第31話:ターニングポイント③
「文芸部存続を祝して乾杯ィ〜!!」
勝利の宴をあげる会場は、俺の自宅。
冬から放置されたままのコタツテーブルには、大量の食材が並べられている。
ニンニクと赤唐辛子が豊富に入ったペペロンチーノ、熱々で少し齧っただけで肉汁が溢れてくるフライドチキン、厚切りのサラミとチーズが乗ったトマトソースピザ、じゃがいものの形を残し、シャキシャキ感を楽しめるポテトサラダ、ベーコンと緑野菜のシーザーサラダなどなど。
その他にも、各自が持ち寄ってきたお菓子やケーキで溢れている。
急遽決まったのに、あの場にいた副会長以外は参加してくれた。
本来ならば、彼女も来たかったらしいのだが、予備校があるのだと。
まだ高校二年生なのに、勉強熱心なことだ。
「海斗先輩、お疲れ様でした」
椎名志乃が俺の隣に寄ってきた。
ちなみに、ペペロンチーノと、サラダ類を作ってくれたのは、彼女だ。
ピザとフライドチキンだけじゃ足りないかもしれないと気を遣ってくれたのだ。
「なぁ〜に、俺のおかげじゃねぇーよ」」
生徒会VS文芸部の戦いは、文芸部の勝利で幕を閉じた。
俺以外の二作品は、面白さもほぼほぼ互角だった。
だが、作品の方向性が全く異なっていた。
どちらが選ばれてもおかしくなかっただろう。
でも、それを決めたのは——。
「生の柚葉ちゃん、超可愛いッ! マジで最高ッー!」
俺の妹に変態行為を続ける金髪ギャルだ。
今も、パシャパシャとスマホのカメラで撮影を行っている。
勿論、人見知りな柚葉も、黙っているはずがない。
「こ、こっちに来ないでください。怖いです」
「そ、そんなこと言わないで……ねぇ、お姉ちゃんに甘えていいのに〜」
演劇部部長の金枝詩織は、積極的にアプローチを仕掛けている。
自分の中では、少しでも仲良くなりたい一心の行動だろうか。
しかし、逆効果にしかならないと思ってしまうのだが……。
「むむっ。また新たな女を落とそうと企んでますね?」
「企んでねぇーよ」
「でも、さっきからギャルさんのほうをずっと……」
「いや、意外とアイツ見る目あるなと思ってさ」
金枝詩織は、クラス内でも明るい女の子だ。
小説とかには全く興味ありませ〜ん。
そんなタイプな人間だと見縊っていたが、鋭い嗅覚を持っているようだ。
「俺と全く同じ見解を述べたからさ」
「それって……遠回しに自分も見る目があると言ってます?」
「…………別にいいだろ、それぐらいさ」
今度行われる演劇部の公演を任されたのは——。
天才ファッションデザイナーになりたい少年と、両足を失くし、舞台女優になる夢を諦めた少女が二人が力を合わせて、ファッションモデル業界の頂点を目指す物語。
『あたしがこの作品を選んだ理由は、ストーリーが一番面白かったからです』
『三作品とも、全て読み物として面白かった。特に、最初に読んだ作品と、最後に読んだ作品は、これ以上改善点がないと思えるほどに、整っていました』
『あ、もちろん、二番目の作品も面白かったです……でも二つに比べると……』
『悩みに悩みましたが、最後は独断と偏見です』
『今度の劇で自分が演じたいと心の底から思えたのは、この作品でしたッ!!』
一人の読者に絶賛された小説を書き上げたのは、俺ではなかった。
ホワイトムーンという名で活躍している天才作家の白翼月姫でもなかった。
その作品を書き上げた作家は、黒羽皐月だった。
一年前、俺と同じく“挫折”を味わった少女である。
誰よりも小説を愛し、そして俺に小説の書き方を教えてくれた人物。
緊張の糸が解れたのか、数々の料理に夢中である。
「うっ〜〜〜〜ん!! これ美味しいぃ〜!!」
そんなご満足な黒羽先輩の元へ、志乃ちゃんが駆け寄った。
それから美味しそうにモグモグ食べている品を指差して。
「あ、それ、わたしが作ったポテトサラダですよ、黒羽さん」
「……やっぱり、そこまで美味しくなかったかも」
「黒羽さんって、ツンデレですか?」
「あと、ポテサラにはリンゴも入れないとダメよ」
「
努力で天才に打ち勝つ。
