二幕その九:新宿は二度、
四月三〇日、土曜日。東京上空は青の快晴であった。
「遅いっ!」
新宿駅前広場に朝八時集合。ツヅキからその通達が届けられたのは、昨晩午前一時を回った頃であった。
「間に合ってるだろ。それにな、朝の集合を前日の深夜に連絡する方がどうかしてる」
「不便よね、同時刻にしかメッセージを送れないなんて。でもこうして集まれたじゃない」
隣の奇如月さんは黙り込んだまま。文句があるなら口にすべきだ。その方が俺も援護射撃に徹しやすくなるってもんだぜ。
「さ、行きましょっ!」
「待てよツヅキ、鶴見先輩は待たないのか?」
「来れないって。最近忙しいみたい」
「……そうか」
魔法少女稼業はカレンダー通りには進まない。予定の主導権を握る【Ark―E(vil)】は曜日の概念を知らぬのだ。
ツヅキが先頭を往きながら奇如月さんの手を引く。俺はそれに置いて行かれぬよう早足で追い掛ける。
思えば、私服を着た女性と出掛けるというのは人生で初めての経験だった。
ツヅキはホワイトの半袖プリントシャツにミニのデニムパンツ。足元にはスポーティーなスニーカーという活動的なスタイルだ。煌々と煌めく陽光が銀髪を照らし、二五の男にとっては目にも心にも眩しすぎる御姿である。
奇如月さんは、ツヅキのスタイルとは真反対と言えよう。ブラックのタートルネックにグレーのロングスカート、足元には上品な印象のブラックパンプス。それだけでは目に退屈だと演算によって導き出したのか、あるいはファッション誌のアドバイスありきか、胸元にピンクゴールドのネックレスが下ろされている。少し意外だった。アンドロイドの彼女だ、休日だろうが学校指定の制服でも着てくるんじゃないかと俺は予想していた。割りに、彼女なりに友人との休日を楽しみにしていたのかもしれないと思えば、途端に愛らしく見えるってもんだ。
これはツヅキなりの慰労会なのだろう。我ら戦争同厭会は無事に映画撮影を終えた。まだポストプロダクションを残しており、ある意味ではここからが本当の勝負とも言えるが、それはツヅキによって直々に任命された俺が頑張るだけ。ツヅキと奇如月さん、今日は居ないが鶴見先輩の三人にとっては、一仕事を終えたというのが実際の現状である。
その裏で、ツヅキの未来で起きている第三次世界大戦が阻止された祝いでもあろう。その事実を知るのはツヅキと俺だけ────いや、奇如月さんも演算によって導き出している。そして後ろめたくも、結果として〝もう一つの第三次世界大戦〟へと繋がる道を進み始めたと知っているのは俺と奇如月さんだけだ。肝心のツヅキは何も知らない。
だがそれで良い。ツヅキは決死の想いで孤独に過去へ飛び、無事に目的を果たした。今はその余韻に浸ったって、誰も文句は言うまい。言う奴が居たら、その時はツヅキの現代友人一号として俺が真っ先に反論を叩きつけてやるさ。
新宿には、日本式の遊び場のほぼ全てが存在すると言っても過言では無かろう。そしてツヅキは、その全てを享受せんとばかりのペースで新宿の街を練り歩いている。それに付き合う奇如月さんと俺は何と宏量な友人であろうか。
昼食はイタリアン。と言っても、サイゼリヤだが。
オリーブの載ったマルゲリータピザをつまんでいると、隣の席に座る若いカップルの会話が耳に入ってきた。
「最近行方不明者が増えてるって」
「聞いた、しかも新宿でだろ?」
脳裏に過ったのは、人を襲い喰らう【Ark―E(vil)】の姿だった。
「遊葉? どうしたのよ、顔色悪いわよ」
「いや、何でも無い。ちょっとトイレ」
個室に駆け込み嘔吐した。嫌な想像をしてしまった。そこから、思考が下へ下へとネガティブな方向へと加速して止まらなくなった。
【Ark―E(vil)】の顕現が増えているのも俺のせいなのではないか?
