二幕その一四:作家遊葉

 俺が帰省してから、つまり学校を休み始めてから、初週あたりはクラスメイトからポツポツとメッセージが届いていた。文面は様々である。そもそも、俺は体調不良を理由に学校を休んでいる。だから俺の体調を慮り、学校への復帰を望むようなメッセージがいくつか届いていた。それだけでなく、中には新宿ガス爆発事故がどんなだったかを聞くような奴もあった。大して仲良くもないクラスメイトの体調を心配するなんて善人ぶりたいだけのように思えるし、余程知的好奇心によってメッセージを送ってくる奴の方が素直で健全な精神をしていると俺は評している。半月も経つと、徐々に通知は止んでいった。俺はメッセージを送ってきていた相手には当たり障りが無ければ発展性も無い返信ばかりをしていた為、これ以上は労力の無駄だと思われたのだろう。


 が、一人だけそうではないタフネスガールが居た。



『遊葉クン、近況は如何かな? 今日は全校を巻き込んでの学校葬儀が執り行われてね。新宿で起きた例の事故でウチの学生が犠牲になったんだとさ。今更やんの!? って感じだよね。でもね、私は安堵したんだ。あの遺影が遊葉クンだったらと思うと……ね。そんな事を考えながら黙祷を捧げる私は、死んだら地獄にでも堕ちそうだ! でもキミには天国に行ってほしいと思っているよ。勝手な祈りだけどね。明日もまた連絡するよ。そろそろキミの近況も教えてくれると嬉しいんだけど。……な~んてね、返信不要。おやすみ!』



 説明不要、我らが変人先輩・鶴見先輩である。


 毎日飽きもせずにその日の出来事を健気に伝えてくる。別に学校で何が起きているかなんて興味も無いのだが、毎日続くとどうしたもんか、少しだけ楽しみになってくる。本当に他愛ない話なのだ。それでもこれのおかげで、まだ俺は学校と繋がりを保てているような気になれる。いつになるか分からない再上京後の初登校、教室に入るのは若干の気まずさがあろうが、対して部室にならすんなりと入れそうな気がする。それも偏に後輩想いの鶴見先輩のおかげだ。わざわざ感謝は伝えないけど。


 しかし今夜のメッセージは毛色が違った。







『状況が変わった。大分の魔法少女に通達してあるから匿ってもらうように』







 メッセージと共に、フリーメールアドレスが添えられていた。


 いつもの長文ではない。文の短さとそっけなさから、鶴見先輩の切迫具合がまざまざと伝わってくる。


 どうしたものか、冗談に見えないのが厄介だ。鶴見先輩は己を魔法少女と称する生粋の変わり者だ。日夜世界を守るべく敵と戦っているそうだが、その敵とやらをこれまで一度たりとも目にも耳にもしたことが無い。世界広し、奇遇にも鶴見先輩以外の魔法少女やその敵とやらに遭遇する確率は低くとも、インターネットの匿名掲示板かあるいはオカルト雑誌でくらいは取り上げられたって良いだろうに。それともエリア五一ばりのトップシークレットだとでも言うのだろうか。勘弁してくれ。魔法少女なるファンタジーな存在が政府公認だとか言われたら失笑モノだ。だったらアメリカはとっくにUFOを発見しているだろうし、それどころか火星移住計画もファイナルフェーズに至ってるだろうさ。


 つまり俺が言いたいのは、鶴見先輩の言う魔法少女なんてのはライトノベルやアニメの中だけの存在で、現実には実在していなくて、失礼ながら鶴見先輩は妄想癖が行く所まで言った残念美少女だってことだ。……俺が彼女を美少女だと認めているのは、どうか内密に。本人に知られたら厄介な事態になりかねない。というか絶対なる。


 だと言うのに、だ。何だあのマジっぽいメッセージは。というか大分みたいな──こりゃ地元びいきの評価か?──中途半端で天然温泉が異常量湧く以外に取柄の無い県にまで魔法少女なる頭のおかしい連中が居るのか。日本もまだまだ捨てたもんじゃないな。……皮肉だが。


 その晩、端から端までを奇如月さんに話した。笑い話のつもりで。


 しかし俺の思惑とは反し、奇如月さんの反応(薄すぎて無いようなものだが)はどちらかと言えば重苦しかった。



「遊葉さんには選択肢が二つあります」


「選択肢? 鶴見先輩の妄言を信じるか、それとも既読無視するか、か?」


「いいえ」


「じゃあ何だよ」







「平穏のために夢を捨てるか、夢のために世界の破滅を早めるか」







 驚いた。


 腰を抜かすかと思った。


 いやはや。



「奇如月さんが冗談を言うなんて」


「末路は真実のみを伝えています」


「待ってくれ、どうして俺が夢を追い掛けたら世界が破滅するんだ」


「演算の結果です」


「何の演算だ」


「末路の演算です」


「仮にだ、仮に奇如月さんの脳みそがスパコン並みの演算能力を持っていたとしよう。絶対に無いとは断じられない、何たって人間の脳みそはどうやらほんの数パーセントしか使われてないらしいからな。だからってどうして俺みたいな一般人が世界の命運を左右するんだよ。それなら世界はバカだろ、何が悪いって人選が悪い。伏線らしい伏線も無かった、あまりにも突拍子が無さ過ぎるんだよ。素人の俺でもそんなプロットはクソだって分かる」


「選んでください」



 御託は良いから、とでも言いたげな声音だ。



「ら、らしくないな」どもるほどに焦る俺が居る。


「末路は失敗しました。最適解は導けましたが、実効性に欠けていました」



 その奇如月さんの顔はどことなく、恐怖しているようにも見えた。



「末路と遊葉さんの記憶、遊葉さんの創作に対する義務感を削除すれば、敵は末路たちを狙わなくなると結論付けていましたが、それが間違いでした。前提条件に誤りがあったのです。敵の狙いは遊葉さん本人ではなく、遊葉さんが持つです」



