第30話:三つの作品
水曜日。
決戦の火蓋が落とされる日の放課後。
職員室の隣にある生徒会室は陽当たりがよく、西陽が射していた。
窓を開けば、綺麗に光り輝く丸い夕陽を眺めることができ、絶好の場所である。
けれど、ぽかぽか陽気な天候とは裏腹に、集められた生徒たちの顔は本番5秒前の舞台裏とも言うべき緊張感に満ちていた。
文芸部存続か廃部か、を賭けた勝負が始まろうとしているのだ。
集まったメンバーは、全員で六人。
生徒会からは二名。
「会長、武運を祈ります」
「大丈夫よ、副会長。ボクが負けるはずがないでしょ?」
「会長が百戦錬磨の乙女だとは理解しているのですが……」
生徒会長の白翼月姫と、彼女の右腕を主張する副会長の堅物眼鏡女子。
二人の姿は、気高い皇族のお嬢様と、そのお嬢様に使える従者に見えなくもない。
文芸部員からは三名。
「黒羽先輩、生憎だけど、今回の勝負は俺が勝ちますよ」
「あれだけ……棄権しろと言ったのに……どうなっても知らないわよ?」
「勝負する前から、仲間割れはやめてください! 黒羽さんも、海斗先輩も!」
部長の黒羽皐月、副部長の佐倉海斗、最近入ったばかりの新部員の椎名志乃。
文芸部というのは、地味な者が集まる部活動というイメージがあるかもしれないが、三名ともに容姿レベルがカンストするほどに美しく、瞳には炎を宿らせている。
そして、本日の勝負を決める採点者。
演劇部から唯一の出席にして、緊張しているのが丸分かりな演劇部部長の金枝詩織。
平静を装いつつも、コップに注がれた水を一気飲みし、息を整えながら。
(もしかして……あたし、面倒なことに巻き込まれてしまったんじゃ??)
有無も言う前に、雪崩のように巻き込まれてしまった。話を聞くに、文芸部存続か、廃部かを決める役目を与えられてしまったのだ。まるで、裁判官じゃないか。
(ああ、ど、どうして……あ、あたしがこんなことに……)
心の中では嫌味が出てきてしまうけれど、金枝詩織は今更断ることはできなかった。
(だって、あの三人……全員ホンキなんだもん)
今日の勝負に人生を賭けている。
そう言ってもいいほどに、佐倉海斗、黒羽皐月、白翼月姫の三名は笑っているのだ。
今日という日を、楽しみにしていましたとでも言うように。
一人は情けない過去の自分を思い出しながら、拳を握り締めて。
(俺が二人を超える。そして、俺が面白い書き手であることを証明してやる)
一人は外見上では涼しい顔をしつつも、内見上では熱い心を抱いて。
(努力で天才に勝つ。それに、海斗君との思い出が詰まった文芸部は奪わせはしない!)
一人は余裕な表情を浮かべ、口元を白い指で這わせながら。
(才能の使い潰しは許されない。カイトはボクの下で異なる才能を開花させるべきだ)
各々の思惑は違えど、想いはただ一つ。
勝利。
ただ、それだけのために、三人は今日までに作品を書き上げてきたのだ。
そして、遂に熱き才能のぶつかり合いのコングが鳴るのであった。
「それでは、始めましょうか」
堅物眼鏡女子は時計を確認して、そう呟いた。
その瞬間、勝負に挑む三名は険しい表情をより一層強張らせて睨み合った。
時計の針は、午後5時を指し示していた。あの日約束した通りの時刻だった。
◇◆◇◆◇◆
「今回はワタクシが仕切らせていただきます」
名前は知らないけど、生徒会副会長が眼鏡をクイッと上げる。
全校長会とかがあるときには、いつもこの人が仕切ってるんだよな。
そのおかげか、今日の仕切りも結構上手く進行ができている。声色が違うんだよな。
それにしても……。
俺は、事務的な会話を無視しつつ、頭をあちこちに見渡してた。
どうしてこんなにも豪華なんだ??
教室二つ分の生徒会室。
天井にはシャンデリア、床には赤いカーペット。
高級そうな木製椅子と、裁判官が使用しそうな長机。
ここまではまだ許せる範囲だが……。
どうしてふかふかソファーが二台あるのか??
高級キャバクラで見るようなL字型の大きいソファーだし。
リクライニング機能も付いてるみたいで、毛布も一緒に置いてあるし。
生徒会室を私物化してるんじゃないか??
