弱小WEB作家、甘やかし上手な専属アシを雇う

平日黒髪お姉さん

第1話:才能格差を痛感した俺は、夢を諦め、一般人として生きていく

 夕暮れ時の放課後。

 部活に勤しむ運動部を尻目に、俺は教室を後にした。

 さっさと家に帰って、ダラダラしよう。

 そう企みながら、俺が生徒玄関を出たところ——。


「あっ!」


 黒髪ロングの美少女——黒羽皐月クロハサツキ先輩と出会ってしまった。

 白雪のような肌と夜空を連想させる瞳。

 男子女子問わず、憧れる三年生。

 俺が知るなかで、この学校で最も輝いている人物だ。


海斗カイト君、今日も部室で待ってるわ」

「と言われても……俺は行く気なんて」

「大丈夫よ、何も怖がらなくていいわ。私が一緒に寄り添ってあげるから」


 嬉しい話を持ちかけられたものの。


「先輩……もう俺に付き纏うのはやめてください」


 自分を気にかけている相手に対して。

 俺は冷たく言い放つことしかできなかった。


「もう俺と先輩は何もないんですから……それに辛いんです、先輩といると」


 嫌でも才能の差を痛感させられてしまうのだから。

 到底努力では追いつけない圧倒的な差を改めて思い知らされるだけだから。


「ま、待って……わ、私は……あ、なたの小説を」

「……もう俺行きますね。先輩みたいな才能ある人間と、俺みたいな小説も何も書けなくなった口だけ男が一緒にいたら時間の無駄になるだけですから」


 自虐ネタをかましてみたのだが、全く面白くなかったようだ。

 ともあれ、先輩は何も言わずに黙り込んでしまった。

 俺はその隙を付いて、駐輪所へ向かうのであった。


◇◆◇◆◇◆


 俺と先輩は、文芸部員だ。

 人数はたったの二人。

 読書離れの昨今が囁かれている現代では珍しくないだろう。

 というか、そもそも論、昔から文芸の道を歩む者は少ないことだろう。


「ま、俺も……幽霊部員みたいな者なんだけど」


――こっちの小説は面白いけど、もうひとつのほうはつまらないよな――

――正直言ってさ、何回読んでもレベルの差を感じるわ――

――起承転結もないし、ただのゴミじゃん。全然面白くねぇーわ、この小説――

――結局な話、この小説の魅力って何? ただヒロインとイチャイチャしてるだけ――

――あーこっちの小説って、あの黒羽先輩が書いてるんだよな、スゲェーな――


 高校一年生の文化祭。

 文芸部に所属していた俺は先輩とともに部誌を作った。

 自分のなかでは面白く書けたつもりだったのだが――。

 生徒たちの評判は酷いものだった。

 だから――というわけではないが……。


 俺は、今まで大好きだった執筆活動をやめてしまった。


「はいはい、俺は豆腐メンタルなゆとりっ子ですよ……嫌なことがあれば即離脱するね〜」


 情けない。

 そんな言葉が聞こえそうだったので、俺はひとりでぼやいていた。

 と、そのとき——˘


「ねぇーねぇー頼むよぉ〜。志乃シノちゃん〜、俺たちサッカー部のマネージャーになってよ」

「はぁ〜? お前ら抜け駆けするなしッ! 志乃ちゃんは野球部のマネージャーに! 甲子園に連れて行くからさぁ〜」

「ざっけんなぁ! バスケ部に決まってんだろッ! 志乃ちゃんがいれば、絶対俺たちブザービート決めて、逆転勝利できるからさ」

「何言ってるんだぁ? 志乃ちゃんは、ラグビー部に決まってんだろうがぁ! 花園に連れて行くと、もう約束してるんだよッ!」



 運動部の一軍どもが、とある少女を勧誘している。

 運動部のマネージャーというのは、女子の花形だ。

 俺なら野球部に入って「お願い、南を甲子園に連れて行って」と頼むのだが——。


「ご、ごめんなさいッ! わ、わたしはもう入る部活を決めているんですッ!」


 だが、その少女の言葉を無視するように、運動部連中は気に入らなかったらしく。


「頼むッ!」「それは困るッ!」「オレたちの未来をどうする気だぁ〜」「花園の夢がぁ〜」


「きゃ……ちょ、ちょっと、い、いたいです……ひ、引っ張らないでください」


 もうわざわざ少女と表記する必要はないか。

 この学校の者なら、もう誰でも知っていると思うし。

 茶髪ショートで笑顔が愛らしいと評判の新入生——椎名志乃シイナシノを強引に連れて行こうとするのだ。我先にと、どいつもこいつも荒いんだよな……もっと女の子を丁寧に扱えよ。


