二幕その七:噫、ラブコメだ
二週間の撮影期間を経て、全シーンの撮影が終了した。
編集は後回しにし、皆で部室に集まり、映像チェックを行っていた。ちなみに顧問の青木は欠席である。一度たりとも部活動に顔を出していない。元よりそういう約束であるしそういう男であるから、特段文句も浮かばない。
監督の山覚さんは、メープルシロップを禁じられプレーンのパンケーキを前にする子供のような物足りなげな表情を浮かべながら、こんな台詞を宣った。
「新宿が瓦礫の山になってる画が欲しいわね……」
不穏にして不謹慎な発言をする監督が居たもんだ。だが残念ながら、我が戦争同厭会に高度なCG技術を持った部員は居ない。従って、その画を撮るには実際に新宿を瓦礫の山にしてしまわねばならない。そんな悲惨な光景を俺は二度と見たくない。
「まったく、末路ちゃんはカメラ映りが良すぎるというか美形が過ぎるというか……毎晩溺れるほど美容液を顔に浴びせて乳液と保湿パックも忘れないさんかくちゃんが霞んじゃうよ」
奇如月さんの正体を鶴見先輩は知らない。だから俺は何も言うまい。
映画のあらすじはこうである。近未来、日本は西と東に分裂し内戦を起こしていた。奇如月さんが演じる主人公の少女Aは東に住んでいる。西に住んでいた恋人に会うべく約束の場所を目指すも、その道中で恋人のパートナーを名乗るBが往く手を阻む。Bは鶴見先輩が演じた。恋人との愛を信じるA、パートナーを危険な目に遭わせたくないBの二人は初め対立するもやがて絆が芽生え、共に東西境を越える為の決死の旅に出る。マフィアに捕まったり、AとBの間に恋愛感情のようなモノが生まれたりと要素は盛りに盛られているが、簡単に言えば金色の羊毛を目指すロードムービーということになるだろうか。
PCの真正面を陣取り、映像に夢中になっている山覚さん。未来人からすれば、この時代のビデオカメラで撮影された映像はレトロ映画のような趣を感じるのかもしれない。
「編集は明日から取り掛かりましょう」
映像チェックが終わり、山覚ツヅキが言った。語尾に「遊葉先生が」と付け足されよう。
奇如月さんと鶴見先輩が帰路に就いたのを確かめ、俺は山覚さんをある場所へ連れ出した。戦争同厭会の設立に協力すると申し出た、新宿中央公園である。
「こんな所まで連れ出して何の用?」
報告の為である。できれば残りの二人には聞かれたくない。奇如月さんに対しては罪悪感、鶴見先輩に対して恥ずかしさがあったからだ。
「映画撮影の裏でな、続けてたんだ」
「何よ」
「執筆。勝手で悪いとは思ってるが、戦争同厭会をモデルにした「学園ラブコメ」を書いてたんだ。もちろん個人の特定には至らないよう細心の注意を払ってるよ。で、昨晩なんだけど────」
スマートフォンを起動し、あるメールを開いて山覚さんへ見せた。
「打ち合わせ日程の、相談……どういうこと?」
「未来で俺の担当をしてた編集者のメールアドレスに企画書を送りつけたんだ。そしたら大絶賛。〝今〟の売れ線だし設定に目新しさもある、是非出版に向けて前向きに話をしたいって、向こうから返信が着たんだよ」
「それって……っ!」山覚ツヅキの瞳が輝き揺れた。
「俺、「学園ラブコメ」が書けるみたいだ。もちろん、打ち合わせをしていく中で断念する可能性もあるけど────うぉッ!」
山覚さんの小さな身体が俺を抱きしめていた。勢いに負け、彼女諸共に俺の無防備な背中から地面に倒れ込んでしまった。身体の全てが柔らかく、震えていた。その震えが喜びゆえなら、俺も嬉しい。
「やったじゃないっ! これできっとパパも……あっ、ちょっと待ってねっ!」
山覚ツヅキは立ち上がり、右手の人差し指で自分の左手首に軽く触れた。突然虚空からスマートウォッチのようなデバイスが現れる。彼女がそれを操作すると、空中に半透明のパネルが投影された。更に投影されたパネルを指で触れて操作する。彼女が何をしているのか分からない俺は、THE・未来とも言えるその光景を興味深く観察していた。