「皆様から受け取った作品はPDFファイルに変更してきました」
生徒会への職権濫用を抱きつつも、俺は素直に話を聞くことにした。
副会長は細かいルールの説明を確認しているが、無駄すぎるので省いてもらいたい。
ともあれ、ビシッと規則がない限り、前へ進めない完璧主義者タイプのようだ。
「審査員は演劇部部長の金枝詩織さんに担当してもらいます」
審査員と呼ばれ、金枝詩織は椅子から立ち上がり、頭をペコリとした。
その後、すぐに座ればいいものを、今から熱き勝負を繰り広げるメンバーに、何か一言残したほうがいいのかという表情を浮かべて、もたついている。
気の利いた台詞が無かったらしく、「皆さん、最後まで楽しんでくださーい!」と小学生の体育大会で、校長の後に挨拶を任されたPTA代表みたいな発言を残した。
その後も、事務的な会話は続き……。
「皆様も他の人がどんな作品を書いたのか気になると思います」
他人の気持ちを思い遣る親切心を、副会長も持っていたらしい。
全員分のタブレットを渡して、PDFファイルの開き方さえも懇切丁寧に指導した。
これで、黒羽先輩と月姫が書いた作品も読めるわけか。楽しみだなぁ。
「それでは、一作ずつ金枝さんに読んでもらいましょうか」
副会長の長い説明は終わったらしい。
今から勝手に読んでいいのかな。
と、思っていたら……。
「あの、一つだけ条件を加えてもらってもいいですか?」
金枝詩織が遠慮がちに手を挙げてから、発言した。
ルールに不備があったのかと勘違いしたのか、「はいぃ?」と副会長は喉を鳴らす。
金枝詩織はその条件とやらを説明してくれた。
「誰がどの作品を書いたのか、伏せた状態で読ませてくれませんか?」
副会長の考えでは、作者を発表してから作品を読ませるつもりだったらしい。
でも、これぐらいのルール変更では、何の変動もない。
一度全員のタブレットが回収され、一分も経たない間に、また戻ってきた。
「気を取り直して、それでは読んでいきましょうか」
ファイル名は1〜3まであり、読む順番はその番号順となった。
内容の簡単な説明をしよう。
では、一番最初に読んだ物語から。
◇◆◇◆◇◆
1
時は戦前の日本。
閉鎖的な社会が浸透しているとある村。
物心ついた頃からいつも一緒に過ごした男女がいた。
男の方も、女の方も、共に名家出身で、二人は幼馴染み。
そして、両家の長が認め合う”許婚”だった。
成人を過ぎれば、結婚し、子宝にも恵まれ、二人は幸せな家庭を築いていく。
そう誰もが思っていたのだが、突如として起きた学徒出陣で、その夢は崩れてしまう。
「逃げましょう。わたしはあなたに死んで欲しくありませんッ!」
「無理だ。この世界に生きる限り、しがらみから抜け出すことはできない」
「嫌です、わたしは……わたしは……あ、あなたと一緒に生きたい」
二人は駆け落ちを企んだ。計画は完璧だった。
だが、最後の最後で諦めてしまう。
その日は、男が兵役で村を離れる前日の出来事だった。
どんなに逃げ回っても、必ず“厳しい現実”が待ち受けているからだ。
それに逃げ出したと知られれば、自分たち以外の家族にも迷惑を掛けてしまうのだ。
翌日、多くの人々に惜しまれながらも、男は戦地へと向かった。
それから暫くが経ったある日、手紙が届く。
男が戦死したとの連絡だった。
その手紙を見て、女は心を塞ぎ込んだ。
そして、川が氾濫した日、命を落とすのであった。
「来世があるなら、次こそは必ず幸せになろう」と呟きながら。
これは——。
本来ならば運命を約束されたはずの若い男女が、過酷な時代に産み落とされたばっかりに、自分たちの人生をグチャグチャにされながらも、最後の最後で、“自殺”という選択を行うことで、この世界のしがらみから脱する物語。
◇◆◇◆◇◆
2
小説家になれないなら、死んでやる。
過激な思想をお持ちの、若き商業作家が存在した。
デビューは果たしたものの、売り上げは芳しくなく、打ち切りの常連だ。
次こそは、次こそは、次こそは。
と、何度も何度も企画を立ち上げ、編集者へと持ち込むものの。
毎回毎回、採用されなかった。
そんなある日、彼は偶然にも、編集者の本音を聞いてしまうのであった。
「アイツまた来てるのよ〜。何回言ったら分かるんだろうね、才能ないってさ」
優しくしてくれた人たちの本心は、若き作家の心を容赦無く打ち砕いた。
自分でも分かっていたのだ。
他の人に比べて、自分の作品は駄作だということは。
そして、自分には圧倒的に物書きとして才能がないことに。
「ちくしょう、ちくしょう……ちくしょうー!!」
才能の無さを痛感した打ち切り作家の彼は、命を絶つことにした。
有名になれるなら、死んでもいい。死んでもいいから、有名になりたい。
そんな本心を抱きつつも、青年が飛び降り自殺を図ろうとしたところ——。
「先生の作品は最高に面白いです!」
商業作家の彼を呼び止めたのは、謎の女子高生。
