第16話:ヤンデレ妹

 学校の宿題を終わらせ、後は寝るだけとなった時間帯。

 ベッドで静かにマンガ本を楽しみ、眠気が襲うのを待っていると。


「あぁーもう、兄様の小説を読むと胸の奥がキュンキュンしますー♡」


 スマホ片手に俺の部屋に入ってきたのは。

 黒と白。

 相反する二つの色で彩られた髪を靡かせる一人の少女。


「人様の部屋に入る前は、ノックぐらいしろッ! 柚葉ユズハ


 佐倉柚葉サクラユズハ。何を隠そう、俺の実妹だ。

 今日も今日とて、お気に入りの黒白水玉模様服を身に纏っている。

 パンダを模倣して作られており、フード部分には耳まであるのだ。


「もしかして……兄様。何かエッチなことしてた?」

「してねぇーよ! ていうか気付いたら、そっとドアを閉めてあげてぇ〜」

「でも、今日はハァハァ言ってた気がする。夕食のときも」

「ハァハァじゃなくて、はぁーね。溜息だよ、溜息」


 本日の昼休み、黒羽皐月が放った言葉が離れないのだ。

 何のために、小説を書くのか。どうして小説を書くのか。

 黒羽皐月にとって、面白い小説とは何なのか。

 彼女はそれをしっかりと言語化し、答えを既に持っているのだ。

 でも、俺はまだ——。


「溜息だったんだね、ユズに興奮してたのかなと思ってたのに」

「妹に欲情するかっ! 逆に興奮してると思われてるって、俺はどんな人間だ!」

「で、どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」


 可愛らしく小首を傾げる妹に、小説の悩みを打ち明けようとしたところ。先に柚葉から質問攻めされる形になってしまった。


「可愛い女の子に騙されて、高い壺とか絵画を買わされちゃった? 悪い先輩に捕まって、毎週数万円渡さないとお仕置きしちゃうぞとか言われちゃった?」


 へぇ〜。

 柚葉のなかでは、俺ってこんなに頼りない扱いされてるんだなぁ〜。

 妄想モードに入った柚葉はぶつぶつ呟きつつも、優しく俺の肩を叩いて。


「でも大丈夫だよ、お金の心配は。ずっとずっとユズが養ってあげるから」

「養われる兄の気持ち考えたことあるか?」

「俺が妹に養われるわけがないッ!」

「何、そのタイトルから抜き出してきましたみたいな感じ〜。ちょっといいじゃん」


 柚葉は中学生ながら株式取引を行い、利益を生み出している。

 学校にも通えない引きこもり娘だが、その余りある時間を有効活用しているのだ。


「小説の悩みだ。面白い小説とは何かってな。分かんなくなっちまった」

「あっ! つ、遂に兄様も、その境地に立ってしまったのですかッ!」

「何だよ、その自分は以前から気付いてました感はッ!」

「兄様の小説は最強です。しかし、一つだけ欠点があるのです」


 悲しそうにうつむきがちに柚葉は言った。

 ニコニコ笑顔は消え去り、真剣な表情だ。


「妹キャラがメインヒロインではないからです」

「えっ?」

「妹キャラがメインヒロインではないからです」


 あ、完全に忘れてた。

 柚葉は妹キャラ至上主義だったっけ?