奇如月さんの言う〝もう一つの第三次世界大戦〟と、俺がタイムリープしたあの事件には何か関係があるのではないか。荒唐無稽な考えだ、何せそれを裏付ける証拠が無いのだから。それでもそう考えてしまうのだ。
〝もう一つの第三次世界大戦〟では奇如月さんの発展型が無意味な物だと、奇如月さんは言っていた。それがもし、【Ark―E(vil)】を相手にしては科学兵器も通用しないという意味ならばどうだ。俺の居た未来では他国の軍人が【Ark―E(vil)】を従えていた。
今、この時代で、【Ark―E(vil)】の顕現が増えている。それは鶴見先輩の多忙からまず間違いない。では【Ark―E(vil)】が増えているのは何故だ。純粋な個体数の増加という話であれば、俺の知らぬ間に世間はネガティブに染まりつつあるのかもしれないが、そうは思えない。今から数えて一年前、歴史に残る大災害が起きたのだ。その時以上に国民の感情がネガティブに偏っているはずが無い。
個体数ではなく、現世に顕現する頻度の増加という話であれば、第四の次元の歪が問題だ。それはタイムリープ────もといタイムヴォヤージュによって生まれる。鶴見先輩の言う特異点の発生だ。
まさかこんな事態にはなっていないだろうか。未来、二〇二二年で俺を取り逃がした軍人が時を越えて追い掛けてきた。俺の存在は二通りの第三次世界大戦を左右する、とても重要なファクターだ。有り得ない話ではない。
これから来るのか? もう来ているのか?
また、あの光景を目にするのか?
いかん、吐き気と憂鬱で涙が止まらない。
──ドンドンドンドンッ!
「うぉあッ!?」
「ちょっと遊葉! アンタ大丈夫?」
「何だ、ツヅキか……すまん、大丈夫だ。ちょっと食べ過────じゃなくてここ男子トイレだぞッ!?」
俺は慌てて個室を出、ツヅキをトイレの外へ連れ出した。
「平気よ、人が居ないか確認したもの」
「そういう問題じゃないだろう……」
「そろそろ店出るわよ。カラオケボックス? とかいうのに行かなきゃなんだから」
店を出た。支払いはツヅキが済ませていた。流石に一〇も下の少女に食事を奢られるわけにはいかず、断るツヅキに無理やり一〇〇〇円札を押し付けてやった。
「何よアンタ、その目」
ツヅキがじっと俺の目元を見つめる。
「何だよ」
「もしかして、泣いてたの?」
「…………ッ」
刹那、上空に紫色の人影が見えた。
時と心臓が同時に止まったような気がした。
「ヒョオ」
聞き覚えのある咆哮が耳に入り、時間が急加速する。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
直後、新宿駅の方角から破壊音が鳴った。連なるように、そっちの方角から逃げてくる人の群れ。既視感のある光景だった。
「新宿駅の方角に異常な生体反応を確認しました」
「【Ark―E(vil)】だッ!」
「何それっ!?」
「人を喰う怪物だッ! 未来でお前も見ただろうがッ!」
「怪物っ!? 無いわよそんなのっ!」
「嘘吐けッ! 未来の新宿で俺を過去に飛ばした時だよッ!」
「だから何の話よっ!」
「仮称【Ark―E(vil)】を視認。遊葉さん、如何いたしますか」
あーだこーだ言い合っている暇は無い。
「逃げるぞッ!」
歌舞伎町の方向へ逃げ込み、そのままラブホテル街まで入り込む。夕方も早いこの時間帯だ、まだ人は少ないと判断した。クラスメイトの美少女二人をこんな所に連れ込んで、平時なら胸の一つもドギマギしただろうが、今の俺と新宿にそんな心の余裕は無い。
路地裏に身を隠し、ひとまずの安全を確保できた。奇如月さんはどうやら、遠距離からでも【Ark―E(vil)】の位置を捕捉できるらしい。索敵をそちらに任せ、俺は鶴見先輩に連絡を試みた。
「鶴見先輩ッ!?」
『遊葉クンか……無事かな?』
電話越しの鶴見先輩の声は息も絶え絶えだった。既に交戦しているのか?
