三幕その六:対話
アイツを誘き出すなんて、俺にとっちゃ造作もない。
「万年筆はここだ、居るんだろ」
木々生い茂る自然公園に語り掛けた。
俺達は新宿中央公園へと戻ってきた。アイツと最初に会ったのもここだし、幸いにも新宿駅西口側はそれほど【Ark―E(vil)】による破壊活動の被害には遭っていなかったからだ。思うに、ここにアイツが待機しているのではなかろうか。うっかりご主人様を踏み付けにしてしまわぬよう、飼い犬達は従順に、東口方面ばかりを襲っていたのだ。
「待ってたわ」
木の影から、涼しげに銀髪をたなびかせ現れた白ワンピースのツヅキ。
「辺りに他の生命反応はありません、アナザーツヅキちゃんのみです」
奇如月さんが先回りの気遣いで情報を共有してくれた。なんて気の遣える素敵な女の子であろうか。あと少しでも感情が豊かであれば嫁ぎ先には困らんだろう。
「どういう心変わり?」
「さてな」
「まあ良いわ、万年筆をこちらに寄越しなさい。そうすればアンタやお友達に危害は加えないから」
脇で、今にも襲い掛かりそうな、メイクに失敗して鏡の向こうの自分を睨みつけるような表情のツヅキを鶴見先輩が止める。
「話がしたい」
「……話?」
「そうだ。俺はアンタが何故
横のツヅキはおとなしくなっており、正面のツヅキはどこか言葉を渋るように間を置いた。それから諦めたように、口を開いた。
「先に断っておくけど、これはアンタに罪悪感を持たせたくて言うんじゃないから」
何だと。何を言うつもりかは知らないが、それを聞けば俺が罪悪感を持つかもしれないのか。部活仲間のクラスメイト相手ならまだしも、何の関係も無い未来人の身の上話なんぞにどうして俺が罪悪感を持たねばならない。
「作家遊葉を救ったからよ」
俺が、もう一人の山覚ツヅキに救われた?
知らない話だ。記憶を失う前の話ではないはずだ。何故ならツヅキはそんな話、教えてくれなかった。鶴見先輩も奇如月さんも、そんな話は一つもしてくれなかった。
だとしたらそれは戦争同厭会の面々と出会う前の話か。
頭が変にズキズキと痛む。同時に心臓の鼓動が速まる。痛いくらいにドクドクと全身を血液が駆け巡る。
知らない話だが、〝俺〟はその事実を知っているのだ。
「二〇二二年、ある春の日。未来からやってきた真世界軍が新宿を襲った」
ツヅキはハッとした顔で反応し、鶴見先輩が深く息を吸い、奇如月さんは静観の姿勢を取っている。
「連合国軍で時空間航路監視部に居たアタシは偶然それを知り、パパや上層部の制止を振り切って単身で追い掛けた。……驚いたわよ、侵略行為を行っているのは真世界軍の兵士だけではなく、初めて見る泥づくりの獣も一緒だったんだもの。アタシは直感で分かったわ、そこで起きているのは只事ではないって。だからアタシは、その時代の東京新宿に居るはずの遊葉先生を探し、どこかへ逃がすことにしたの」
何の為に?
「好きだから、アンタの小説が」
作戦装備の山覚ツヅキはウエストポーチから、色褪せたカバーが破れかけの文庫本を取り出した。
その小説のタイトルは、『転生王家』。
「ぐッ!」
最大級の頭痛と眩暈が俺を襲った。原因はおそらく、アイツが見せた小説だ。見たことも聞いたことも、当然ながら読んだことも無いタイトルなのに、どういう訳か妙に目に耳に馴染むタイトルだ。アレに対して愛着と侮蔑と誇らしさが同時に湧き上がる不思議な感覚。
「遊葉先生は書きたくて書いていたわけではないのよね。だけどそれを楽しみ喜んでいた人も居たのよ。アタシは物心ついた時から普通の生活なんて享受できなかった。同年代の友人だって居ない、外で遊べるような環境でもない。そんな灰色の少女時代に色を付けてくれたのは遊葉先生、アンタの書いた「ハイファンタジー」だったの」
俺が書いた「ハイファンタジー」小説。それは未来の話か。俺がそれを書き、精神を病み、やがて第三次世界大戦の火種となる小説を書いてしまう。言わば諸悪の根源。俺の知るツヅキが、俺にそれを書かせぬよう努めた小説だ。
それを〝山覚ツヅキ〟ともあろう人が好んでいるだと?