その宣言を、見事に達成したのだ。
それはさぞかし気持ちがいいことだろう。
一方では。
「ど、どうしてボクまで……」
敗北した白翼月姫は赤い目を腫らして、部屋の端っこにいた。
優雅にグラスを持ち、ちびちびとヤクルトを飲んでいる。
「勝負は決まったんだ。拗ねるなよ、月姫」
「違うッ……べ、別にす、拗ねてなんかないもん」
「んなこと言っても、お前あの後、失神したじゃん」
『えっ……? ウソ……? ぼ、ボクの負け……? そ、そんなのありえないよ。絶対にありえない。ボクが負けるなんて、そ、そんなことぜ、絶対にないはず』
金枝詩織が選んだ作品を聞いた後、白翼月姫は顔色を真っ青にした。
自分の作品が選ばれなかったことが余程悔しかったのだろう。
しかし、親切心で、どの作品を選んだのかもう一度金枝詩織に教えられたのだ。
『あたしが選んだのは、最後に読んだ作品です』と。
その瞬間、白翼月姫はオモチャを取り上げられた子供のように泣き喚いた。
『うわああああああああああんんんんんんん』
涙を流すし、鼻水を垂らした。
人前とか、そんなのお構いなし。
そんなボロボロな生徒会長を支えるのは自分の仕事。
そう言うかのように、颯爽とした足取りで副会長は月姫の元に歩み寄って。
『か、会長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?』
『負けちゃったよおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜!?』
んで、白翼月姫は泣くだけ泣いたあと、失神したのである。
「もうその話はしないで……は、恥ずかしいから」
「お前でも恥ずかしいとか思うんだな」
「思うよ、ボクだって女の子だもん」
「失神したとき、白目剥いてたしな」
「だ、だから、これ以上言うなッ!」
月姫は俺の肩をバシッと叩いてきた。
からかいすぎたかもしれない。
ともあれ。
「それでさ、何やってるんだよ? 隅っこでさ」
「ボクは仲間外れだもん」
「仲間外れ?」
月姫が言うには、ボクは文芸部を潰そうとした悪者だってさ。
だから、この場所にいるべき人間じゃないとか言い出しているのだ。
ったく……相変わらずねちっこい理由でグダグダしているようだ。
「あのなぁ〜。文芸部を潰そうと思っていたのは分かる」
だけどさ、と呟いてから。
「俺は別にお前のことまで嫌いになった覚えはないぞ?」
「ほんとう?」
上目遣いで可愛らしい瞳を向けて、白銀髪の少女は疑問を問う。
「負けたボクを見て、優越感に浸りたいだけじゃないの? ざまぁみろってさ」
「お前はバカか? 俺はそこまで卑劣な人間じゃねぇーよ」
「ボクが勝ったらやる予定だったのに」
「お前が卑劣な人間かッ!」
それにしても久々に萎れた月姫を見たかもしれない。
思い返せば、昔から負けず嫌いだった。
小さい頃の話だが、俺にゲームで負けて、何度も何度も「もう一回ッ!」「もう一回ッ!」と言い、勝つまでやり続けていたのが懐かしいな。
そんな俺たちの元へ、長い黒髪を靡かせた少女が歩み寄ってきた。
「何しに来たの?」
月姫は目を細めた。
嫌悪感丸出しだ。負けたことが心底悔しいのだろう。
「まだ一勝一敗ね。文化祭で決着を着けましょう、月姫さん」
黒羽先輩は手を伸ばした。
その白い手を取りながら、月姫は強気な口調で。
「次も勝てると思ってるの?」
「勝ち逃げはしたくないし、一回の勝利はまぐれかもしれないから」
「ふんっ。情けなんて要らないわよ、別に」
「それに努力で天才に勝つ。それが私のモットーだから」
「そう、勝手にすれば。次こそは、絶対にボクが勝つけどね」
ふふふふふふ、くくくくくくくと。
不気味な笑い声を上げて、黒髪少女と白髪少女は握手を交わしている。
お互いの作品を認め合ったとでも言うように。
しかし、俺だって言わせてもらわないと困る。
「ちょっと待てよ。勝手に二人だけで話を進めるな」
今年の文化祭で演劇部の脚本を担当するのは、自分たちだと勘違いしてないか?
