第17話:金髪ギャルの秘密

「海斗先輩、今日は迷子にならないでくださいね」

「迷子になった覚えはねぇーよ。人生という名の迷路には迷ってるけども」

「先輩はあっちこっちにウロチョロするから心配です、優柔不断だから」

「迷子ってそーいう意味ね。女性関係にだらしないってことかよ!」

「何はともあれ、今日の放課後は絶対に時間を空けていてください」


 椎名志乃との食事を取り終えた昼休み。

 俺は志乃ちゃんと別れたあと、教室へ戻ろうとしていた。

 だが、時計を確認。

 まだ授業まで余裕がある。


「久々にあそこへ行ってみるか」


 俺たちの学校には幾つかの自販機が設置されている。

 多くの生徒が購入するのは、教室から一番近くて目立ちやすい渡り廊下。

 しかし、そこは人気が殺到するため、売り切れが多いし、業者側も値段設定を高くしているのだ。それでも多くの生徒は他の自販機と比べず、現状の値段が当たり前だと思い込んでいる。資本主義社会怖いな。


「一本100円のカフェオレが、こっちは50円で飲めるってのになぁ〜」


 旧校舎と新校舎の中途半端な場所。

 物置で隠れて、周囲の目が全く目立たない自販機にて。

 なけなしの小銭で購入したカフェオレ片手に教室へ戻ろう。

 そう思って、踵を返したところ。


『ねぇ、お願い。私をどこか遠くへ連れて行って!』

『怪盗さん、あなたならきっとできるはず。私を攫って』

『もしも、外の世界に連れ出してくれるなら、何でもするわ』


 演技かかった声に導かれるように、俺の足は勝手に動いていた。

 そして、曲がり角に差し掛かったとき——。


『退屈な日常から抜け出したいの。だから、お願い——』


 日差しが全く当たらない日陰の日陰。

 一度も使ったことがない学校施設へと繋がる階段。

 そこを舞台にして、一人の女子生徒が魂の叫びを上げていた。


「あっ……」


 あ、やべぇ。目が合った。

 そう思った瞬間には、金髪少女は演技とは程遠い悲鳴を上げるのであった。


「あ……あっ……うわああああああああああああああああああ〜〜〜〜」


 金枝詩織カナエシオリ

 茶色の瞳に金色のロングヘア。耳にはピアス。

 胸元は緩めで、もう少しで下着が見えるんじゃねと男心を擽ってくる。

 俺のクラスで一軍に属するギャルという生き物だ。

 オシャレに興味あります感半端ないクラスのマドンナ。


 ともあれ、関わったら、面倒そうだな……。


「うっ……ッ!! な、なななななな何見てんのよ!」

「何も見てねぇーから安心しろ。お前がメルヘンチックな夢持ってても、誰もバカにしないし、言いふらしたりしねぇーから」

「ガッツリ見てんじゃん。ていうか、これは演技の練習よ、演技の練習!」

「おい……まぁーそういうことにしといてやるから……んじゃあ、また」


 話は終わりだ。

 そう思って逃げ出す俺の腕を掴まれてしまう。


「勝手に帰るなッ! ていうか、いつから見てたわけ?」

「ねぇ、お願い。私をどこか遠くへ連れて行って! ぐらいじゃないか?」

「ううっ……めっちゃ前からじゃん。てか、マジでキモい。アンタみたいな不埒な男に覗き込まれたなんて……吐き気がするんだけどッ!」

「大丈夫か? もしかして、俺で想像妊娠しちゃったか?」

「…………き、キモい……マジでキモいッ!」

「んじゃあ、そういうことで……」


 気持ち悪い発言をすれば許されるだろう。

 もう近寄らないにしておこう。

 そう判断されると高を括っていたのだが。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいッ!」

「悪いが、想像妊娠はピル代も認知もしないから、ごめんな」

「そーいう問題じゃないわよッ! どう落とし前付けてくれるわけ?」


 落とし前……?

