二幕その一二:普通の高校生・遊葉

 俺は普通の高校生・遊葉。


 歳は一五、誕生日は年の暮れ。趣味は読書。特技はクラスメイトからの話題提供に当たり障りと面白味の無い返答をして数秒の間を埋めること。座右の銘は特に無し。中学時代はどの部活動にも所属せず放課後は本屋に立ち寄り帰宅するのみ。趣味の読書が高じてつらつらと自作小説の執筆を始めたのは中学最後の四月だったか。高校では仲の良い友達の一人でも出来ればとクラス懇親会に出席してはみたものの、周りのノリにイマイチ付いて行けずドロップアウト。人並みに夢と性欲を持ち合わせた、何の特徴も特長も持たないつまらない男。強いて言えば、サバを読まずとも身長が一七〇センチ台だと言えるのが唯一の長所か。


 まあどこにでも居る、平凡から交友という要素を取り払ってしまったような、言ってしまえばごく普通からワンランク落ちた男子高校生が俺なのだ。


 そんな俺がどういうワケか、クラスメイトの変わり者女子を連れて九州の実家に帰っている。土日祝日を跨ぎ、二日の平日登校日を無視し、世間も騒ぐゴールデンウィークに突入したかと思えばそれも終わり、そこからまるごと一ヶ月もの期間を学校をサボり通した。気付けば六月である。九州の梅雨は端的に言って地獄だ。ちなみに隣の別府市には本物の地獄がある。興味が湧いた者は自ずから調べるように。まあ、同年代の少年少女からすれば、その実態は退屈なもんだが。


 実家には祖母が居る。祖母には、新宿で起きた原因不明のガス爆発事故を理由に帰省したと説明────していない。全国ニュースでも取り上げられたそれを祖母自身が知り、おそらくそれが理由なのだろう、と勝手に納得しているようだ。


 変わり者女子は奇如月末路と言う。まるでロボットのように無感情かつ無抑揚に物を言う彼女は、クラスでも浮いているタイプだった。浮いていると言っても、他から忌避されているのではない。むしろ逆で、クラスメイトからはどちらかと言えば好まれている方だろう。それでも浮いているのは何故か。簡単な話で、男女問わず誰からの誘いも受けないからである。遊び然り、デート然り、愛の告白──されているかは知らないが、彼氏が居るなら今ここには居ないだろうさ──然り。


 そんな奇如月さんが何故俺の実家に一ヶ月も泊まり込んでいるのか、そもそも接点を持ったのは何故なのか。


 一言で、部活仲間、それに尽きる。


 俺が(押し付けられた名ばかりの)部長を務める『戦争同厭会』なる謎部活動。そこに俺と奇如月さんは属している。部員はもう一人居て、二つ上の先輩・鶴見さんかく。設立当初はもう一人居たのだが、何かしらの理由があって辞めた。大して接点も無かったからだろうか、記憶の中のソイツは靄がかかったように顔も名前も覚えちゃいない。それくらい影が薄い奴だったのだろう。何せ俺は未だにクラスメイトの顔さえ覚えきれていないんだ。


 戦争同厭会の活動指針は、書面上では何かそれらしいコト──それはもう生徒会やら教員連中やらを黙らせるような立派なモンよ──を書いた気がするが、それに即した活動を行っていない。やったことと言えば、素人レベルの映画撮影だけだ。それもいつ公開するのか、どこで公開するのか、誰が映像素材を映画の体に整えるのか、何も決まっちゃいない。ただ撮影しただけの、ホームビデオと大差の無い映像の束だけがビデオカメラのメモリーと、学校貸与の部室PCに眠っている。


 誰が言い出したんだったか……どうせ鶴見先輩あたりが「時代はYouTubeだろう!」とでも言ったんだろ。だったら公開場所もYouTubeか? 知らんが。少なくとも俺が発案者でないのは確かだ。


 必要な映像を撮り終え、オールアップを祝して遊びに出掛けた日、新宿ガス爆発事故が起こった。不運にも新宿近辺に居た俺達は……うん、何やかんやあって期限未定の帰省に踏み切ったはずだ。「はず」と言うのは、どういう訳か事故当日から少しの間の記憶があやふやなのだ。事故のショックによるものだと奇如月さんから説明されたし、電話口の鶴見先輩も「遊葉クンは爆風で吹っ飛んだからね!」などと抜かしていた。だったら無傷なワケが無いだろ。


