作家遊葉の特異点
雅ルミ
一巻 作家遊葉の特異点
一幕 作家遊葉の時間遡行
プロローグ、あるいは未来
ヒョウ。
と、遠くで獣が吼えた。
ひと啼きで鉄筋コンクリートビルを根本から朽ちさせ、まるで怪獣特撮映画で使われる二四分の一縮尺セットのようにあっけなく崩落した。
「現実は小説よりキなり」と言うが、目前現実頭上に広がる空は、円形カラーチャートに於いて言えば反対色の紫色に染まっている。
作家
俺が作家となり、生涯物を書き続け、その末路がこの終末が如き失楽である。
作家遊葉の人生はどうやら、妥協と後悔の連続にあったらしい。
己が求むる作家道を諦め、されど悔い続け、やがて精神を病んだ俺は病的なまでに美しい掌編を書いた後に魂と等しき筆を折るのだ。
筆も腰も折れた未来の俺は、果たして我が人生を幸福だと思えただろうか。
御年二五、あるいは一五の俺には到底想像もつかぬ未来の話だ。
「筆を折りなさい、遊葉先生」
彼女は優しく、俺を慮るように言った。よく頑張ったねと、幼子を褒める祖母を彷彿とさせる温かい表情であった。
発言者の銀の髪が紫色によって鈍重に濃く映る。それは彼女が、俺にとって大事な人だからか。あるいは、情の無い光の屈折か。前者であってほしいと願う心もまた、彼女が大事な人だから湧いて出た気持ちなのだろう。
俺は右手の万年筆を強く握った。彼女から貰った万年筆。
されど、終末をもたらしたのもまた、その万年筆であったが。
筆を折れ。
作家にとってそれは死刑宣告と同義である。生きる故に書き、書く故に生きる。それが作家という生き物の特性なのだ。
ライトノベル作家、遊葉。どうぞ、鼻で笑うが良いさ。俺は信念を捨てるに迫られたがプライドだけは持っている。物書いて売ってもらいそれで飯食えてりゃ作家だ。
で、だ。人生を分けた時間直線上の一点はどこにあったのだろう。世界平和を破滅に至らす作家遊葉の人生に於ける特異点は、どの瞬間であったのだろう。未来の俺はそれを知っていたのだろうか。
作家遊葉は、未来が分からぬ。
何も分からぬ、ふりをしていたのだ。
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