「ツヅキ、お前もそうなのか?」
視線を横にズラし、制服を着たツヅキに問う。
「……そうだけど、悪い?」
悪いもんか。ただ、どんな気持ちでお前は俺に「学園ラブコメ」を書かせようとしていたのか、それがどうしても気になるだけだ。推測するにツヅキ、お前は俺の見えないところで多くの葛藤を抱えていたんだろうな。
「二〇二二年の新宿で遊葉先生は殺されかけていた。そこからアンタを逃がすために、アタシはアンタを助けて真世界軍の捕虜となった。それからパパも捕まって……パパを殺さない代わりに真世界軍の側に就けって、それが今のアタシ」
「お前は仕方無く真世界軍の側に就いている。そういうことか?」
「じゃなきゃパパが殺される」
結局はどのツヅキも、父のために人生進路上大きすぎる決断を下している。それができなかった俺だけは、親を想う子の気持ちを否定してはならない。
「お前の親父さんを救い出すことはできないのか」
「それができたらわざわざこんな所に来ない。……もう良いのよ、どうでも。アタシが先走ってアンタを助けた、だからこうなってる。全てはアタシの自業自得。でも後悔はしてない。そっちのアタシは遊葉先生を救わなかった、だけどアタシは動いた」
向こうのツヅキの言葉を基に考えると、二人のツヅキが元々同じタイムラインの同一の人間だった。ナンタラ監視部とやらで二〇二二年当時二五歳の俺の危機を察知し、助けようと動いたのがあっちのツヅキで、それを見逃したのがこっちのツヅキなのだ。その選択の違いによってタイムラインが分岐した、と。
「それは違う」口を挟んだのは横のツヅキだ。
「違うって何が? アンタは遊葉先生を見殺しにした。なのに後から接触して自分の思い通りの道を進ませようとしてる。そんなの都合が良すぎるわ。アンタが遊葉先生の運命を変えたせいで、このタイムラインの先で真世界軍は【Ark―E(vil)】なんて怪物を従えるようになった。アンタが遊葉先生に接触しなければ、遊葉先生が死にかけることもアタシやパパが捕虜にされることだって無かったのよ」
「アンタが遊葉を助けたから今に繋がってるとも言えるわ」
複雑にタイムラインが絡み合っている。二つのタイムラインが互いに影響し合い、この混沌とした状況を生んでしまっているのだ。
規定事項だったのは、俺が「ハイファンタジー」を書き続けたせいで精神を病み、第三次世界大戦の火種を生むことのみ。その大戦で真世界軍は【Ark―E(vil)】を従えておらず、科学兵器のみを用いて連合国軍と戦っていた。
俺が観測した順に並べたならば、最初に動いたのはあっちのツヅキだ。【Ark―E(vil)】を従える真世界軍から俺を救いこの過去へ逃がした。それを知らないこっちのツヅキは、第三次世界大戦の火種を生ませないことを目的にこの時代へやって来て俺に接触した。が、ツヅキとの接触によって俺の運命が変わり、真世界軍が【Ark―E(vil)】を従える〝もう一つの第三次世界大戦〟に繋がってしまった。だから、未来で俺は死にかけた。
どちらの行動も欠けては今に繋がっていない。そしてどちらも、間違ってはいない。
「アンタがアタシなら分かるはずよ。パパのためなら悪魔にだって魂を売るし、どんなルールだって破れる。それが山覚ツヅキという人間でしょう?」
ツヅキがツヅキに問い掛ける。
「パパは真世界軍のせいで死んだ。だから〝アタシ〟は何があったって真世界軍に協力したりなんてしない。アンタとアタシは全くの別人よ。知った風な口を利かないで」
二人のツヅキの決定的な違いは、父を喪っているか否かだ。だから互いの信ずる正義に是非は無く、同一人物であったはずの二人はどうしたって相容れない異なる個々となった。
「つまり何、アンタのパパは死んだからって、アタシのパパまで死ねって言いたいの?」
「そんなことは言ってない」
「そういう意味よ。アタシの生き方を否定するってのは、別の自分に同じ離別の苦しみを押し付けることになるの」