「鶴見先輩と初めて会った辺りにツヅキや奇如月さんと一緒に隠れてます」
『……良いかい遊葉クン、私の恐れていた事態が起こってしまった。完ッ全にキミの匂いを追っている。だから言ったじゃないか、ネガティブになるなってさ。そんなキミが人気の少ない場所へ逃げ込んだのは、その他の市民を思えば正しい判断だった。だがこのままでは危険だ。私も今からそちらへ向かう。合流するまでは下手に動くんじゃないよ、イイね?』
「分かりました」
通話が切断された。
鶴見先輩は言った。【Ark―E(vil)】の狙いは俺だと。その理由を今追求する意味も暇も無い。今優先すべきはツヅキと奇如月さんの身の安全だろう。
「あの怪物は俺を狙っているらしい。だから二人は今のうちに逃げてくれ」
「何言ってんのよっ! それじゃアンタが危ないじゃないっ!」
「心配無い、もうすぐ鶴見先輩がここに来る」
「それで何を安心すれば良いのか分からないんだけど」
「前に本人が言ってただろ。鶴見先輩は魔法少女、日夜あの怪物と戦ってるんだ」
「年頃の妄想じゃなかったのっ!?」
それ、同じことをお前も思われてたぞ。
「末路はここに残ります」
言って、奇如月さんは右腕の兵装を展開して見せた。
「……はっ!?」
そうか、ツヅキは奇如月さんの正体についても知らなかったか。
「奇如月さんはアンドロイドなんだ。それも滅茶苦茶強いアンドロイドだ」
「ちょっと何よ……アタシが知らないだけでとんでもない人材が集まってたって?」
「そうだ、大ヒット作家の俺が見劣りするほどにな。……悪い、奇如月さん。あの怪物には科学兵器は通用しないんだ。だからここは逃げてくれ、頼む」
「末路は拒絶します。せめて、遊葉さんの安全が確約されてからでなければ傍を離れません」
こうも食い下がる奇如月さんは初めてだ。これも人間らしさを獲得しつつあると思えば、良い学習傾向にあるとも言えるだろうか。こんな状況に無ければ、どこぞのお姉さま方と一緒になってもう少し喜べもしたんだがな。
「危ないっ!」
「うぉおッ!」
突然、ツヅキから押し倒された。
直後響き渡る破壊音。つい数秒前まで俺達が立っていた場所に、コンクリート塊が落下してきた。
「ヒョオ」
崩落したラブホテルの中から、【Ark―E(vil)】が顔を覗かせていた。泥づくりのその身体は朱く変色している。狂暴化の兆候だ。
「チクショウ……ッ!」
あたりの建物が崩落したせいで逃げ場を失った。
「腕部兵装・展開────末路、砲撃します」
奇如月さんが一歩前に出、右腕から電磁砲が放たれた。
「ヒョオ」
【Ark―E(vil)】は自らの健在を示すように、これまでと何ら変わりない咆哮を唱えた。やはり、奴らに科学兵器は通用しない。
その【Ark―E(vil)】が標的に据えたのは、攻撃を加えてきた奇如月さんであった。砲撃後に冷却を必要とするため、奇如月さんは連射ができないらしい。【Ark―E(vil)】の迅爪が奇如月さんを襲う。
「…………」彼女の小柄な身体が瓦礫の山へ吹き飛ばされた。
「ど、どうすんのよ遊葉っ!」
「そっちこそ、この危機を脱せるような未来のひみつ道具は無いのかよッ!?」
「無いわよっ! アタシの未来にこんな怪物は居なかったものっ!」
「ヒョオ」
次の爪が襲い掛かる。俺はツヅキを背に隠した。咄嗟の判断だった。その後の自衛行動など、考える余地も無かった。
「まじかる、────レーザー」
瞬間、紫光の線が前方に走った。それは【Ark―E(vil)】を貫通し、ついでに直線上の建造物をいくつか破壊した。
「掴まるんだ少年少女!」