残念ながら、そんな美味しい座をみすみす逃すはずがない。
「俺を忘れられたら困るんだが?」
二人の事情なんてどうでもいい。
この二人の作品よりも、自分の作品が面白いと証明したい。
そのためにも、今後もずっと小説を書き続けてやる。
最高のアシスタントである椎名志乃と共に。
◇◆◇◆◇◆
楽しい宴会はお開きになった。
今日はあくまでも水曜日。明日も学校はあるのだ。
早めに解散する予定だったのに、もう時刻は午後10時を過ぎていた。
外はもう既に真っ暗で、月姫は専用のドライバーが迎えに来るらしく、詩織も一緒に乗せてもらうらしい。
志乃ちゃんは俺の自宅に残って、柚葉と一緒に後片付けをするのだとか。
その間に、俺は今日の主役である黒羽先輩を家まで送り届けて欲しいんだとさ。
「海斗君、あなた成長したわね」
俺と黒羽先輩は腕を組んで夜道を歩いた。
付き合っていたあの頃と同じように。
ポツンポツンと佇む街灯が、薄暗く静かな街を照らしている。
「身長伸びましたよ、数センチぐらいですけど」
「そーいう意味じゃないわよ、小説よ、小説」
勘が鈍いわね、という目を向けつつも。
「一年前とは大違いだった。面白さに磨きがかかっていたわ」
素直に嬉しかった。
黒羽皐月に認められたことが。
たったそれだけで、救われた気がした。
「ありがとうございます。でも、先輩には負けちゃいましたけど」
「私を誰だと思ってるの? 萌え神よ、絶対に負けないわよ」
俺にとって、まだまだ黒羽皐月は遠い存在だ。
手を伸ばそうとしても、小説の分野では届きそうにない。
だけど、少しずつ彼女に近づいてきていることは分かる。
もしかしたら、それでいいのかもしれない。俺は俺のペースで。
「正直な話、海斗君の作品は荒削り。あの三作品の中では、一番完成度は低かった」
だけど、と呟く黒羽先輩の顔には月光が当たり、白くなっていた。
「それ以上に人を惹き付ける何かがあった」
先輩は決して笑っていなかった。
真面目な表情を浮かべて、俺をしっかりと評価してくれた。
「自惚れるかもしれない。そう思って、今まで言わなかったけど——」
言葉を一度溜めてから、先輩は真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「海斗君、私はあなたの可能性を信じてる」
「えっ……?」
「私はあなたの才能に惚れ込んでいる。あなたはこれからもっと強くなれる」
俺の才能……?
何だよ、それは。俺の才能って何だ?
疑問が残るのだが、先輩は説明してくれなかった。
ただ、良きライバルを見つけたとでも言うような目付きで。
「これから先、何度も何度も私たちは真正の“天才”と戦うことになる」
その言葉は、黒羽皐月が自分自身に言い聞かせているみたいだった。
今まで自分の中で何度もそう呟き、勇気付けてきたみたいだった。
「けれど、何度挫折しても、何度負けたとしても」
俺の腕を掴んでいた冷たくて小さい手が離れた。
前方に少しだけ駆け出した儚げな少女は振り返る。
三日月と星々に彩られた夜空へとホームラン予告を飛ばして。
黒羽皐月という俺の大好きな人は、両手でカキーンとボールを打つ格好で。
「最後の最後で、ドデカいホームランを一発打てれば私たちの勝ちなのよ!!」
その言葉と同時に、スイングを行った。
野球に詳しいわけではないが、豪快さ溢れる素振りだった。
自分の中でも上手くできたと思ったのだろう。
俺より一つ年上の先輩は、無邪気な笑みを浮かべ、ピースサインを送ってきた。
こんな可愛い笑顔を独り占めできて、俺は得な役職だなと改めて思う。
◇◆◇◆◇◆
黒羽先輩を家まで送り届けたあと、家に戻った。
部屋の片付けは済まされ、使った食器は綺麗に洗われていた。
先程まであれだけ汚れ散らかっていたのがウソみたいだ。
「志乃ちゃんも家まで送ろうか? 夜道は危険だし」
「大丈夫です。タクシーを呼んだので」
「それにしてもありがとうな。わざわざ片付けしてもらってさ」
志乃ちゃんが言うには、柚葉はお風呂に入ってしまったらしい。
タクシーが到着したら、志乃ちゃんも時期に帰るとのことだ。
「先輩、お話があります」
改まってどうしたんだろうか。
どんなことを言ってくれるんだろうか。
もしかして、さっさと次の作品を準備してくださいとか言われるんじゃないか?
