三幕その七:だいすきな小説

「────キッ! ツヅキッ!」



 遊葉の声が遠く聞こえる。


 うるさい。



「死ぬなツヅキッ!」



 死ぬ? 誰が?


 ────ああ、そっか。


 アタシ、アンタを庇って撃たれたんだっけ。


 ……莫迦じゃないの。


 思い返せば、アタシの行動は全部無駄ばっか。パパを救おうとして過去に飛んだのだって無駄だった。戦争同厭会を作ったのも映画を撮ったのもそう。たかが部活動を一つ立ち上げたくらいで、世界規模の大戦争を止められるワケがないんだ。末路が言ってた。アタシのせいでもっとヤバい世界大戦に繋がるんだって。


 遊葉は上手くやれたのかな。もう一人のアタシを、アタシの未来に飛ばしてくれたのかな。彼女にも悪いことしたな。アイツもアタシと同じで、パパが大好きだったんだ。それなのにパパの居ない未来に送っちゃったんだよね。「生きてさえいれば会える」なんて言いながら、会えないようにしちゃった。ごめんね、辛いよね。アタシも辛かったよ。



「ツヅキ起きろッ! お前の居ない戦争同厭会なんざつまんねぇんだよッ! 俺はお前の滅茶苦茶な先導を知らないッ! でもきっと楽しかったんだろうな、だって俺の中の俺があんなに楽しそうだったんだからよッ! だから頼む、今度は俺を振り回してくれッ! それがファンタジーか退屈な現実かなんてのはもう、どうだって良いんだよッ!」


「何ワケの分からないコト言ってんのよ」


「ツヅキッ!?」



 アタシ、喋れた?



「良かった、本当に良かった……ッ! 奇如月さん、鶴見先輩、ツヅキが起きたッ! ツヅキは生きてるッ!」



 自分の左胸に手を当てる。



「イタっ」


「莫迦お前撃たれたんだぞ!」


「知ってるし。でも、なんでアタシ……」


「これだよ」



 遊葉が見せたのは、だった。



「お前な、昭和のヤンキー漫画じゃないんだぞ。服の中に本仕込む奴があるかよ」



 その本のタイトルはもちろん『転生王家』、未来の遊葉が書いた「ハイファンタジー」小説で、アタシが小さい頃からずっと大好きだった小説だ。どんな時でも肌身離さず持ち歩きたいから、連合国軍時代の作戦装備用ウェアの左胸部分に少し大きめのポケットを作りそこに入れていたのだ。



「……



 遊葉が持つそれは、アタシの記憶の中のそれよりも二倍近くの厚みがあった。そうじゃなきゃ銃弾から守ってくれるなんてコト有り得ないし。



「未来の俺だ。お前を守るために、


「どういうコト?」


「分かんねえよ。分かんねえけど多分、そういうコトなんだろ」



 遊葉本人が分からないならアタシにも分からない。でも遊葉本人がそう言うのなら、未来の遊葉がアタシを守ってくれたんだろう。



「奇跡だねぇ棚ぼただねぇ、これぞまさに愛だねぇ!」


「山覚ツヅキのバイタルサインに乱れがあります。しかし命に別状は無いものと、末路は判断します」



 さんかくと末路が駆け付けてくれた。あの末路が大丈夫ってんならアタシは大丈夫なんでしょうね。



「さてと、コトを急いだ方が良いよ。別のツヅキちゃんを未来へ送り飛ばしたおかげで第四の次元の歪は若干縮小傾向にある。それはおそらく、ツヅキちゃんと同じ遺伝子情報を持つ人間が同じルートを辿って未来へ戻ったからだろうね。それは僥倖だ。だが真世界軍がこじ開けてしまった歪がある、もっと大きな歪がね」


「俺は、どうすれば?」


「万年筆を使って、第四の次元の歪を修復するんだ。そうすれば全ては解決する。……まあ、つっても魔法少女が後始末する必要はあるんだけどさ」



 さんかくはわざとらしく溜息を吐いた。でもその溜息は、あったかい温度をしていた。



「お願い、遊葉。世界を救って」



 それはアタシからの、誇張も冗談も無い真摯な懇願だった。



「任せろ。これは、作家遊葉が始めた物語だ」



 言って、遊葉はポケットから取り出した万年筆を祈るように見つめた。



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