既に鶴見先輩は奇如月さんを抱えていた。宙を飛ぶ鶴見先輩が伸ばす手を左手でキャッチし、逆腕でツヅキの身体を抱いた。飛び去ると、そこにいくつもの建造物が崩落し倒れ込んできた。鶴見先輩の助けが無ければ、俺達はまとめて殺され泥づくりの牙と胃液によって跡形もない肉塊になっていただろう。肝が冷えるぜ。
「ありがとうございます、鶴見先輩」
高層ビルの屋上に俺達は降ろされた。
「まだまだ安心はできないよ。見たまえ、地上の風景を」
見下ろすと、パッと見ただけでも十を超える数の【Ark―E(vil)】達が新宿に蔓延っていた。人々は逃げ惑いながらも、そのほとんどが逃げきれずに殺されている。
「異常事態だよ。それも、魔法少女史上に無いとびっきりのね」
「現世に出てきてる……ですよね?」
「イグザクトリー。だがそれだけじゃない、駅前広場を見たまえ」
鶴見先輩が指差す。そちらに目を向けると────。
「……軍人?」それはまさに、未来で見た兵装の兵士だった。統率の取れていない、作戦装備に扮した兵士の数々。しかし【Ark―E(vil)】を従えているのだ、つまるところ人間が戦う必要が無いという説得力のある自惚れとも言えよう。
「人間が【Ark―E(vil)】を従えている」
「そんなの、有り得るんですか? いや、そもそも可能なんですか?」
「不可能だ。世界各地の魔法少女から各国の情報は届いているが、そんな芸当ができる国は未だゼロだと断言しても良い」
「じゃあどうして……」
ふと、ツヅキが呟いた。
「……どうしてここに」
ツヅキの表情が凍り付いていた。まるで、幽霊でも見たかのように。あるいは親の仇を見つけたかのような怒りの表情まで同時に浮かべているではないか。
「でも、あの装備は確かに……まさか、第三次世界大戦は終わってない……?」
「ツヅキ、大丈夫か?」
「大丈夫、じゃない」
「ツヅキちゃん、あの軍人について何か知っているのなら教えてほしい。これは現世の運命を左右する事態なんだ」
ツヅキは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出し呼吸を整えた。それから改めて口を開いた。
「第三次世界大戦を引き起こした真世界軍の兵士。おそらく、未来からやって来た」
「なるほどね。未来の技術なら【Ark―E(vil)】を従えていても何らおかしくは無いね」
「待てよツヅキ、第三次世界大戦は純然たる科学兵器のみによって争われていたんじゃないのか。だって【Ark―E(vil)】が兵器として用いられてるなんて目立つ話、お前の口から一度も聞いてないぞ」
「ええそうよ、だからアタシもぶっちゃけ怯えてるんじゃないッ!」
「ツヅキが知らない未来から来た、か?」
「おそらく────」
その問いの答えを提示したのは、奇如月さんだった。
「〝もう一つの第三次世界大戦〟が起きている未来の兵士ではないかと、末路は考えます」
「〝もう一つの第三次世界大戦〟って何よっ!」
「ツヅキの未来とは違う、別の可能性だ。俺が書きたい物を書いた末に作家として没落、正史と同様に精神を病む。その結果勃発するのが、それだ」
「そんな……っ! じゃあ、アタシのやったコトって……っ!」
「奇如月さんは言っていたよな。〝もう一つの第三次世界大戦〟では、とある科学者が開発する、大戦を終息させる兵器が無駄になると。それってもしかして、【Ark―E(vil)】が敵の兵器として用いられるからなんじゃないのか?」
「なるほどね。確かに【Ark―E(vil)】に科学兵器は通用しない。唯一対抗可能なのが私達、魔法少女だけなのさ」
「あいつらは遊葉を狙ってるのよね? それはどうして?」
「遊葉さんの存在が第三次世界大戦開戦の火種となります。それが理由ではないかと、末路は考えます」