「だったら自分でパパを救いなさいよ、生きてるのよ? もう二度と会えないんじゃない、生きてさえいれば希望はあるの。なのに諦めて、よりにもよってパパを苦しめる真世界軍に手を貸すなんて、正気の沙汰じゃないわよアンタ」
無駄だ、分かり合えないんだよお前たちは。
よく分かった。二人のツヅキがどうしたって相容れないのなら、俺が肩を持つのはこっちのツヅキだ。
「結論を言う」二人のツヅキの間に口を割って挟む。
「聞かせて」
「俺は断固として、お前の要求を拒絶する」
手に握る万年筆を前に向けて指した。
「借りの一つも返さない、と」
あっちのツヅキは鋭い視線をこっちに寄越し、憎々し気に言葉を零した。
「救ってくれたことには感謝するよ。ありがとう、ツヅキ」
「…………っ!」
向こうのツヅキの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「でもそれよりも大事なものがある」
「命よりも大事な物?」
「創作の喜びだよ」
俺の執筆行為を直接肯定してくれたのも、俺が書きたい物を書くことを喜んでくれたのもこっちのツヅキなのだ。それは命を救われた以上の恩がある。
魂だ、俺はツヅキに魂を救われたのだ。
作家遊葉は商業作家である以前に、一人の人間なのだ。
「……最後の恩情をあげる。今この場で真世界軍に降り万年筆を寄越せば、未来へ連行した後、アンタに一生涯好きなだけ執筆を続けられる環境を整えてあげるわ。何を書けだなんて口も出さない、好きな物を書けば良い。それなら文句も無いでしょう?」
「断る」
「何故」
「『校則六条一節、部活動の発足・継続には部員数四人を満たすこと』我が校の部活動に関する最重要校則だ」
「は?」
「俺が居なくなったら戦争同厭会は三人になって部活動として成立しなくなる。折角顧問も見つけて正式に認められたんだ。微々たるもんだが部費だって降りる。マジになってる運動部とかと違って身体的精神的苦痛もありゃしない。最高の部活だと思わないか?」
アイツは何も言わぬ。呆れているようだった。
「記憶を失う前の俺が高校生になった時、何を思ったかは知らない。でも、未来の俺も俺と同じ俺だ。きっとこう思うんじゃないだろうか。「今度こそ楽しい青春を送ってやる」って。ハッキリ言って俺は高校生活に対して少し消極的に考えている部分があった。入学から半年も経ってないが既に感じるんだよ、普通の人とのギャップをさ。だったら前回の俺もそうだったはずだ。灰色の青春を送り、後悔していた。そんな時に運命が巡ってチャンスを得られた。青春のやり直しだ、それは感謝してる。有り得たかもしれない未来で、俺が後悔しているのなら、やり直すつもりで全力で楽しんでやりたい。その為にはな、山覚ツヅキさんとやら。恵まれた環境での悠々自適な執筆よりも、どうなるか分からない未知の青春の方がよっぽど魅力的に映るんだな、これが」
「長話ご苦労様、もう良いわ」
アイツはウエストポーチからリモコンを取り出し、ボタンを押した。
「四人まとめて死になさい。万年筆はそれから頂くわ」
公園の外から一斉に【Ark―E(vil)】が現れた。前方背後左右に至るまで、十頭ほどの数で囲まれた。待機させていたんだ、いつでも襲撃できるように。
「ぃよっしゃ、薬局のオーナーさんごめんよ! くぅ~、キタキタキタぁ~!」
と言って、鶴見先輩がどこから取り出したか目薬を右目に差した。ここに来るまでの道中で薬局からかっぱらってきた物だ。なに、こんな状況になってまで金を徴収する奴は居まいよ。しかもその相手が、怪物から世界を守る正義の魔法少女だってなら。
チャンスは一瞬一度きりしかない。ツヅキから借りた時間移動デバイスをアイツの手首にはめ、無理やり操作をしなければならない。一度でも失敗すれば、その後は警戒し近寄らせはしてくれなくなるだろう。そうなれば詰みだ。過去現代未来の安寧は脅かされ、時間移動デバイスを持ち逃げされてしまう。