「……〇.〇〇%」
「何が」
「……このタイムラインで第三次世界大戦が起こる確率よっ!」
「それって、つまり」
「パパも世界も、ぜんぶ救われたってことっ!」
山覚ツヅキは再度、地面に座り込んでいる俺に覆い被さるように抱き着いてきた。彼女は満面の笑みを浮かべていた。苦しい少女期を送った彼女だ、その全てが今、報われたのだろう。
「それともう一つ伝えたいことがあるんだ」
この二週間、ずっと心に引っ掛かっていた。
立ち上がり、山覚ツヅキに正対し、真っ直ぐ彼女の目を見つめた。
「伝えたいこと……? ……っ! だ、だめよっ! それは「時間移動の五原則」に抵触するからっ! 絶対だめだからっ!」
「ごめん、俺が悪かった」
「はぇ?」
「顧問を捕まえた時、俺は山覚さんの覚悟を軽んじた発言をした。「謝らない」って言った手前気まずくてさ……でも考え直したんだ。あの時の俺は何と言えば良いか、共感性に乏しかった。山覚さんの気持ちを何も考えてなかったんだ。だから、遅れたけど……申し訳ない」
「……何よそれ」
「本当はもっと早く謝りたかった。でも撮影が進むにつれて山覚さんも映画にのめり込んでいっただろう。それに水を差すのは悪いと思って、だから撮り終えてから謝ろうと思ってたんだ」
「はぁ~」と、山覚ツヅキは深く長い、わざとらしい溜息を吐いて見せた。
「な、何だよ……」
「そんなくだらない理由で悩み続けてたなんて……流石、遊葉先生って感じ」
「どういう意味だよ!」
「スッゴク優しい人だって意味よ」お返しとばかりに、まっすぐ見つめ返された。
山覚ツヅキは笑顔だった。とても優しい表情だった。
「ねえ、遊葉先生」
「……何でしょうか」
「アタシ達、友達にならない?」
「……はぁ、それは別に構わないが」
「ほんとっ! ふふっ、ふふふ……っ」
幼気な笑顔を見て、逆説的に山覚ツヅキという少女の過去が目に浮かんだ。だがそれはもう、過去なのだ。
「友達だから、その……遊葉、くん……とか呼んでも、良いのかな……?」
遊葉くん、か。何だかむずがゆい響きだ。羽毛で全身を撫でまわされたってこんな感覚にはなるまい。あの山覚さんから君付けだなんて、妙な気恥ずかしさがある。
それならむしろ。
「呼び捨てで良いよ。俺もツヅキって呼ぶ、友達だからな」
その方がずっと、彼女らしい。
「よ、呼び捨て……っ! いいっ! すっごく良いわ呼び捨てっ! ねえ遊葉っ!」
「はいはい、何だツヅキ?」
「別にっ! 呼んだだけっ!」
キャッキャと喜びを放出させる────ツヅキは、まるで春の妖精のようだ。
何度か名前を呼ばれ、その全てが「呼んだだけっ!」であった。
陽が落ちるまでツヅキと共に過ごした。映画撮影中の思い出、俺の過去、ツヅキの過去など多くのことを互いに打ち明け合った。
「これ、遊葉に持っててほしいの」
何てことない、少し古びた万年筆だった。それは奇しくも、俺が祖父から貰った万年筆と同じデザインをしていた。なに、今更こんなファンタジックロマンスに驚きやしないさ。時を越えるだとか魔法少女の実在だとか機械仕掛けの美少女と出会った俺だ、今更万年筆のデザイン一致なんぞ現実的な方だろ。
「これは?」
「アタシの家系に伝わる宝物、家宝って言うの? でもほら、今更手書きで文字を書く機会なんて無いじゃない。だから、作家の遊葉に持っててほしいの」
人の家の家宝を譲られるのは余りにも重すぎる贈答品だ。だが、ツヅキはそれだけ俺を信用し、感謝してくれているのだろう。
ならばそれを断るのも無粋というものだ。
「ありがとう、大事に使うよ」
時を越えて出会った二人。万年先まで使える筆。なんとロマンチックな贈り物であろうか。
作家遊葉は呟いた。
「噫、ラブコメだ」
春の夜風が心地好い、二一時の帰宅時であった。
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