「そうね、無くは無い動機だわ」
「じゃあどうすれば良いんだ?」
「真世界軍が遊葉を狙ってるなら、ここに居続けても時間の問題だわ。少しでも街への被害を減らす為に、人の居ない場所に逃げた方が────」
「見つけたぜ」
気付けば背後を取られていた。
振り返ろうにも、後頭部に硬い金属製の物を当てられている。勘で分かる、銃口だ。
「逃げろッ!」
言うまでもなく、既に鶴見先輩がツヅキと奇如月さんを抱えて飛び距離を取っていた。流石、戦いには慣れているだけのことはある。
「アンタ、真世界軍ね?」
「おっと、こりゃ一体どういう……ああ、なるほど。ククッ、これはこれは可愛らしいお嬢ちゃんが居るじゃねえか。が、立場を弁えな。そっちに質問する権利は無え」
ツヅキを脅すように、俺の後頭部に当てている銃口を更に強く押し付けてきた。
「ナイスガイのお兄さん、要求は何かなぁ……? 荒事は避けたいんだけどなぁ」
「二つだ。一つ、特異点……いや、遊葉を引き渡すこと。二つ、【TYPE―END】を引き渡すこと。この四人の中にそれらが居るってのは分かってんだ。大人しく名乗り出るんだな」
二点気になった。どうやらコイツは俺が遊葉だと認識できていない。背後を取ったのならこのまま連れ去っちまえば良いものを、こうしてお話しをしてくれているのがその証明となる。そして真世界軍とやらは俺だけじゃなく、どういう訳か奇如月さんまで狙っているときた。科学兵器を超越した【Ark―E(vil)】を従えながらどうして彼女を欲するのか、それが分からない。
「……顔が見えないのが残念だ、ナイスガイの軍人さん。遊葉先生を狙うのは何故だ、【TYPE―END】を狙うのは何故だ」
「聞いてなかったか坊主、お前らに質問する権利はない。それともドタマ撃ち抜かれてえのか」
「撃てば良いさ、俺が遊葉あるいは【TYPE―END】だったらどうする。お前達の求める二つのどちらかがこの世から消えて無くなるぞ」
「……舐めるなよ、ガキ」
軍人は俺の背中を蹴り飛ばした。俺は床に転がりながら、軍人へ視線を向けた。
そいつはまさしく、未来で俺を殺そうとしたあの青目の軍人と同じ顔をしていた。
なんだよ、日本語喋れるじゃねえかよ。
「これならどうだ、その嬢ちゃんが遊葉先生でも無ければ【TYPE―END】でも無いってことは確信が持てる。下手な動きを見せてみろ、嬢ちゃんの脳髄が今にもぶちまけられるぞ」
銃口はツヅキに向かっていた。
俺は床に倒れたまま動けない。動こうとすればツヅキが危ない。あの軍人は人を殺すことに躊躇の無い奴だった。あの日俺を殺そうとしたように、躊躇いも無くツヅキを殺すだろう。それだけはあってはならない。
「遊葉と【TYPE―END】は名乗り出ろ。そうすれば他の奴らは生かしてやる」
どうすれば良い。俺と奇如月さんが名乗り出ればツヅキと鶴見先輩は助かる。しかし俺達はどうなるんだ。相手は平然と民間人を殺す狂った奴らだ。俺と奇如月さんも殺されるかもしれない。というか俺達が名乗り出たからと言って、約束通りツヅキと鶴見先輩が助かる保証だって無い。「ありがとよ」なんて言って一呼吸の間に二人の脳天に風穴が空くなんて未来も想像に易いじゃないか。どうすれば良い。
「私だよ」鶴見先輩だった。
「素直だな」
「私が遊葉だ。【TYPE―END】とキミ達が呼ぶ者は、誠に遺憾ながらここには居ない。だからどうだろう、ひとまずは私だけを連れて行くというのは」
「悪くない。が、お前が遊葉だという証拠が無い」
「難しいんだなぁ、これが。何せ遊葉という名はペンネームでね。それを証明する手立てが無いんだ」
「しちめんどくせえコトを言ってんじゃねえ。なら、こちらから調べさせてもらおうか」