彼女は、青年が書いた小説を読んで、自分が一番辛いときに救われたと言うのだ。
そして、彼がもう一度小説を書くまで、お手伝いをさせてくれと頼み込むのである。
これは——。
打ち切りを告げられた作家と、そんな彼を支えるお節介焼きな読者の物語。
◇◆◇◆◇◆
3
少女は”舞台女優”になりたいという夢を持っていた。
演劇部に所属する彼女は美しさから様々な演劇の主役に抜擢され、将来は観客の心を掴む大女優になると有望視されていた。
だが、しかし——。
少女は不慮の事故で両足を失ってしまう。
舞台女優として活躍するためには、歌って踊れるのは当たり前の世界。
突如として起きた出来事に、夢を壊され、生きる意味を見失った少女。
絶望の底に落とされた彼女は自殺を図るのだが——。
そのとき、現れた一人の少年。
少年は以前から舞台上で優雅に舞う少女の活躍を見ていたのだ。
そして彼は、言うのである。
『僕と一緒にモデルの世界へ飛び込まないか?』と。
これは——。
天才ファッションデザイナーになりたい少年と。
両足を失くし、舞台女優になる夢を諦めた少女が。
二人が力を合わせて、ファッションモデル業界の頂点——ランウェイを目指す物語。
◇◆◇◆◇◆
眩しいと思っていた夕陽が紫色から黒一色に変わる頃、俺は三作を読み終えた。
俺の敵である黒羽先輩と月姫を見ると、二人とも読み終え、固まっていた。
分からないのだ。どれが一番面白いのか、判断できないのだ。
三者三様、どの作品も“自殺”というテーマはあるものの、方向性が全く違うから。
一つ目は、死の美学を訴えて。
二つ目は、人間心の美しさと醜悪さを書き上げ。
三つ目は、生きることの辛さと、その素晴らしさを語っているのだ。
正直言って、この三つの中で一番面白いのはどれかを選ぶのは至難の技である。
どの作品も面白いことに変わりはないのだから。
だが、しかし、一つだけハッキリと分かることがある。
俺の作品は完成度で、明らかに根負けしていると。
言わずもがな……俺の作品は2だ。
椎名志乃をヒロインのモデルにして書き上げた男性目線の恋愛小説。
だが、その出来は、他の二作に比べてしまうと、二段階ぐらい下がってしまう。
俺の作品には、物語の起伏というものが存在せずに、淡々とした日常が書き綴られているだけなのだから。ストーリー性に乏しいと言っても過言ではない。
俺以外の二作品は、戦前の若い男女が報われない愛を育む姿や、両足を失くした少女がランウェイを目指す姿にドラマ性が生まれ、物語の面白さが伝わってくるのだ。
でも、俺の作品は、最初の出会い以降、全くと言ってほどに、物語が動かない。
ただただ、小説を書けない作家と、そんな彼を支える読者の日常を通じて、少しずつ変化する作家の心情を書き上げているだけなのだ。
正直言って、退屈だなと思われる可能性もあるかもしれない。
だって、これは、独り善がりな小説なのだから。
この作品を楽しんで読めるのは、この世界で椎名志乃一人だけかもしれない。
でも、それが、今の俺に書ける作品で、自分にしか書けない物語だったのだ。
『何も思い浮かばないなら、わたしをヒロインにしちゃいますか?』
椎名志乃が放った一言から、俺は無我夢中で執筆を続けた。
そして、出来上がった小説は、椎名志乃への率直な想いだったのだ。
——ありがとう——
たった、この五文字を伝えるだけに。
たった、この感謝の言葉を伝えるだけに、数万文字も使用しているのだ。
口で伝えるのが苦手なので、作品に昇華して。
「……うっ……うっ……せ、せんぱい」
椎名志乃の方を見てみると、彼女は涙を流していた。
顔をグチャグチャにして、俺の小説を読んでいた。
何度も何度も目から滾れ落ちる水滴を拭き取っているのだ。
だが、今の俺は話しかけることも、慰めることもしなかった。
ただ、彼女の姿を眺めることしかできなかった。
椎名志乃の頬を伝って、涙が落ち始めて丁度数十回目の頃。
「これって、あたしの独断と偏見で選んで問題はありませんか?」
金枝詩織も全てを読み終えたようだ。
仕切り担当である副会長に確認の意を取っている。
自分の中で、最高の作品が一つ決まったらしい。
「はい、あくまでも演劇を必ず成功させたいという意味ならば」
「分かりました」
文芸部存続か廃部を決める役目を与えられた演劇部部長は真剣な表情で。
「あたしが選んだ作品は————」
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作家から
長らくお待たせしました。
一週間近く更新しなかったことを、深くお詫び申し上げます。
下書きだけは数日で書き上げていたのですが、それから細かな演出方法を悩んでいました。どんなふうに書けば一番面白くなるのか、と真剣に悩んだ結果がこれです。
次回は、できる限り、早めに投稿したいですねぇ〜(笑)
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