 奇如月さんを帰省のお供に誘ったのは、多分俺だ。彼女が自ら付随を名乗り出るほど自意識のある奴とは思えない。ガス爆発事故で大きなショックを受け気が動転していた、あるいは途方も無い不安感に駆られていた俺が、最も身近な彼女に付いてきてほしいと懇願したのだろう。想像するに、一人の男が同い年の少女に「寂しいからついてきて」なんて頼むシーンは、さぞ惨めだったであろうよ。記憶に混濁があって良かったと思える唯一の点である。


 かくして、俺は何にも追われぬ平穏な生活を送っていた。起床時間も自由、就寝時間も自由、日中の過ごし方さえ自由という、同年代の少年少女が喉から手が出るほど羨む自堕落な生活である。「平日があるから休日にありがたみが持てる」なんて嘘だね。誰だって休日が続く方が幸せに決まっている。それこそ、夏休みを一五四九八回だって繰り返そうとも抜け出したいなんて考えないだろう。


 何故って? 日常は退屈だからさ。


 この世界のどこにも、ライトノベルのヒロインは存在しない。だってのに、主人公のなり損ないみたいな奴は居る。居過ぎる。石を投げれば、ってやつだ。かく言う俺だってそうだ。どちらかと言えば無気力で、どちらかと言えば平凡で、どちらかと言えば正義感も……多分ある。何が足りないのかと言えばそりゃヒロインの存在だ。奇如月さんは断じて違う。確かにライトノベルヒロインばりの美貌と個性を持っているが、可愛いだけではヒロイン足り得ない。何かがこう、決定的に欠損しているのだ。それは地下数十キロメートル地点を我が物顔で占領するマグマばりの熱意なのかもしれないし、突然売れて二年後にはテレビから姿を消す一発屋芸人ばりの強烈で意固地とも言えるアイデンティティなのかもしれない。あるいは自我とも。奇如月さんの正体が「人殺しの魔術師」で悪い魔術師を殺す使命の為に戦っているとかであれば、途端にヒロイン番付トップに躍り出る。ついでに近くに居る俺は主人公に格上げって訳だ。


 結局のとこ、現実はどこまでいっても現実である。「現実は小説よりも奇なり」は真っ赤な嘘だ。現実が退屈だから物語が生まれるのだ。現実で起こり得ない大事件を文字に起こすからこそ、小説は求められるのだ。小説が映画やドラマ、アニメに置き換えられても構わない。だってほら、夏の夜が退屈だからって悪戯好きの妖精は現れんだろう。


 だから俺は小説が好きだ。



「遊葉さんは────」



 帰省期間中、奇如月さんに質問をされた。



「────後悔していますか?」



 してるよ。いくらでも。どうせつまらない現実を少しは楽しいものにしようという努力を怠った。父と母の間を取り持てなかった。母の堕落を止められなかった。所詮その程度の後悔だ。今更どうこう言って今や未来が変わるでもない。


 遊葉後悔譚の一つ一つを、奇如月さんは興味深そうな表情を取って──それは嘘だな、静かに耳を傾ける彼女の姿を俺が勝手にそう捉えていただけだ──聞いてくれた。


 そして彼女は、



「安心しました」



 と。


 何がどうして安心できるのやら。奇如月さんは相も変わらず不思議な人間だ。



「いつ帰るかね」



 夜の自室での会話だったか。ベッドを奇如月さんに譲り、俺は来客用の布団を床に敷いて陣取っている。



「お任せします」


「ンなこと言われたら一生帰らないかもしれないぞ」


「遊葉さんがそれを望むのであれば、末路はそれに従います」



 莫迦言うな。それじゃまるで嫁いできたみたいじゃないか。そんで挙式で馴れ初めを聞かれた時に「カラオケボックスで話し掛けられました」とか説明するつもりかよ。俺がチャラついた軟派野郎に思われるじゃないか。ごめんだね、そんな将来は。



「六月中には帰っとくか。油断してると夏休みが来ちまうし」



 このまま夏休みに突入してみろ。明けた九月一日、二度寝の誘惑に打ち克てる気がしない。







「────とか、言ってたよな」



 一方向に流れる窓外の景色を眺めながら、窓に反射して映る奇如月さんの顔に向かって言った。


 窓の外には一面の青色が広がっている。少し下を覗けば白がある。離陸時にはかなり揺れたが、ここまで登ればそうでもない。耳が遠くなるようなこともあるが、それは高度三三〇〇〇フィートの異世界冒険旅行体験のお約束として受け入れてやらんでもない。


 まあ早い話が、俺と奇如月さんは飛行機に乗っている。七月の頭の日である。何を突然に東京へ戻ろうと思い至ったかと言うと、そこにはこれまでの人生一五年と少しで体験した例のない、小さじいっぱい分のファンタジーエクスペリエンスに起因していた。




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