第18話:ギャル女の進路調査

「あ、アンタって……天才なの。教えるの上手すぎでしょ」

「物事は論理付けて考える派だからな」

「本当にありがとう……たったの数十分で殆ど解けちゃった!」


 信じられない〜とでもいうような表情を浮かべている。

 通販番組に出れば大活躍できると思うね。是非ともメーカーの方々は、金枝詩織という人材を見つけて欲しいものだ。


「でも一番はこれが面倒なのよね〜。進路調査表」


 進路調査票。

 二年生という時期から、ちょくちょく提出を迫られるものだ。

 俺はもう出したが……コイツはまだ出してないのか。


「これって春休みの宿題だろ?」

「そうだけど……全然思い付かないの」

「適当に進学しますとか書いてればいいんだよ」

「そーいう問題じゃないのよ、真剣に考えたいの」


 金枝詩織はギャルだ。その癖に、根っこは真面目らしい。


「俺さ、お前のこと勘違いしてたわ」

「えっ?」

「意外と真面目なんだな」

「意外は余計よ」

「大人はお前が出した答えに嫌な顔をするかもしれない」


 それでもさ、と呟いてから、イケメンスマイルを浮かべて。


「どんな結論でも俺は応援するぜ」


 グッチョブと親指を立てた瞬間、机に置いていたスマホが落ちてしまった。

 金枝側に落ちてしまったらしく、彼女が取ってくれた。

 垂れ下がった金髪が元に戻ると同時に——。


「何この美少女?」

「ありがとう、てか、えっ?」


 金枝詩織が見せつけるスマホに表示されているのは——。

 黒と白が入り乱れた髪を持つ少女。

 可愛らしいパンダ服を着ている彼女は俺の隣を陣取り、ニコニコ笑顔だ。


「……アンタって援助交際でもやってるの? これ高校生じゃないよね?」

「おい、何か誤解してるぞ。俺は何も悪いことしてない」

「なら彼女なの? この美少女ッ!」

「別にお前には関係ないだろ? てか、さっさとスマホ返せッ!」


 奪われたスマホを取り返そうとするのだが。

 金枝詩織は椅子の下に隠してしまうのだ。

 取り返して欲しければ奪ってみろ。ただし、やれば殺すし、一生変態扱いしてやるという意思表示が垣間見えるのだ。


「あぁ〜くっそぉ。柚葉の野郎……な、何てことを……」

「柚葉って言うんだ、この女の子」

「何だよ、浮気相手を知った妻みたいな言い方はッ!」

「で、どうやってこんな可愛い女の子と繋がったのよ。アメ? ジュース? それともゲーム? どれを使って家まで連れて行ったのか教えなさい!」


 家まで連れて行く手段が、全部犯罪者の手口じゃねぇーかよ。


「柚葉は妹だよ、妹」

「妹……そ、その響きだけで羨ましいわ。お兄ちゃんとか呼ばせてるの?」

「お兄ちゃんじゃなくて、兄様が多いな。俺の家は」

「様付けって……いや、家庭環境の問題だし深く考えるのはやめとくわ」


 ブンブンと頭を振ったあと、金枝詩織はビシッと指差して。


「アタシに柚葉ちゃんを献上しなさい!」

「お前何言ってるんだ? 頭大丈夫か? 大分、ヤバイこと言ってるぞ」

「一目惚れしたの。柚葉ちゃんにもうズッキュンなの。会いたいの」


 贔屓目にして、柚葉は可愛い。実際にあまりにも可愛すぎるという理由で、以前問題を起こしたことがある程度だ。まぁ、わざわざ語ることはないがな。


「ていうか、アタシ柚葉ちゃんのお姉ちゃんになりたい!」

「金枝さん……マジでさっきから何言ってるの?」

「別に深い意味はないの。一緒にお洋服買って、それでー美味しいパフェを食べてー、あははは考えただけで頭の中が幸せぇ〜〜〜〜〜」

「おいおい、勝手に話を進めるな! 柚葉の気持ちも考えろよ!」

「あっ!!」


 何を思ったのか、金枝詩織は進路調査の用紙に記入し始めた。

 スラスラ〜とペンを走り終わらせ、ニッコリ笑顔を向けて。


