第21話:ターニングポイント①

 翌日の放課後。HRが終わり、教材を鞄の中に放り入れる。置き勉したい気持ちもあるが、もしも盗まれた場合の可能性を考慮すると持ち帰るしかない。隣席の奴が迷惑だからな。それに机を繋げて座って一言二言もない時間だけが過ぎるってのも変な雰囲気になるし、お前に見せたくないと拒否されるのが怖い。ってか、女子に見せてもらうことになったら、後から陰でコソコソ噂話されそうだ。ってか、された。誰が鼻息荒いだ。ただの鼻炎だよ!


 過去を思い出し自然と出てきそうな涙を堪えながら教室を出ようとすると肩を叩かれた。「えっ……誰が私の肩を!」という乙女のような気持ちで後ろを振り返ると——。


 そこにいたのは金枝詩織カナエシオリだった。


「それでどうしたんだ? ほうき持って、人を殺しにでも行くのか?」


 おまけに二つも持っていやがる。二刀流使いなのだろうか。


「そうねー。丁度アンタを殺しにねー」

「あのぉーできれば、ほうきを向けないでくれるとありがたいんだが……あの、本当にすみません。目を刺すのだけはご勘弁を……」

「これはアンタにほうきを差し出してるのよ! 今日掃除当番なんですけど」

「あーそういえば、そーいう面倒なのあったな」


 月に一回ペースで、男女一人ずつが清掃するんだよな。

 暴力イメージが先行して目潰しを企んでいると思ってしまった。

 なーんだ、変に色々と考えて拍子抜けだ。

 差し出されたほうきを素直に受け取り、掃除をすることになった。


 ほうきを使い、ゴミを集めるだけ。単純だが地味に時間のかかる作業である。

 どうでもいいが、段差ができて、ちりとりに入りきらない小さなゴミが無性にうざかった。ちりとり業者の方は是非とも段差ができないものを作って欲しいと切実に思う。


「ねぇーそれで柚葉ちゃんは何か言ってたー? あ、あのあ、アタシのこととか……」

「お姉ちゃんは必要ないと言っていたぞ」


 肩をグダァと折れさせ、毎日朝から晩まで働き詰めの正社員みたいだ。

 ぽかんと開けた口からは霊魂が抜けている気もする。


「それで進路調査はどうなったんだ?」


 その瞬間、詩織の顔がカァと赤くなり、身体を露骨にモジモジと動かした。


「……やっぱりダメだったのか?」


 当たり前な話だ。却下になるに決まってやがる。

『柚葉ちゃんのお姉ちゃんになる!』とか普通に考えて意味わかんねぇーし。

 進路の欄に、夢は夢でも自分の願望を書く奴がどこにいるという話だ。


「ちっ、違うわよぉ……大丈夫だ、だったわよ」

「それなら一件落着じゃねぇーかよ」

「全然落着じゃなぁーい! た、担任の勘違いで……アタシの将来の夢は……あ、あ、あ、アンタのお嫁さんになってしまったんだからぁ!」

「って、はぁぁ? おいおい、一体どうなったらそんなことになるんだよ!」


 今にも泣きそうな瞳だった。うるると涙が出てきてもおかしくない。


「柚葉ちゃんのお姉ちゃんになる=佐倉くんと結婚することだねって真顔で言われたの」

「で、お前はそれを受け入れたのか?」

「う、うん」


 乙女らしく恥ずかしげに頷くと、詩織は瞳に野望を抱かせて。


「でもね、アタシ思ったの。柚葉ちゃんのお姉ちゃんになれるなら、手段は選ばないって」


 もっと手段を選んでくれ、頼むからさ。

 結婚の動機が結婚相手の妹狙いってアウトだろ。

 レアカード狙いのウエハース購入ぐらい不純な動機だよ、マジで。


 その後、清掃を終えた俺たちが教室を後にする頃には午後四時半を回っていた。時間泥棒と叫びたくなる。しかし、教室に残って清掃に励む生徒というのはどのように映るのだろうか。これはこれで青春と呼べるだろうか。いや、美化に励んだ三年間とか泣きたくなる。