 どんな作品であれ、妹キャラが勝たないと気が済まないのだ。


「メインにする必要があるのか?」

「あります。妹キャラは男性心を鷲掴みにするんです」

「男性心じゃなくて、ただのオタク心だろ」

「失敬な。現実世界では理想の彼女を、妄想上では理想の妹を求めるんです」

「妹キャラ幅きかせすぎだろ〜。24時間テレビの大御所歌手かよ!」

「それだけ正義ってことです。可愛いは地球を救うんです!」


 他にも、と人差し指を突き出して、柚葉は言う。


「妹キャラをメインに添えることで、普通のイチャラブ作品から現在の日本を司法の観点から考える社会派ラブコメに昇華することができるんですッ!」

「おい、すげぇーな、妹キャラ。具材が焦げたあとのカレー粉ぐらい便利だなッ!」

「人気に火がつけば、ネット番組の近親婚問題でコメンテーターぐらいなれますよ」

「ニッチな部分狙いすぎだろッ! その角度狙えるの全盛期のダルビッシュぐらいよ」


 柚葉の妹推しは分かった。

 だが、しかし、ちょっぴり大人な俺は教えてやるか。


「兄妹ラブコメを書いたとして、最後はどうするんだよ? 結末は」

「永遠のキスでお互いの愛を誓い合い、晴れて結婚です。そして二人は幸せな日々を送りました、めでたしめでたしですよ。これぞ、正に幸せな形なのですッ!」

「現実世界で血の繋がりがある兄妹結婚って認められてないだろ?」

「そこはアレです。『この作品はフィクションです。実在の人物や団体とは〜』というのを使えばいいんです!」

「果たして、それで読者が納得するだろうか」

「納得するはずです。読者は不条理が多い世の中に対し、憤りを感じているんです。だからこそ、それをほどよく発散してあげることが大切なんですよー」


 その後も、俺と柚葉は妹キャラについて語り合った。

 と言っても、柚葉が妹キャラを押し売りするだけなのだが。


◇◆◇◆◇◆


「——というわけで、妹キャラというのは、一番主人公の身近で想いを寄せているんです。でも、それが報われない。それって大変可愛想だと思いませんか? 幸せにしてあげないといけないと思うんです。ハーレムラブコメが最後は失敗するのは、妹キャラを——」


 妹キャラ最強のヒロイン説を話していたのだが。

 途中で、柚葉は異変に気付いてしまうのであった。


「——って、あれ……? 兄様?」


 兄が寝ているのだ。熟睡しているのだ。

 柚葉は海斗の肩を揺さぶってみる。

 だが、全然起きる気配はない。

 干したてのふかふかベッドで眠っているようだ。


「もしも〜し」


 もう一度声を掛けてみるが、効果はない。

 でも本当に寝ているのか、ちょっと気になってしまう。

 ほっぺたをツンツンと触ってみる。でも起きない。

 それならば——。


「ほっぺたにチュウしちゃいますよー?」


 愛する兄の耳元で囁いてみる。

 ここまでして起きなければ、本当に寝ていると判断していいだろう。

 だが、起きない。カマをかけてみたのに。


「(でもこれはいいチャンスでは……?)」


 目線を移す。

 充電中のスマホを発見。


「無防備になるからダメなんだよ、兄様」


 浮気チェックと称して、夫のスマホを確認する妻のように。

 柚葉は素早く大好きな兄のスマホを手に取った。


「うっ!! で、出たか!」


 だがしかし、彼女の前にはロック設定が立ちはだかる。

 海斗も一端の男子高校生、誰にも言えない、見せられないブツが入っているのだろう。

 それでも、兄を想う妹の手は止まらない。


「残念、パスコードは全部お見通しだよ?」


 パンダコーデの少女は意図も簡単に解除成功してしまう。

 長年連れ添ってきた妹力を遺憾なく発揮だ。

 手慣れたように、スマホをフリックし、妹萌え作品をブックマークする。


「えへへ……これで兄様も少しは妹萌えするはずです」


 本人の中では完璧な作品だと思っているらしい。

 逆効果にしかならないのだが。


「ユズのことだけ見てればいいんだよ」


 不気味にそう呟いたあと、柚葉はLIMEを確認した。

 大好きな兄の女性関係を調べているのだ。

 別に悪気があるわけではない。

 あくまでも、これは——。


「そう、兄様に変な虫が寄り付かないように……」


 子離れできない息子大好きな母親のように歪んだ愛を持って。

 佐倉柚葉は愛する兄の連絡相手を一人ずつ確認していく。


「ん……? この女は……」


 ——椎名志乃——


 見慣れない言葉の羅列だ。


「新しい女を作ったんだ? それもとっても仲が良さそうだね」


 寝ている兄に小声で、柚葉はそう囁いた。


「これだけユズが愛してあげてるのに、まだ満足できないの?」


 壊れた笑みを浮かべたまま、柚葉は大好きな兄の隣へと寝そべった。

 そして、兄のたくましい腕を自分の肩に乗せ、ピタッと海斗に寄り添うのだ。

 まるで、行為が終わったあとの、恋人同士のように。


——パシャ——


「えへへ……いい感じに撮れたね。バッチリだよ」


 可愛く撮れた柚葉はニコニコ笑顔を作ったあと、ひとつの細工を施した。先程撮れたツーショットベッド写真を、兄のスマホ待ち受け画面にしたのだ。


 出来栄えの良さを確認し、柚葉は溺愛する兄の頭を撫でながら。


「ユズに養われて生きていけばいいんだよ、ずっとずっとこれからも」


————————————————————————

作家から


 突然連載を止めて申し訳ございません。

 実は流行病に感染し、完全にヘバッテいました。

 現在も、倦怠感がエグいです。

 今日からまたもう一度書くのでよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る