 リア充たちのいざこざには、あまり関与したくないのだが。

 ともあれ、女の子が困っているのならば、助ける他ない。

 今まで何度も読んできたラノベのヒーローたちは、そう教えてくれたのだから。


「——悪いっすけど、先輩たち……その子に触れないでもらっていいっすか?」


「「「「だ、誰だ、テメェ——?」」」」


 三年生の先輩方は剣幕な表情で、俺のほうを振り向いた。


「「「「は……お、お前は……皐月様を非道な手で堕としたクズ男ッ!!」」」」


 皐月様って何だよ、同じ学年だろうが……。

 でも、まぁー皐月先輩って達観してるし……ありえる話なのか。

 って。


「待て待て待てッ! 誰がクズ男だぁー! 俺は何も非道な真似なんて」


「ちょっと皐月様と一緒にいるからって、テメェーいい気になりやがってぇー!」

「そうだそうだ、少しだけ顔がいいからって」

「そうだそうだ、少しだけ学力がいいからって」

「そうだそうだ、文化系なのに何気にリレー選手に選ばれたからって」


 運動部員四人組は、顔を見合わせてから。


「「「「めっちゃくちゃハイスペックやんッ!!!! このゲスクズ男ッ!!!!」」」」


 と言いながら、そのまま涙を流しながら走り去っていってしまった。


 何だ……? あ、あいつら……。

 勝手に自分たちでいうだけいって、そのまま逃げて行くなんて……。


「ハイスペックって言われてもなぁー」


 面白い小説を書けないと意味がないんだよ、文芸部員なんだからさ。

 助けたとは言わずとも、どうにか場を治めることができた。

 俺は椎名志乃へと振り返って。


「気を付けろよ、先輩たちは悪いひとが多いからな」

「きゃ……きゃっこいい♡」

「まぁー何だ、またあんなことが起きたら俺に言えよ。何とかしてやるからさ」

「……かっこよすぎりゅる……かっこよすぎて……しにゅしにゅ……しんにゃう♡」


 怖い先輩たちに襲われて、放心状態になっているようだ。

 さっきから変な言葉ばかりを放っている。

 とりあえず……また変な面倒ごとに絡まれるのはごめんだ。


「じゃあな、俺はもう帰るからな」


 俺が駐輪所の自転車に跨ると。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「ん? 何だ?」

「あ、あの……お、お礼させてください、お礼……さっき助けてもらったお礼を……」

「あーそーいう面倒なんでいいわ。キミの笑顔がお礼代ってことで、んじゃあな!」


 一年生の女の子。

 それも超絶美少女と名高い子からお礼を貰うなんて……。

 そんなのさ、普通に考えて、面倒なことに巻き込まれるだけだからな。

 そう確信し、俺は自転車のペダルを踏み出すのであった。


◇◆◇◆◇◆


 小説を書くのをやめたものの、小説を読むことだけはやめられなかった。

 自宅に帰ってきた俺は、時間潰しに面白い小説でも読もう。

 そう思って、『小説家になろうよ!』のホームページに進んだところ。


 一件のメッセージが届いていた。


『拝啓 

 桜花の候、カイト先輩におきましてはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。貴方様の作品『黒髪ロング先輩が隠キャぼっちの僕を溺愛する理由』を読んでめちゃくちゃ笑って涙を流しました。最高でしたッ!』


 黒髪ロング先輩の話か……。

 一年前に、俺が書いてた小説だな。


「感想ならまだしも……メッセージか……ちょっと重てぇな。嬉しいけども」


 それにしても……。

 堅苦しいな。

 わざわざここまでしなくてもいいのに……。

 と、ここまでは思っていた。


『わたしは先輩の書く小説が好きで、好きで、大好きで、そして堪らなく大好きで——』


 うんうん、こーいうのってあるよね。

 俺も面白い小説を見つけたときは、愛を迸っているし。


『今年の四月から先輩と一緒の高校に通い、今日も先輩のお姿をカメラで収めています』


 俺の顔写真がファイルで送られてきていた。

 それも制服姿の俺、パジャマ姿の俺、ジョギングしてる俺。

 などなど……何日溜め撮りしてんのと思えるほどに。

 おまけに……俺の履歴書を作っていた。

 家族構成から食べ物の好き嫌いまでもろもろ既に把握されているようだった。


「ぷぎゃあああああああああああああああああああああああああああ—————」


『わたし、先輩のことが大好きです。先輩への愛が止まりません』


『だから——明日の放課後、学校の屋上で一緒に会ってくれませんか?』


『もしも来なかった場合……可愛い後輩ちゃんがガチ泣きします(涙)』

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