鶴見先輩が高く飛び上がり、【Ark―E(vil)】の注意を引き付ける。俺はアイツに向かって走り出す。ポケットにはツヅキから託された時間移動デバイスが。
アイツは俺を警戒する。当然だ、万年筆は俺の手にあるのだから。距離を取りつつスラスターから取り出した拳銃を俺に向ける。
が、遅い。
俺に気を取られていたアイツの視界の外を大きく回り、脚から火を噴く奇如月さんが飛んでいた。兵装は全部使えなくなったと聞いていたんだが、あのジェット機構は別なんだそうだ。彼女曰く「ジェット機構なら万が一真世界軍に情報を知られても何の発展性も無い」のだとか。まあ確かに、その程度の技術なら未来どころか現代レベルだしな。
奇如月さんがツヅキを羽交い絞めにして自由を奪う。その隙にツヅキの右手首に時間移動デバイスを装着させた。ツヅキに習った手順でAR液晶画面を操作し、あとは実行を押すだけだ。
「危ない!」
頭上から鶴見先輩の声が響いた。見上げると、切断された【Ark―E(vil)】の腕部のように見える部位が降ってきた。
不味った。奇如月さんは何よりも俺の身の安全を優先してしまう。ツヅキの拘束をやめ、俺をジェット噴射で勢いを付け押し飛ばし、降ってくる巨大な泥の塊から俺を逃がした。が、不運にも彼女自身は完全に回避しきれず巨大重々な質量に片足を潰されてしまっていた。
「末路ッ!」
その隙を逃さず、ツヅキは俺達とは反対側に跳んで回避していた。そのひと跳びはせいぜい二メートル足らずの平々凡々人レベル。しかし奇如月さんの救援で距離を取った俺達との相対飛距離を鑑みれば、互いの間に生まれた距離はそれ相応のものとなる。
「何かと思えばQ.V.Dとはね」
アイツは憎々しそうに自らの右手首にはめられたそれを眺めて吐き捨てた。
「残念だったわね、アンタの唯一にして最後の策はこれでオジャン。そっちの魔法少女の実力には驚かされたけどまあ良いわ。【TYPE―END】の脚も無い、チェックメイトよ」
一転攻勢とばかりに、アイツが拳銃を俺に向ける。俺は死神の鎌を首元に添えられた老体の如く、あるいは影を踏まれた化け狐のように、その場から動けなくなっていた。
弁解も命乞いもする暇は無かった。脳みそが動き出そうとした頃には、既に引き金が引かれていたのだから。
ところで。
俺の中に、日常を望む者と非日常を望む者といった二つの人格が共存していた。人格と言うのは言い過ぎか? いや、ンなことない。二つの矛盾した希望を持っているのだからそれはもう別人格と言っちまって相違ない。
俺が〝俺〟と称している俺は、非日常を望んでいる側だ。これまでの人生で大した事件も起こらず普通の男子高校生Aとして生きてきた。そんな日常に不満らしい不満は無かった。退屈だとは思っていたが。
今となってはしょうもない話だが、学校を長く休んで実家に──しかもクラスメイトの女子と共にだ──帰っているという事実に小さじ一杯ばかりの非日常を感じてさえいた。
それが今や何だ、そのロボットみたいだと思っていたクラスメイトは本当にロボットで、変人の先輩は日夜世界を守るべく戦っている魔法少女で、失われた記憶の向こうから未来人までやってきやがった。それにとどまっても充分に非日常だろうに、終いにゃ俺を中心に時間を越えた世界大戦まで起きており、未来人ヒロインのそっくりさんまで現れやがったのだ。
噫、SFファンタジーだ。
思ったさ。いよいよ来たか。やはり俺は選ばれた特別な人間だったのか。これまでの退屈な日常はそれの助走段階に過ぎなかったのか。これから俺を主人公に据えたライトノベルみたいな刺激的でクールな物語が始まるのか、と。
実際にそんな展開が待っていたさ。現に高次元から現れた怪物が街を破壊していた。未来人ヒロインのパチモンがそれを指揮していた。中学時代の体育祭とは比べ物にならない必死さで瓦礫と化した新宿を走り回った。
