一幕その四:「戦争反対、よろしく」
「担任としてお前らに授ける最初の教導だ。一番人気を信じるな、それは競馬ファンが勝手に信頼しただけの飾りもんの二重丸だ。オッズに馬の実力は表れねえんだよ。……まあ、つまりだな。お前らも誰かから期待されたり、あるいは期待されなかったりしてこれまで生きてきただろう。が、んなもん気にすんな。大切なのは自分が何を成したいか、何者でありたいかだ。勝手に期待されて二〇〇〇やら二四〇〇やら走らされる馬が、本当は生粋のマイラーだったりもするからな。……って、ガキにゃ分からん話だわな」
何が何だか分かりやしない。俺の身に起きた事態も然り、たった数分にして新宿が壊滅した事実もまた然り。銀髪の少女が言った言葉の意味もまた、然り。分かることがあるとすれば、今しがた不精髭の中年男が語っていた競馬トークくらいだった。
辺りを見渡す──必要も無く、ここがどこぞの学校の教室だと分かった。生徒達の風貌からして高校だろう。やけに暑苦しい自分の首元を見るに、皆と同じ高校の制服を着用している。
なんじゃこりゃ。
「ま、入学したばっかで何も分からん。テキトーに自己紹介でもしてくれや」
窓の外には桜。開けられた窓からは心地好い風が吹き込んでくる。春風、か。
教室の最前列窓際に座る生徒から順に自己紹介が進められゆく。中には見覚えのある顔聞き覚えのある声があった。
その記憶の出所は、はいはい思い出してきたぜ、俺の高校時代だろ。
すなわち二〇一二年、四月二日。
遊葉、十五歳。
高校入学の春。
反して精神体たる俺は二五歳。
二〇二二年、四月某日に出自を持つ。
察するにこりゃ、とんでもねえや。
俺はどうやら、自然の理を超えた
作家遊葉の心は跳ねた。現実のSF(言葉そのものが矛盾を生じさせているのはこの際許してくれよな)はこうも都合良く起こるのかと。
未来の俺は「ハイファンタジー」に人生を囚われ、本当に書きたかった物は書けずにいた。
だが俺はこうして過去に還った。それも高校入学日、最高のタイミングであろう。
分からないか? 俺が考えてるのはつまりこういうコトさ。
俺が「学園ラブコメ」を書かせてもらえなかったのは〝リアリティー〟が足りなかったからだ。赤羽もそう言ってただろう? 正史に於ける高校時代の俺は、ただひたすらに本と向かい合い、執筆に打ち込んでいるうちに三年が過ぎ去った。チャンスが無かった訳ではない。初めの二ヶ月程は人並みの交友があったのだから。その後の学生生活に充実が無かった訳ではない。何せ高校生作家としてデビュー出来たのだから。だがそれは裏を返せば、そのデビューのせいで俺は「ハイファンタジー」の奴隷と成り下がってしまったとも言えよう。
〝リアリティー〟のある「学園ラブコメ」を書くチャンスがやって来たのさ。
享受しよう、自然を超越して勝ち得た青春を。
創作に明け暮れた故に頭でもイカれたのだろうか。それで良いではないか。作家遊葉は元より好奇心の悪魔に憑りつかれている。
噫ほら。多分に水を含ませた水彩筆で描かれたような清々しい青空が語り掛けるではないか。「作家遊葉よ、青春を取材せよ」と。勿論だとも。
「
俺の真後ろの席にそいつは居た。
銀の髪がサラサラと、暖かい春風に揺られ、煌めいていた。
「お前、どうしてここに」
「〝ここ〟っていうのは場所の話? それとも────時代の話かしら」
俺の背筋には春風とは裏腹に、シベリア寒気団など生易しく思えるような絶対零度の
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