銃口が火を噴いた。
軍人の思惑はきっとこうだ。遊葉は普通の人間である。だから音速を超える鉛の弾を自力で避けられない。つまり、今鶴見先輩が魔法を使って銃弾を回避すれば、軍人は「彼女は遊葉ではない」と分かる。それどころか、【Ark―E(vil)】を従えている奴らなのだ、鶴見先輩の能力を見て彼女が魔法少女であると推測が立っても何らおかしくない。逆に鶴見先輩が避けなければ「彼女が遊葉である可能性がある」と判断してくれるだろう。しかし〝遊葉〟が殺されようとすれば、他の者がそれを阻止しようとする。本人がこう言うのもおかしな話だが、奇如月さんも鶴見さんも俺を救う人だ。だから〝遊葉〟が撃たれたら助けが入るのだ。とすれば助けに入った者は確実に遊葉ではないと判断できる上に、その並外れた機動力から察して「【TYPE―END】あるいは魔法少女だ」と判断される。先も言ったように、きっと魔法少女を見れば分かるだろうから、助けに入ったのが魔法少女であれば残りの一人が【TYPE―END】だと結論付けられる。
つまるところ、あの銃弾が鶴見先輩を貫通する以外のパターン全てにおいて、軍人に遊葉なる人物と【TYPE―END】が見つかってしまうのだ。
だが、目の届く範囲で人が死ぬのはもうごめんだ。
「末路ォッ!」
「承知」
奇如月さんが飛んだ。
飛ばせてしまった。
脚部から火を噴射し宙を飛ぶ彼女は銃弾よりも速かった。鶴見先輩の脳天に風穴が開くよりも先に到達した奇如月さんは鶴見先輩を押し飛ばし、わずか数メートルだけ位置をズラした。
代わりに、銃弾は奇如月さんの右目を貫通した。
「お前が【TYPE―END】か」
知られてしまった。
「残るは遊葉か魔法少女……ククッ、ブツぶら下げた魔法少女ってことぁあるめぇ。これで空欄は埋まったな。さぁ、同行してもらおうか」
床に這いつくばる俺の腕を軍人が掴んだ。強引に振りほどこうとしても、ろくに運動もしていないような高校生の筋力では鍛え抜かれた軍人の筋力には敵わない。一瞬の隙でもできればと軍人の手に噛みついてやろうかなどと考えていた、そんな俺の思考を吹き飛ばす衝撃が視界に走った。
否、
「遊葉に、────触んなっ!」
ツヅキが跳んだ。
予想の外からの豪快かつ型の整った両足跳びだった。
前方へ両足を伸ばし──高さは十分──軍人の顔面にツヅキのドロップキックが炸裂した。非の打ちどころが無い一〇〇点満点の不意打ちだった。
不意の一撃で軍人の手が緩む。その一瞬を逃してなるものか。
隣に着地したツヅキと、進路上で蹲っている奇如月さんの手を掴み、ビル屋上の縁に足を掛け────思い切り蹴った。
「遊葉がトんだっ!?」お前も一緒に跳ぶんだよ、ツヅキ。
改めて言うほどでは無いが、俺は小説が書けるだけの(ついでに未来を知ってるだけの)一般人である。脚にジェット噴射機構なんて埋め込まれていないし、魔法で空を飛べる訳でもない。だからこの無謀から自力保身する方法論など持ち合わせちゃいない。
「鶴見先輩、頼んだッ!」
「まったく、無茶をする後輩だこと!」
文句を言いながらも、鶴見先輩は笑っていた。
魔法で飛ぶ鶴見先輩が空中で俺達をキャッチしてくれた。いつどこから他の軍人が襲い来るとも知れぬ。そのまま速度も高度も落とさぬよう頼み、鶴見先輩曰く安全な場所へと空輸してもらった。
上空から見下ろす新宿駅周辺は瓦礫と化していた。ほんの一時間前まではツヅキの遊び場だった街が。
いつかツヅキがこんな画が欲しいと言っていたっけ。
ふと、〝チェーホフのピストル〟を思い出した。
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