「そろそろ帰るか? 今日は居残り勉強はないのか?」

「おかげさまで大丈夫。部活に行くの!」

「ふぅーん。さっさと春休みの宿題終わらせろよ」

「言われなくても分かってるわよ」


 金枝詩織はそう言うと、急いで教室へと出て行った。

 部活に行くのが楽しみなのだろうか、若干スキップ気味だ。

 一人教室に残された俺もそろそろ帰ろうと思い、教室を出ると——。


「海斗先輩、楽しそうでしたね」


 教室のドアに隠れて見えなかったが、椎名志乃が突っ立っていたのだ。


「志乃ちゃん! 居たのかよ! 先に声をかけてくれたらよかったのに!」

「どうやって女を口説くのか気になりましたから」

「口説くって……俺は見境なしか!」

「さっきの人、デレデレっぽく見えましたが」

「アレでデレデレなら、俺と関わりのある女性全員メロメロだわ!」


 いつも通りの日常だが、今日も俺と志乃ちゃんは一緒に帰ることになった。

 廊下を歩くだけで、周囲の目を嫌でも集めてしまう。


「ところで、先輩。昨日の失礼な人? アレ誰なんですか?」

「あれな、大変申し訳ないんだが……俺の幼馴染みだ。んで、生徒会長も務めてる」

「独占欲の塊みたいな人でも成り立つんですね、生徒会長って」

「言動に問題大アリだが、仕事はしっかり熟すタイプだから」

「でも、あーいうタイプって、生徒間での問題を次から次へと起こしそうですけどねー」


 そんな他愛のない話をしていると——。

 丁度、生徒会室の目の前で言い争う生徒の姿があった。


「ふざけないで!! そんなの許さないわ!」

「定例会で決まったことですよね? 黒羽先輩」


 一人は、漆黒な髪を持つ少女——黒羽皐月。

 もう一人は白銀の髪を持つ少女——白翼月姫。


「文芸部はしっかりと活動したわ。文化祭でも部誌を発表したし」

「それだけですよね? それ以外に活動という活動をしましたっけ?」


 そもそも、と白銀髪を揺らした少女は瞳を鋭くさせて。


「正式な部活動にするには、三人以上の文芸部員が必要ですよね?」

「うっ……そ、それは」

「二人だけの文芸部は、正式な部活動と認められない。それに生徒会から部費を渡すことも認められません。選択と集中という言葉を知ってますよね? 文芸部は必要ないんです、もうこの学校には」

「歴史と伝統がある文芸部を潰すというの。そ、それは認められないわ!」

「歴史と伝統? ただの色欲と嫉妬が入り乱れた部室ではないんですか? それに一年前には、黒羽皐月。あなたはあの部室で練炭自殺を図ろうとしていましたよね?」


 一年前。

 黒羽皐月は、一度あの部室で練炭自殺を図ろうとした。

 それは間違いない事実だ。救急車が駆け付け、学校内外でも問題になったのだから。


「……………………」


 弱い部分を突きつけられて黙り込んでしまう黒髪少女。

 普段は強い口調なのに、今だけは弱々しく見えてしまう。

 まるで、生まれたばかりの小鹿みたいに。


「何か嫌な雰囲気ですね……」

「あぁ、最悪だな。ちょっと行ってくるわ」


 志乃ちゃんにそう告げると、俺は迷わず揉めている二人の元へと駆け付けて。


「悪いが……これ以上黒羽先輩をイジメないでもらえるか? 生徒会長」

「生徒会長だなんて……他人行儀だね、カイトは。それにこれはイジメじゃない。事実を述べただけだよ」

「俺には生徒会長権限で大盤振る舞いしてるだけに見えるんだが?」

「酷いなぁ〜。そんなことしないよ。それにしてもちょうどいいところに来たね」


 訊ね返す暇もなく、生徒会長の肩書きを持つ少女は続けた。


「文芸部は廃部決定だよ、カイト。さぁ、心置きなく、ボクの元へ来るんだ」

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