 何だよ、コイツ……マドンナじゃなくて女将なのかよ。


「指でも切り落とせばいいのか?」

「何言ってるのよ?」

「なら、去勢すればいいのか?」

「重すぎるわよ。ていうか、どーいう話してるのよッ!」

「こっちが気を使って何も見てない振りしてんだからさ。それに付き合えよ」

「無理でしょ、んなこと。あーもうこっちはめちゃくちゃ恥ずかしいんだから」


 金枝詩織はそう言いながら、紅葉した肌を押さえた。

 それから、淡々と自らの思いを語り出した。


「アタシ演劇部なんだけど、今度の劇で主演を務めることになったの」


 へぇ〜なるほどねぇ〜。

 主演を務めて張り切ってるから練習してるというわけなのか?


「張り切ってるのは事実だけど……どちらかと言えば不安かな?」


 不安? そんなふうには一切見えないけどな。

 俺が見る限りでは、金枝詩織という生徒はいつも自信満々だぜ?

 あんなに自信家なのは、野生のライオンと、金枝詩織ぐらいだと思うんだが。


「アタシをそんなふうに見ているのだけは十分伝わったわ……でも、アタシだって怖いのよ……不安なときぐらいあるわよ」


 ふぅ〜ん、主演と助演と言ってもあんまり変わらないだろ?

 緊張度合いとか責任感とかはあるかもしれないけどさ、楽しめばいいんじゃねぇーか?


「そ、それはそうなんだけど……今回の脚本は、生徒会長の白翼月姫さんが担当するかもって噂。だ、だから……あ、アタシめちゃくちゃ緊張してるの」


 白翼月姫。

 生徒が憧れる最強の生徒会長。

 圧倒的なカリスマ性を誇り、どんな偉業でも成し遂げる才女。


「でも、どうして月姫が脚本担当だったら緊張するんだよ?」

「あ、アンタ……去年の文化祭で演劇部が上演した伝説の舞台を知らないのぉ〜!! 座っていた客全員が涙を流して、最後には拍手が鳴り止まなかったあの感動的な一幕を!!」


 正月で集まった親戚のおじちゃんが語る武勇伝ぐらい興味ねぇーわ。


「あぁ〜もう本当に人生損してるわ。あの脚本、あまりにも感動して、他の学校でも流用してるぐらいだから。ていうか、あまりにも出来が良くて、シナリオ賞を取ったとか聞いたことがあるぐらいだからねぇ〜」


 去年の文化祭ねぇ〜。

 俺としては嫌な思い出しか残ってないんだよ。

 だからさ、演劇部連中の話なんてどうでもいいってか。


「要するに、お前はプレッシャーがかかってるわけだ。白翼月姫脚本の演劇を必ず成功させなければならないっって」

「そーいうこと。だからさ、アタシの邪魔しないでね、今後は」

「分かったよ。今後は極力ここ使わないから、んじゃあ、練習頑張れよ」


◇◆◇◆◇◆


 僅かに開いた教室の窓から風が入り、カーテンが揺らいだ。翻った先に見えるのは夕焼け空。時計を確認すると既に時刻は午後五時を過ぎている。


『志乃:ごめんなさい、少し遅れます!』

『志乃:教室で待っていてください』


 椎名志乃からの連絡が入り、俺は教室で寂しく彼女が来るのを待っていた。

 机で突っ伏して待つのも悪くないが、今にも飛びついて来そうな犬みたいな形相でこちらを見つめるギャル女に喋りかけに行くべきだろう。


「お前さ、こんなところで何やってんの? さっさと演劇部行けよ」

「う、うるさいッ! 別にアンタにそう言われる筋合いとかないんだけど!」


 金枝詩織は可愛い。それだけは認めてやろう。

 イマドキの女の子感溢れてて、男女問わずの人気者だ。

 オシャレには興味があっても、勉強には関心がないらしく……。

 春休みの宿題が未だに残っているらしく、今でも強制居残りらしい。

 自称進学校の悪しき伝統とでも言うべきだろうか。


「はぁー。勉強なら教えてやる。ほら、さっさとそのプリント見せてみろよ」

「えっ……? お、教えてくれるの?」

「暇だからな。少しだけだぞ」


——————————————————————————

作家から


椎名志乃→茶髪ショート

黒羽皐月→黒髪ロング

白翼月姫→銀髪セミロング

金枝詩織→金髪ロング


 ヒロイン全員出揃いました。(柚葉ちゃんはマスコットキャラ)

 一巻分の内容では、これ以上増えることはありません。

 ここから一気に物語は面白くなるので、どうぞよろしくお願いします!

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