志乃ちゃん、待ってくれよ。そんなこと突然言われても困るぜ。
もう少し、俺を休ませてくれよ、頼むか——。
「わたし、椎名志乃は本日付けで専属アシスタントをやめさせていただきます」
予想とは異なることを言われて、俺は開いた口が塞がらなかった。
頭もポカーンとなって、何も考えられなくなってしまう。
一体何を言ってるんだ、この子は。椎名志乃は。
「う、うそだよな?」
確認を取るが、椎名志乃は俯いたままだった。
何も言わずに、ただ黙っている。
「なぁー、志乃ちゃん、それはうそだよな?」
もう一度確認を取ってみると、椎名志乃は小さな声で呟いた。
「ごめんなさい……先輩。元々決めていたんです」
俺の有無も無視して、俺専属のアシスタントは屁理屈をごねてきた。
「わたしは先輩にもう一度小説を書かせると約束しました。そして、先輩はそれを達成することができました。だから、これでおしまいです」
「これでおしまいなんて、そ、そんなこと——」
最後まで言わせてもらえなかった。
椎名志乃は、俺の言葉を遮り、頭をペコリを下げてきた。
「先輩、今までありがとうございました。これからも面白い作品をいっぱいいっぱい書いてくださいね。とってもとっても楽しみにしています」
おい……志乃ちゃん。
どうしてお前は泣きそうな表情を浮かべているんだ?
「あの……先輩、これ受け取ってください」
彼女が渡してきたのは、ハンドメイド感漂うペンダント。
革製の紐と中心部分には光輝く青色のガラス。まるで水晶のようだ。
「一緒に海に行きましたよね? あのとき拾ったもので作ってみたんです」
海で見たときはこれほどまでに輝いていなかったはずだ。
表面がザラザラとしており、色も落ちて使い道がないと思っていたのに。
それにも関わらず、今では宝石のように光り輝いて見えてしまう。
「こ、こんな綺麗なんだな」
「必死に真心を込めて作りましたから。先輩のために」
「なんだよ、それ」
「これからはわたしの代わりに、それをずっとずっとこれから先も持っていてください」
「わたしの代わり? 何言ってるんだ? お、俺は——」
またもや、言葉を遮られてしまった。
椎名志乃のスマホが鳴ったのだ。
タクシーが家に辿り着いたらしい。
「……ごめんなさい、先輩。それじゃあ、今までありがとうございました」
椎名志乃は一礼して、そのまま部屋を出て行く。
動いた際に水滴が落ちていくのが見えたような気がした。
だからこそ、咄嗟に、俺は彼女の細い腕を掴んだ。
このままではもう二度と会えないような気がして。
「ど、どこにも行かないよな……?」
椎名志乃はゆっくりと振り向き、いつもと同じ笑みを浮かべた。
目元に浮かんだ涙はすでに消えていた。けれど、少々赤くなっていた。
「大丈夫ですよ、先輩。ずっとずっと、わたしは先輩を見守っていますから」
椎名志乃はそう言ったけれど——。
翌日も、その次の日も、志乃ちゃんは学校に来なかった。
もしかしたら、風邪を引いたのかもしれない。
もしくは、何かしらの病気になったのかもしれない。
そう思って、週末、俺が椎名志乃の自宅へと向かってみると——。
「嘘だろ……こ、こんな冗談ないぞ……」
椎名志乃が住んでいたアパートの一室は、もぬけの殻になっていた。
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