第19話:クラスのギャルが、メイド喫茶で働いてる件
誰もがメイドと連想する際に思いつく白と黒のフリフリ衣服を身に纏い、頭には猫耳。
金枝詩織も俺の存在に気づいたのか、ギロリと睨みつけながらも、表情はみるみる赤く染まっていく。
「ここやっぱりやめねぇーか?」
「メイド喫茶はお気に召さなかったですか?」
「いや……そーいうわけじゃないけどさ」
志乃ちゃんは部屋の中を見渡し、目をキラキラ輝かせている。そして「可愛いですー」と小さく呟いていた。そのまま
「当店は初めてご利用なさいますにゃん?」
「おい……どうしたんだ? 語尾が変だぞ」
「ご主人様、どうかなさいましたにゃん。これが普通だにゃん」
「海斗先輩、ここ猫耳メイド喫茶なんです」
詩織の表情を確認すると顔を引きつらせながら笑みを浮かべていた。プロ根性だ。そのまま、初めてのご利用者向けの説明を受けた。にゃんにゃんという語尾が気になって仕方なかったが、この店は色々とルールがあるらしい。
「それでメニューはどうするにゃん?」
「ええと……どうする? 志乃ちゃん」
「好きなものを選んで大丈夫ですよ。今日は全部わたしが払いますから」
そんな意味で言ったわけではなかったのだが……。何だか母親と一緒にご飯を食べに来て「好きなものを何でも食べていいからね」と言われてるみたいだなぁー。
「じゃあ、俺はオムライスとメロンクリームソーダかな」「私はパンケーキとカフェラテで」
「かしこまりましたにゃん。少々お時間お取りするにゃん。ご主人様の為に愛情を込めてお作りするにゃん」
「ご……ご主人様って……ぷぷっ」
思わず、俺は吹き出してしまった。
クラスのギャルが語尾に「にゃん」を付けるのが新鮮でな。
「どうかなさいましたにゃん……? ご主人様」
金枝詩織の怒りはピークに達したらしい。俺の足を思いっきりグリグリと踏んできたのだ。本気で指を折りにきている。
「何もありません。本当にすみませんでした」
俺が平謝りすると、金枝詩織は殺気を漂わせながら厨房へと戻っていった。
あー、た……助かった……のか?
「海斗先輩。感じが悪いですよ。メイド喫茶に来て、はしゃぐ気持ちは分かりますが」
「別にはしゃいでるわけではないんだがな……」
「ニタニタしてメイドさんに興奮してるんですか?」
「俺は欲情マシンか! 可愛ければ誰でもいいと勘違いするな!」
ポケットの中に入れていたスマホがけたたましく振動する。
LIME通知20件の文字。うわぁ……一体誰だよ、こんな連絡をする奴は。
全て『詩織』と名乗るユーザーからのものだった。
『詩織:アンタ、一体どういうつもりなのよ!』
『詩織:ねぇー何? 嫌がらせ? 人様のバイト先に訊ねて優越感浸ってるの?』
『詩織:絶対許さないから。絶対に許さないから』
「怨念が込められたLIMEが立て続けに届いてますけど?」
「気にするな、てかよく分かったな!」
「同じ香りがしたので」
「同じ香りって……志乃ちゃんも怨念込めてきてんのかよ!」
その後、既読が付かなかったことに業を煮やしたのか、詩織はスタンプを立て続けに送ってきやがっていた。また一件ポツンと送られてきた。
『詩織:既読付けてるの。分かってるんだから。早く返しなさいよ!』
どうやら返事を返さないことに苛立っているらしい。怒りマークのスタンプも一緒だ。
『海斗:悪かったよ』
偶然入ったメイド喫茶で働いていたのはクラスメイト。たったそれだけでなぜ俺は怒られてしまうのだろうか。普通は、逆に来てくれてありがとう。利益になるから助かるぐらい言ってくれてもいいと思うのだけど。
『詩織:分かればいいのよ。分かれば。明日は覚悟しておきなさい。コテンパンにしてやるから……』
あぁ、不登校児ってこうやって生まれるのか。
視線を戻すと、志乃ちゃんがジィーと見てきていた。
「あ、ごめん……スマホ触ってて」
「大丈夫です。わたしよりも重要だったんですよね? スマホよりも」
「スマホよりも志乃ちゃんが大切だよ! 石ころと宝石ぐらい違うよ、マジで」
「気にしなくて大丈夫です。私は全然気にしてないので」
言葉では気にしていないと言いながらも怒ってるように見える。
ここは話題を変えるか。
「んで、どこがラブコメの勉強になると思ったんだ?」
「メイド喫茶は理想のヒロインを知るチャンスです!」
ぽかーんとする俺の顔を見て、志乃ちゃんは補足してくれた。
「前にも言いましたが、結局、ラブコメ作品はヒロインゲーなんです。ヒロインさえ可愛ければ、それだけで価値が生まれるんです。主人公が女たらしなクズ男だったとしても、そんな男を支える健気なヒロインを生み出せば、読者は応援したくなります」
「主人公へのヘイトが溜まって……殺害予告が出るパターンだと思うんだが」
「今現在も殺害予告が出てる先輩が言うと説得力ありますね」
「初めて知ったよ、殺害予告が出てるって。知らぬが仏というが、マジでその通りだな」
「死ぬときも一瞬で終わるので安心してください」
「あぁ〜それなら安心だなって、待て待て。逆に不安が高まるわ!」
二人で楽しく談話していると、メイドさんが注文していたメニューを持ってきた。
「ご注文していた、オムライスにゃん。熱いからゆっくり食べるんだにゃん」
金枝……無理して笑みを作らなくていいんだよ?
