。
「未来で君に救われた」
仮に一五歳高校一年生の俺が頭をおかしくしていたとしよう。一〇年後のまだ見ぬ未来を妄想しそれが確かな記憶だと勘違いしている。それどころか幽世の怪物に襲われ、外国の軍人にまで襲われ。かと思えば、クラスメイトに未来で救われ現在(記憶に従えば過去とも言える)に飛ばされた。そう勘違いしているのだとしよう。
それはまさしく、未来人を自称する山覚ツヅキと同様に、気をちがえた病人ではないか。それを断固として否定出来ないのもまた、作家特有の俯瞰視点に因があろう。
「遊葉先生、アンタ──」
「──それだ、その呼び方。俺は未来で作家としてデビューしている。君はそれを知っている。違うか?」
「……ええ、そうよ」山覚ツヅキは少しの間の後、真顔で言ってのけた。
「クラスメイトの誰もが君の言葉を信じはしない。でも俺は信じてみることにした。事実俺は未来で君に救われ過去に飛ばされたし、俺自身が未来の作家だと知っているんだから」
「待ちなさい遊葉先生。アンタを誰が救けたと?」
「山覚さんだ、見間違いは無い。同じ銀髪だった。ミリタリースーツを着ていたからスタイルまでは記憶に自信が無いが、触れた胸は確かに貧しかった」
「着痩せよ」山覚ツヅキは脹れた。
「それより遊葉先生、アタシの連絡先を登録したわよね」
俺の手元のスマートフォンを指先で叩き、彼女は改めて確認を取る。見るに懐かしい俺の旧型スマートフォンのメッセージアプリの友達欄には、確かにアイコンが未設定の山覚ツヅキなる連絡先が登録されている。彼女の方からけしかけてきたのだから、有無確認の必要も無いだろうに。
「ああ、バッチリとな。これでいつ何時でも通話を掛けられるし、君がどこに居たって手に取るように分かる」冗談である。
「えっ……一〇〇年前のアプリケーションもバカにならないわね」
深刻に取られると困る。だが、それを大真面目な顔をして言うもんだからこの女は、より一層未来人らしく思えた。
「良いわ。もしもの時は電波から身を隠すから。取引成立って事で。じゃ、ついてきて」
「どこに」と言葉を継ぐも、その時には既に、俺の襟首は山覚ツヅキに掴まれていた。その小さく柔らかい手は、未来で俺を救った銀髪の少女と全く同じかたちと色と、においをしていた。
高校時代の記憶なら微かにある。連れてこられたのは西校舎、別名部室棟。数多の文化部が軒を連ねる、我が校における文化活動の総本山がここだ。
山覚ツヅキは数多ある部室の中から一つを選び、ドアを開け放った。
「おい、勝手に入ったら迷惑だろう」
「ご心配なく。ここ、空室だから」
山覚ツヅキはポケットからマジックペンを取り出した。窓枠乗り越え外に出て、透明なキャンバスに太ペンで、丸みを帯びた可愛らしい字体で書き殴った。
『戦争同厭会』
ご丁寧に、一番難しい漢字の上に「えん」とこれまた可愛らしい丸文字でふりがなまで付けられている。
「何の真似だ莫迦」
「この年代の少年少女には読めないと思って」
「フリガナの話じゃない、今しがた目撃した器物損壊と拉致についてだ」
「部活動を作るわ、戦争同厭会。良い名前でしょ、戦争への反対意識が暗に伝わるわ」
これほど直接的な反戦文句も無かろうが。
「まさかとは思うが山覚さん、俺に入れと」
「当たり前じゃない。何の為にアタシが過去にやって来たと思ってるのよ」
知るか。
思えば、山覚ツヅキが俺を救った理由も、俺を過去へ飛ばした理由も、そして彼女自身までもが過去へ来た理由──は、第三次世界大戦を止める為か。だがその詳細な方法までも、俺は何も知らないではないか。
〝リアリティー〟のある「学園ラブコメ」を書く為の取材、それは過去に飛ばされた俺が現状把握を諦めた先に生まれた、最低限の行動指針である。誰に命じられたでもない、俺が自分勝手に決めた目標がそれだ。
しかしそれ以外は何も、分からない。分からない以上、俺が大事にすべきは手中の青春であろう。何せ一般人の俺は、時を越える手段なんて持ち合わせちゃいないんでね。
「戦争同厭会は未来で起こる第三次世界大戦を止める先行部隊みたいなものよ。遊葉先生だって戦争は嫌いでしょ?」
「そりゃもちろん、誰もが嫌いだ」
「重畳」
山覚ツヅキが右手を差し出した。
「アタシと一緒に第三次世界大戦を止めましょう、未来の大作家・遊葉先生」
俺は彼女の手は取らず、「悪いな」一言だけ残し、その空き部屋を離れた。
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