お約束ってものがあるだろ。正義の側に属する主人公は勝利を勝ち取るってもんだ。自らの秘められし能力が発現して逆境をひっくり返すとか、最後の最後は神様の気まぐれとしか思えないタナボタ的幸運が舞い降りるとか、まあその辺は何でも良いさ。勝つもんは勝つんだ。
俺はどこかで、現実を舐めてたんだ。
俺は負けない、死なない、どうにかなる。楽観してたんだ。
もう一つの人格が言う。日常に勝る幸福は無いと。〝彼〟は世間的に見れば成功者だった。中身はどうあれ、執筆という自分の好事を生業とし、それどころか宝くじを当てるような大ヒットまで飛ばした。どう思うよ、自分が書いた物語がアニメとなり著名なボイスアクターが命を吹き込み、それを視聴者は毎週あーだこーだ言いながら楽しんでくれる。映画化したりゲーム化したり、想像し得るメディアミックス展開の全てを達成した。
〝彼〟は慣れてしまったのだ。そんな世の有象無象が憧れたり羨んだりするその人生を、己の真なる夢を叶えられなかった人生を、何ということだ、日常としてしまったのだ。
だが、その日常の有難さを、実はひと時たりとも忘れたことは無かった。自分は単に運が良かっただけ、偶然に界隈内マジョリティーの需要を満たせただけなのだと理解していたさ。
だからってな、理解しているだけじゃ慣れには勝れんのだ。
────傲慢だろ。
いいや、傲慢じゃないさ。お前にもいつか分かる日が来る。何せお前は俺だからな。
────分かってたまるか。どうせ作家になるなら俺は好きな物を書きたいね。書きたくもないモン書かなくちゃならないなら、俺は商業作家なんざ御免だ。
嘘を吐くな。俺は何だかんだ言って作家という職業に憧れていたはずだ。物書きなら誰しもがそうだ。どうせ創作するなら世に出したいに決まってるんだ。それにな、好きじゃない物だから何だ、そもそもは創作執筆という行為そのものが好きなんだろうが。
────そうだけど、創作活動ってのはさ、芸術ってのはそういうモンじゃないだろ。
作家は芸術家じゃない、儲けを目指す職業人だ。現実が見えてない、舐めてるんだよ社会を。お前だけじゃない、作家を目指す奴の大多数がそうだ。自分の好きな物を書いてそれを認めてくれない奴らを莫迦にするんじゃねえ。出版社は会社だ、売れる物が欲しいに決まってるだろうが。流行を読め。どうしても好きな物が書きたいなら、今の需要を応えられるように構成してみせろよ。
────それならそれで良いよ。俺はまだプロじゃない。アマチュアなんだから好きにしたって良いだろ。そもそもだ、お前がそう思いながらも満足していないって未来が証明してるんだぞ。精神を病むんだ、まだその兆候は無いか? 少しでもあるなら手遅れだな。一一〇年後にはきっかりと世界がカオスに包まれているだろうさ。俺達のせいでな。
だからこそだ。
────何が。
俺はもう手遅れだ。悔しいことにな、ことあるごとにすぐ涙が溢れて止まらなくなるんだ。担当編集からもカウンセリングを勧められてる。間違いない、ツヅキや奇如月さんの言う通り、俺はいずれ精神を病む。だがお前はどうだ? 俺の記憶では、高校時代の俺はなんだかんだ言って真っ当な精神を保っていたように覚えているぞ。
────それはどうかな。とんだ変人三人に囲まれてる、精神を病むのもすぐかもな。
何が悪い。何に囲まれたって、お前の青春はお前次第だ。外的要因なんざ関係無い、お前が平穏を望めばそうなるし、混沌を望めばそうなる。それが青春ってもんだ。そうだな、一つアドバイスするとしたら、学園祭は休まない方が良い。逃げたら平穏も混沌も無い、虚無だ。
────そりゃどうも。だが俺よ、アンタの歳になったってそれは同じなんじゃないのか。二五だっけか、俺の目測じゃほど好く落ち着いて人ウケのする男になってると思ってたんだが。まだまだ世間じゃ若者の側だろう。
世辞は要らん。どうせなら〝俺〟じゃなく、鶴見先輩あたりから言われたかったよ。
────おい待て、お前はよりにもよってあの中で鶴見先輩が良いってのか?