 何を言ってるんだ彼女は。俺の記憶を消したとは何事だ。敵とは何者だ。その敵とやらがどうして俺の万年筆なんかを狙うんだ。いや違うな、察するに彼女の指す万年筆とは独りでに動き出したマリオネットペンの方だろう。だからってな、彼女の言葉のほとんどを俺は欠片も理解ができない。



「その万年筆はおそらく、から渡された物です。現代の科学技術を遥かに超越した技術が用いられています」


「誰だそいつは」


「約束の場所に向かえば、会えるかと」


「で、そこに行ったら俺はどっちの選択肢を選んだことになる? 世界の破滅の方か?」


「はい」



 無信全疑の俺である。



「鶴見先輩からのメッセージも関係してるのか?」


「はい」


「じゃあ例えば、ガス爆発事故もその……敵とやらの仕業だったりするのか」


「厳密に言えばガス爆発事故ではありませんが、一連の騒動は敵の破壊活動です」


「それと戦ってるのがまさか、本物魔法少女・鶴見さんかくだとでも?」


「はい。ですが、魔法少女だけでは手に負えないと、末路は判断します」


「だろうな。東京新宿から始まり名古屋、大阪、そんで福岡だ。次はどこだ、大分とか言わないだろうな」


「はい」



 はい、ではないぞコンチクショウめ。地方都市一覧に我らが大分が並べられるのは喜ぶべき事態やもしれぬが、その祝い品が敵とやらの破壊活動か? だったらいつまでも片田舎のままで良いってもんだぜ。そうだ、その敵さんも別府の市営温泉にでも浸かってみたらどうだ。ワンコインでもお釣りが帰ってくるような料金体系に、大規模湯沸かし器製でない天然モノ地球由来のれっきとした温泉なんだぜ。破壊活動なんて「やーめた」で良いんじゃないか。


 ……それがまかり通るなら、大阪のコナモノ屋さんが国防に精を出してたか。



「俺が居るからか?」


「いえ、遊葉さんの万年筆があるからです」


「だったら捨てれば良い」


「それで現代の平穏が保たれると、末路は判断します。代わりに、一二〇年後の未来でより多くの犠牲者が出るだろうと、末路は演算によって導き出しています」


「…………」



 黙ってしまったのは何故だ、遊葉よ。


 奇如月さんがSFめいた訳の分からないコトを言っていても、この万年筆をどこかに捨てればひとまずは解決ってのは分かった。それで今の平穏が保たれるんだろ。だったら迷いなく万年筆を別府湾でも大分川でもどこへなりとも投げ捨てちまえば良い。一二〇年後だと? そんな俺の生きていない未来なんて知った話ではないじゃないか。


 でも俺の中の俺が囁くのだ。「約束の場所とやらに興味は無いか」と。「山覚ナントカに会いたくないか」とも。ハッキリ言って邪魔だ。人間は知的好奇心なんてモノがあるせいで無駄な傷を負う。


 でもどうしても、どうしても、どうしてもどうしてもどうしても、気になるのだ。

















 気になって仕方無いのだ!




 消極的に万年筆を捨てたとして、きっと夜も眠れぬほどに思い出すだろう!




 何故か!




 それが俺、遊葉だからだ!




 気になるのだ!




 知りたいのだ!




 世界の破滅? 一二〇年後の未来? 魔法少女の実在?




 知りたいに決まっているだろうが!




 作家さくや遊葉は決断した。


 ただの高校生という身分には余りある重要な選択だっただろう。何せ世界の運命とやらが賭かっているのだから。


 だから何だ。世界の破滅ドンと来い。安穏と暮らしていてはどうしたって見られぬ光景やら体験し得ぬ窮地、その経験を得られそうではないか。







 最ッ高だ。







 平穏な生活? 要るかよそんなもん。物語の世界で巻き起こるあれやこれやに相当するだけのドラマチックな体験の方が魅力的だね。命なんていくらでも賭けてやるよ。ワクワクに代えられない物など無いのだ。ぶっ飛んだナニカをこの目で見られるなら死んだって良いさ。祖母には申し訳ないが、それが作家遊葉という男なのだ。


 どうだ奇如月さん、今俺の瞳は三〇カラットのダイヤモンドよりも輝いてないか?


 これで全部、君と鶴見先輩がグルになって俺に仕掛けてるドッキリだとか言ったら、それこそ俺は不登校になるぞ。それも卒業まで一直線の、永世世捨ての不登校さ。



「末路の言葉に、断じて偽りは無い」



 正直に言うと、この万年筆が独りでに踊り出した時から、俺の胸は高鳴っていた。胸がと言うのなら、あの時万年筆と共に社交ダンスの如く息を合わせて高らかにステップを踏んでいたのだ。


 変化の無い日常を嫌っていた。だから小説の世界に逃げた。


 だがもしかしたら、現実ってのは案外エキサイティングな一面を持っているのかもしれない。まだ確かではないが、その可能性を奇如月さんが示唆してくれた。


 俺はずっと待っていたのだ。ある日教室の窓からテロリストが飛び込んでくるのを、ある日空から女の子が降ってくるのを、ある日不思議な力に目覚めそういう人間を集めた機関に勧誘されるのを、ある日、ある日、ある日────何だって良い、つまらない日常がぶち壊されるなら!


 俺は奇如月さんを連れて家を出た。祖母には一言「帰る!」とだけ告げて。



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