ていうか、頑張ってるけど、ちょっと涙目なってるんだけど。
普段は高飛車な女の子が辱められる姿は性癖を擽ってくるけどさ。
「今からご主人様には、一緒に美味しくなる魔法を唱えてほしいにゃん」
「魔法……?」
首を傾げる俺に対して、金枝詩織扮するメイドさんは両手を合わせてハートを作って。
「萌え萌えきゅんきゅん♡ ご主人様のお口にミラクルアタックどきゅんどきゅん♡」
悶え死んでるじゃねぇーかよ。
今にも顔から火が出るんじゃないかと思うほどに赤いぞ。
「というから、ご主人様も一緒に言ってほしいにゃん!」
「俺……こーいうの苦手なんだけど。ていうか、美味しくなる魔法というか呪詛だなもう」
「ご主人様にも一緒に言ってほしいにゃん」
「海斗先輩、メイド喫茶です。郷に入っては郷に従えですよ」
というわけで、俺はメイドさんと一緒に美味しくなる魔法を唱えるのであった。
恥辱色に染まった顔を抑えつつも、金枝詩織はオムライスにケチャップでハートマークを描いてくれるのであった。
「ホワイトムーンって知ってますか?」
志乃ちゃんはナイフとフォークを器用に扱い、パンケーキを一口サイズにした。
パクッと食べると、心底幸せそうな表情を浮かべている。悩み一つなさそうだ。
そんな彼女を眺めつつも、俺も半熟卵を割り、ケチャップライスと絡みながら。
「ホワイトなんちゃら? 何それ? 歯磨き粉の名前?」
「違います。ホワイトムーンです!」
——ホワイトムーン——
一年前、WEB小説界に彗星の如く現れ、『小説家になろうよ!』全体を揺るがした人物。彼女が成し遂げたのは不人気ジャンルと呼ばれていた『純文学』作品で日間総合1位を獲得。圧倒的な才能を読者に容赦無く見せつけ、たった一週間で上位作家への道を駆け上がった。
「昨日、初めて読んだんですけど、あんな美しくて魅了される世界を描ける作家がいたんだと感動しました。特に文章のリズムが素晴らしくて、次から次へと紡がれる文章は芸術です」
興奮気味に言う志乃ちゃんは続けて。
「でも、やっぱり繊細な心情描写が一番力が入ってると思うんです。片思いしていた幼馴染みの男の子が、実は年上の巨乳な先輩と付き合ってて失恋してしまう展開には……物凄く心を締め付けられる気分になりました。あぁ〜青春だなぁ〜って」
ホワイトムーンねぇ〜。俺とは全く方向性が違うんだよなぁ〜。
何度か読んだことあるんだが、文章が固いし、ネチッコイ文章であんまり好きになれなかったんだよな。勿論、心理描写は丁寧に書かれているのだが、感情移入しすぎてしまって、軽く鬱になるレベル。俺としては、あっさり読めて、楽しめる作品が好きだからな。
◇◆◇◆◇◆
メイド喫茶を出ると、夕焼け空が薄暗かった。
少々長居しすぎたかもなと思いつつ、俺は志乃ちゃんを家まで送り届けることにした。
「本当に良かったんですか? 先輩の奢りで」
「あぁいいんだよ、別に。いつも弁当作ってくれてるだろ? そのお返しだ」
「先輩が小説を書いてくれればそれだけでよかったのに」
「その件に関しては、マジで申し訳ない。今も全然書けてないし」
「いいんですよ、海斗先輩は海斗先輩のペースで書けば」
椎名志乃はニコッと朗らかな笑みを浮かべてくれる。
それだけで、俺は救われた気がしてしまう。
そのとき——。
「あ、カイト!! 何してるの? こんなところで」
俺に喋りかけてきたのは、帰国子女の白翼月姫。
銀色の美しい髪をふわりと揺らしながら、走ってきた。
だが、俺の隣を歩く椎名志乃を見てから、表情がムッとなってしまう。
「誰……この女?」
「椎名志乃。仲良くしてる新入生だよ」
「説明しろと言ったわけじゃないんだよ。ボクは認めてないって意味で」
「認めてない? 何言ってるんだ?」
「ただの忠告だよ、身の程知らずの女狐にね。カイトの隣には相応しくないよって」
白翼月姫は、俺の幼馴染みだ。
いつもニコニコ笑顔で優しくて可愛らしい女の子だけれど。
俺の話になると、ちょっと怖い一面がある。
月姫は俺に対して、異常な独占欲を抱いているのだ。
「おい……月姫。マジで言い方には気を付けろよ」
「ボクが知らない間に新しい女を作ったあとは、説教ですか。それで気が済むならどうぞ」
「…………チッ。話にならねぇーな。さっさと行こうぜ、志乃ちゃん」
「あ、は、はい……」
散々言われてしまい、志乃ちゃんは困っているようだった。
面食らうのも仕方がない。不謹慎極まりない発言をかます女に絡まれたのだ。
「カイト、もう一度聞くけど、生徒会に入りなよ。ボクの右腕になりなよ」
「生徒会長直々に誘ってくれるのはありがたいが、嫌なこった。俺は文芸部が好きだからな」
白翼翼の勧誘を断ったあと、俺は志乃ちゃんの腕を掴んで街中へと溶け込んでいく。
そんななか、後ろから月姫の声が僅かながら聞こえてきた気がする。
「まぁーいいさ。カイト……キミがボクのものになるのは時間の問題だよ」と。
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