「で、できたわ。アタシの進路が見つかったわ!」

「お、それは良かったな。それで何になったんだ?」


 ニコニコ笑顔が少し嫌な予感がするけれど。

 でも夢が決まったというのはいいことだと思う。


「ジャジャーン」


 調査用紙を俺に見せつけてきた。

 そこには『柚葉ちゃんのお姉ちゃんになる』と書かれていた。


「どう? 完璧だと思わない?」


 ふふんっと自信満々に言うけどさ、どんな思考回路してんだ?

 前言撤回。コイツの夢が決まったことは悪いことだ。


「おい……金枝。お前、それはやめといたほうが……」

「何、アンタ。さっきはどんな夢でも応援すると言ったくせに」


 ギリっと睨まれてしまったので、俺は何も言うまい。

 ただ絶対にやり直しだと思うんだけどなぁ〜。


「あ、って、やばッ! 今日バイトだったぁ〜」

「バイト……?」

「というわけで、アタシもう帰るね。今日はありがとう、勉強教えてくれて」


 金色の長い髪を揺らして、ギャル女は帰ってしまった。


◇◆◇◆◇◆


「ごめんなさい、長時間お待たせしてしまって」


 金枝詩織が教室を出て行ってから数分後。

 志乃ちゃんが急ぎ足でやってきた。

 来るなり、頭をペコペコ下げて、俺のほうが申し訳なかった。


「いや……いいよいいよ、別に俺は暇だからさ」

「先輩の貴重な時間を奪ってしまいました。お金払います」

「払わなくていい、てか札を出すな、札を」

「なら、身体で払いますので許してください」

「お金とか身体とかの問題じゃねぇーんだよ」

「なら……わたしは何をすればいいんですか?」


 どうしたの、志乃ちゃん。

 自分の存在価値を全て否定されちゃいましたみたいな表情は。

 俺って、別にお金も身体も要求したことがないんだけどなぁ〜。


「志乃ちゃんはアシスタントだろ? 俺に小説を書かせればいいんだよ」

「あ、そうでしたッ! それでは行きますよッ!」


 椎名志乃に引っ張られる形で、学校を出た。

 それから最寄駅で電車に乗り、一番市内で栄える街へと到着した。


「んで、どういうことだ……? ここは」

「海斗先輩が喜んでくれるかなと思い……い、嫌でしたか?」


 立て看板には可愛らしいメイド服に身を包んだ女の子達の写真。

 その横には、柔らかなフォントで店舗名がしっかりと書かれている。


 これってどこからどうみてもメイド喫茶だよな……?

 生まれて一度も踏み入れたことがない未知の領域だ。


「おい……マジで入るのか? 黒スーツの怖いお兄さんに捕まったりしないか?」

「大丈夫ですよ、エッチなお店ではないんですから」


 志乃ちゃんはグイッと俺の腕を掴んで、階段を上がり店内へと入っていく。

 カランカランと鈴の音が響き渡る。

 それと同時に何処からともなく——。


「おかえりなさいませー」という甲高い声が!!


 極度の緊張で足が竦む俺と志乃ちゃん。

 そんな初めてのお客様である俺たちの元に、一人の若いメイドさんがやってきた。


「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様」


 深々と頭を下げるメイドさん。

 背中まで伸びた長い金髪。

 窮屈そうな胸元が前屈みになり、ボリュームを増している。

 ましてや、スカートの裾が短く、ふくよかな白い太ももを覗かせているのだ。


「それではご主人様、お嬢様。今から店内紹介を始めます」


 顔を上げたメイドさんが説明してくれたのだが。

 一瞬にして、お客様に見せてはいけない顔へと変貌してしまった。


 回りくどい言い方は嫌いだから、端的に述べよう。


 クラスのマドンナ——金枝詩織はメイド喫茶で働いていたのだ。

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