一幕その二:「SAVE THE CAT!」の法則
打ち合わせの為にビルを訪れた時、白色の陽光球は真上にあった。「次巻はこれで行きましょう!」と赤羽が手を打ったのは橙色の夕焼けが目線の高さに眩しい頃合いであった。
「チケット余ってるんで良ければ。まあ、原作者だから試写会で観てますよね。でも生の熱狂を浴びるのも悪くないんじゃないですか」
と、『転生王家』を原作とした劇場アニメのチケットを握らされて見送られた。そんなもん渡すならタクシー代を増やせと言いたい。
映画は好きだ。作品の良し悪しなど関係なく、劇場というあの空間が好きなのだ。臓に響く音に打たれ、視界と心の大部分を画に占領される。隣の席で息を飲む気配も乙なものだよな。人の感情が動く瞬間にこそ、作品は完成する。
新宿TOHOシネマズがある新宿東宝ビルを前に立つ。俺とビルの間には、陽の沈む速さよりも速くグラスを乾かす若い男達。高く目上には日本が誇る最大最強の怪獣ゴジラ様があらせられる。「どういう意味?」だって? GoogleEarthでも使って訪れてみれば良いさ。さては背の方で客を呼び込むのに必死な居酒屋のアルバイトも添えられ。全て無視し、新宿東宝ビルの正面エスカレーターに乗った。
開場には早かったらしい。ポップコーンは買わず、ビールだけ買う。観ながら飲むのではない、入場までの一杯だ。
店員からプラカップ入りのプレミアムモルツを受け取り、振り返った時だった。ロビーの隅っこに、吉原に入り浸る性豪のボロ家の隅っこで放っとかれた埃のように蹲る少年を見つけた。小学生か。近くに親らしき大人は居ない。友人らしき同年代人も居ない。
酒を口につけると、途端に楽しくなった。酔い回りが早い。打ち合わせで疲れていたのだろう、腹も空いていたのだろう。あるいは俺が、単純なのだろう。
「どうした少年」
考えるよりも早く声を掛けていた。それが当たり前の行動だと、少なくともその瞬間の俺は信じて疑いやしなかった。〆て税込み八八〇円もする割高酒のおかげである。
「……なくしたの」
「失くした? 何を」
「『転生王家』のチケット、おこづかい貯めて買ったのに、なくしたの」
俺の映画じゃねえか。……などと心中で傲慢垂れたのもきっと、血中アルコール濃度が一時的に増しているせいである。
「もう小遣い無いのか」あったら泣いてねえよな。
「あるわけないし」
断じられても、とは少々思った。
「ほれ、チケットやるよ」招待券だ、レア物だぜ。
「……いいの?」
「いいの。多分、また貰えるし」
赤羽は担当している作家どころか東京での友人も少ない。そんな男の手元に招待チケットが束のようにあるのだ。どうせ同人誌のページ数程度の枚数は余らせてるだろうぜ。
「ありがとうオジサン!」
「お兄さんな。……そんなに好きなの、『転生王家』」
「宇宙で一番大好き! ユースケがカッコいいから、おれも学校行けるようになった!」
ユースケとは『転生王家』に於ける主役の名である。俺の中学時代のクラスメイトから拝借した名だ。そのおかげで、いくら酷い目に遭わせても心が痛まない。むしろ快感でさえある。しかし何度でも立ち上がるから憎ましい。
「そりゃ良いや、きっと作者の遊葉先生も喜んでるよ」
「何で? なんかカンケーあんの?」
返せそのチケット、映画化に際して
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