本人には言うなよ。見た目、身体つき、性格……ああいうのが何より苦手で、どうしたって惹かれちまうもんだぜ。……ンな話は良いんだ。なあ俺よ、日常だ非日常だなんてのはもうどうだって良いよな。何せ見ろよ、鉛玉が真っ直ぐと飛んできてるんだぜ。
────あぁ、そうだった。こりゃどうにもならん。
どうかな。聞こえるか? 後ろから走ってきてるぞ。
────ツヅキか? どうして。
どうしても何も、死んでほしくないんだろうよ。考えてもみろ、故郷はほとんど終末世界だとしたって、そこへ二度と帰れなくなるような決断はそうそうやれるモンじゃねえ。
────待てツヅキ、前に立つな。何故お前が────。
あぁ、見たくないな。こういうのは。
────ふざけるな! 俺なんかを庇って……お前が撃たれてどうすんだッ!
左胸か、心臓一発とはツイてない。
────落ち着きやがって良いご身分じゃねえか。テメエは俺の中で見てるだけで何もしなくて良いんだもんな。
しないんじゃない、できないんだ。
────それで良いのか? お前だって少しはツヅキと一緒に……いや、〝俺〟よりも長く過ごしたはずだろうが。戦争同厭会をツヅキと結成したのは〝俺〟じゃない、〝お前〟だ。我らが戦争同厭会の部長は〝俺〟じゃない、〝お前〟だ。ツヅキに選ばれたのだって〝俺〟じゃない、〝お前〟だったろうが。それどころかッ! あっちのツヅキに救われたのだって、この物語を始めちまったのも全部全部〝俺〟じゃない、〝お前〟だろうがッ!
そうだ、これは〝俺〟が始めちまった物語だ。だがな〝俺〟よ、続きを紡ぐのは〝お前〟なんだぜ。何せ〝遊葉〟は高校一年生で、〝俺〟は二五のオジサン、
────……何を当たり前のことを。
羨ましいよ、ホント。そうだな、ちったぁ悔しさもある。だからってんじゃないが、一つだけ力を貸してやるよ。最後っ屁だ。
────何をしてくれる。〝俺〟からすりゃ〝お前〟は未来人だ、時の一つでも戻してくれんのか? それでツヅキを救ってくれんのかよ。
時は戻せない。〝俺〟は〝お前〟と同じただの一般人だ。だがな、〝お前〟にできなくても〝俺〟にだけできることがある。
────何だそれは、ツヅキは助かるのか。
さあね、運が良ければ。俺は
────……世界平和の為に、か。
いいや。
愛する者の為に、さ。
アイツは二つの出来事に驚いていた。
一つは、ツヅキが身を乗り出し俺を守ったこと。
もう一つは、目の前でツヅキが胸を撃ち抜かれながら、俺はそれに目もくれず一目散にアイツに向かって走り出していたことだ。
俺は呆気にとられ身体が固まっているアイツの手から拳銃を落とし、そのまま空いた右手を掴んだ。すぐさま彼女の右手首にはめられている時間移動デバイスを操作する。
「部隊長にまで上りつめたアタシが────っ!」
「だったら俺は、部長だ」
────そして、二〇一二年から山覚ツヅキが、消えた。
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