一幕その八:魔法少女鶴見さんかくのお悩み相談室

 人の金で食べる物は何でも美味い。


 俺は鶴見先輩の奢りでポテトのSサイズとスプライトのSサイズを注文した。鶴見先輩はホットティーのSサイズのみ。そちらが先の注文であれば俺もドリンクのみに注文を絞っただろう。これではまるで、俺が食いしん坊のわがまま坊主のようではないか。



「魔法少女なのに衣装は物理的に着替えるんですね」


「それは言わないお約束だよ」



 マクドナルド西武新宿駅前店に向かう前に、ラブホテル街の路地裏に立ち寄った。制服を初めとした、女子高生・鶴見さんかくの携行所持品はそこにまとめて置かれていた。盗まれでもしたらどうするつもりでいるのだろうか。


「覗くなよ少年」なんて念を押されたものだから、余計に意識してしまった。だったら公共トイレでも探してほしかったところだが。



「魔法少女鶴見さんかくのお悩み相談室~!」


「はア?」疑問と呆れが合わさった一言である。


「ネガティブな感情は身体にも心にも、そして第三次元世界にとってもよろしくない! だから私がキミの悩みを聞いてあげようってワケ」


「どんなお節介おばさんですか。俺は悩みなんてありませんよ」



 むしろタイムリープする前と比べ、人生に希望を見出しているくらいだ。俺は二度目の青春で〝リアリティー〟のある「学園ラブコメ」を書く。人生に目標が生まれたのだ。ただ惰性によって「ハイファンタジー」を書いていた頃の俺とは違う。


 悩みなんて、あるはずが無い。



「キミは一言多いなぁ。一言多すぎオジサンか!」


「オジサンじゃなくてお兄さんですからッ!」


「お、おぉう……やけに反応が良いな。とは言ってもね、魔法少女は職業柄、人間のネガティブな感情には敏感なのさ。さんかくちゃんの目と感覚は七割当たるっ!」


「だったら今回は三割の方でしょう。すみませんが、失礼します」


「女だね?」



 俺の足は止まった。山覚ツヅキの一文字に「山覚ツヅキ」とルビが打たれているように見えたのだ。……ああそうさ、悩みと呼ぶには軽いが、確かに俺は山覚ツヅキからの拉致勧誘が頭に残っているとも。



「おっ、ビンゴのようだ。聞かせてくれたまえよ、遊葉クンが気になっている女の子の話、つまるところの恋バナってやつをさ」



 ネガティブと言うには上下に振れ幅の大きい感情だ。揺さぶられているのは確かである。見てくれの良い少女から個人として求められるのは、胸が弾まなかったと言えば嘘になる。しかしそれが自称未来人の変人でなければ良かったのに、とも。そして断固として言わせてもらおう、これは恋バナではない。



「新設する部活動に誘われたんですよ、クラスメイトの女子に」


「よしキタ! コッテコテのやつだ!」



 俺は鶴見先輩に、今朝からの出来事を詳細に話した。自分がタイムリープしてきたであるとか、山覚ツヅキが未来人であるとかは隠しながら。初日にしてとんでもない自己紹介と鋭利なコミュニケーション術によってクラスから浮いてしまった女子から、明らかに平凡ではない名と目的の部活動へと誘われた。行動も常識から逸脱している。空室だからって窓に油性ペンで落書きして良いはずが無い。一二〇年後の未来のモラルが疑われた。山覚ツヅキと学校生活を共にすれば、他のクラスメイトとの交友が危ぶまれる。それが実に惜しいのだ。放課後のカラオケボックスでの懇親会にも触れた。従って奇如月さんとの出会いも話題に上がる。懇親会に対し、俺は少なくとも否定的な感情は抱いていなかった。それこそお手本のような青春だと思った。一〇年前の俺が斜に構えて取りこぼした、本当は享受したかった青春が今まさに手の中にある。


 しかし反して、山覚ツヅキからの誘いを魅力的に映す目が、飛び込んでしまいたいと考える脳が、俺の首から上には埋まり込んでいた。


 一言で言えば、ジレンマだ。メリットとデメリットを天秤に掛け測る理性が、それほど機能していなかった。



「なるほどねぇ……そりゃまた難儀なこった!」


「だから別に悩みって程じゃありませんよ。ネガティブでもない」


「ダウト、私は感覚だけで物を言っている訳じゃないんだ。キミは今、確実にネガティブの方向へ傾いている。落ち込み、損失、怒り、恨み……その種類は様々だ。話を聞くにキミの感情は……迷いってところかな」


「でしょうね。で、これを鶴見先輩に話したからってどうなるってんですか。何も現状は変わりやしない。俺の迷いが晴れるでもないでしょうに」


「ごもっとも。だから私はこういう時、常に同じ言葉を届けることにしている」


「ほう」興味は湧いた。作家遊葉の好奇心の発露に他ならない。


「どちらを選んだ方がポジティブに──つまり、自分の好きな自分で居られるか。それを第一に考えることだよ」


「自分の好きな、自分……ですか」



 納得がいくような、上手くはぐらかされただけのような。少なくとも、パズルの最後の一ピースがピタリとはまるような爽快感は無かった。



「つっても、それが出来てりゃ苦労無いよねぇ、人生」



 鶴見先輩がホットティーをズズっと啜った。


 パズルのピースははまらずとも、どんな絵柄のパズルを組み上げようとしているのかを知ることは叶った。そういう腑の落ち方はできた。



「ありがとうございます」



 感謝の言葉は安売りせよ。祖母の教えである。

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