第2話:ストーカー少女の要求

『放課後、学校の屋上で待っています。大好きな先輩へ♡』


 翌日。

 学校に行くと、俺の下駄箱に手紙が入っていた。


「うわぁ……マジで学校に俺のファンが潜入してるじゃん」


 ともあれ、本名も住所も家族構成も知られているのだ。

 この場で逃げ出したら、どんな迷惑を被ることになるかはわからん。

 というわけで——。


「穏便に話を済ませよう」


 放課後、俺が屋上の扉を開けてみると——。


 キラキラと輝く夕陽を背景に黄昏ている女子生徒がいた。

 その横顔は線がハッキリしていて、神秘的だった。

 肩辺りまで伸びた茶髪を靡かせ、彼女はこちらを振り向いた。

 満面の笑みを浮かべながら。

 その笑顔は勝ち誇っているようだった。


「女の子を待たせるなんて、先輩って女心を理解してないんですか?」


 そこに居たのは椎名志乃シイナシノだった。

 学校中で可愛いと評判の新入生だ。

 多くの男が彼女に告白し、撃沈する姿を何度も見かけたことがある。


「ずっと待ってましたよ。海斗先輩」


 俺を待っていた? 彼女が? 俺を? どうして?

 も、もしかして。もっ、もしかして。


「……お前がメッセージを送ったのか?」

「はい、わたしが送りました!!」


 と興奮気味な声を出したと思ったら。

 椎名志乃は顔を両手で抑えてしまう。。


「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」

「ち、違います……そ、その……昨日のカッコいい先輩を思い出して」


 あーそう思えば、昨日俺が助けた子も彼女だっけ?

 俺には関係ない子だと思って、記憶が殆どなかったわ。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「で、用件は何だ?」

「はい、率直に言いますね」


 どんなことを言われるのだろうか。


「先輩、わたしを奴隷にしてくださいッ!」


 桜の並木道が満開に咲き誇る季節。

 新たな恋が始まる。

 そんな気分を漂わせる頃に……。

 俺は、茶髪ショートの少女に謎の告白を受けた。


「ど、奴隷……? あの意味が分からないんだけど」

「先輩のために、働きたいんですッ! 先輩の役に立ちたいんですッ!」

「いやいやいや……待て待て……話が飛躍しすぎだ。意味がわからん」

「先輩……わ、わたしの愛を受け止めてくださいっ!」

「受け止めろと言わてもだな……とりあえず最初から全部話せッ!! 話はそれからだ。それから幾らでも話は聞いてやるからさ」

「ほ、本当ですかっ!? 話は幾らでも聞いてくれるんですかー!!」


 無邪気な子供のような眼差しを向けられる。

 なんだ、このキラキラ光線は。


「ちょっと待て。話を聞いてやるとは言ったが、あくまでも聞いてやると言っただけだぞ。言うことを聞くとは言ってはないからな」


◇◆◇◆◇◆


「それでは、先輩とわたしの愛のストーリーを始めるとしましょうか」

「愛のストーリーじゃなくて、ただのストーカーストーリーになりそうだがな」

「愛ですよ、愛。先輩って意外と毒舌なんですね」


 椎名志乃はそう口にすると。

 ビクンッと肩を震わせて。


「も、もしかして、もう今から毒舌プレイは始まってるぞ、この奴隷ってことですか?」

「んなわけあるかッ! さっさと愛のストーリーを説明しろッ!」


 というわけで、遂に椎名志乃は語り出してくれた。


「先輩とわたしが一番最初に出会ったのは、去年開かれた文化祭のときでした」


 へぇ〜。

 文化祭ねぇ〜。


「文化祭ってことは……オープンキャンパスか何かか?」

「あ、そうですそうですッ! そこで初めて先輩を見かけたんですッ!」

「ふぅ〜ん……去年か……ってことは、ミスターコンテストで見たとか?」


 去年、俺はミスターコンに出場した。

 黒羽先輩から出てくれと頼まれて一緒に出たんだったな。

 んで、文芸部の二人で、ミスターコン、ミスコンを制覇したんだっけ?(おとぼけ)

 と、まぁーそんな昔話はどうでもよくてだな。


「えっ? 先輩……ミスターコンに出場してたんですかッ! す、すごいッ!」


 知らなかったのかよ。

 ていうか、マジで調子に乗ってると勘違いされそうだな。


「その話は機会があればしてやるから……それで文化祭でどうしたんだ?」

「先輩は美人なひとと一緒に本を売ってました。で、わたしはそれを購入しました」

「そりゃあ、どうも。アレ、全然面白くなかっただろ?」


 文化祭の冊子用に書いた短編小説——。

 アレは、俺が本気で書いたものだった。

 遠い日に死んだ初恋相手の幻覚を見続ける男の話だったか。


「何を言ってるんですかッ! めちゃくちゃ面白かったですッ!!」


 えっ……?

 う、うそだろ……?

 そ、そんなはずはない……。

 アレは酷評されまくったのだ、酷評されて……酷評されまくって。


「わたしはアレを読んで先輩の小説に興味が湧いたんです! そして冊子の端にあった著者欄を見て、こんな奇跡があるんだなと思ったんです!」

「奇跡……?」

「はいッ! わたしが大好きでずっとずっと前から読んでいたWEB作家さんだって!」


 あ〜、あの冊子に俺は、『小説家になろうよ!』のリンクを貼ったんだっけ?

 って、うそ〜ん。

 偶然文化祭で購入した冊子の著者が、実は大好きだったWEB作家とかあるのか??


「そ、それで、わ、わたし……海斗先輩のことが気になって気になって……し、仕方がなくて……学校周りをうろついてみたり……先輩の姿を写真で納めてみたり……先輩の家から出るゴミを漁ってみたり……と、とりあえず、ベタ惚れしてますッ! 先輩にズッキュンですッ! 好きです、先輩のことが……だ、大好きで大好きすぎて……もうキュン死です!」


 テンションが上がり過ぎて……。

 何を言っているのか、さっぱりわからん。

 でも、とりあえず、危ない奴だってことだけはわかった。


「受験期だって、わたしは先輩と一緒に学校生活ができる。そう思ってもう勉強しました。先輩に会うために。先輩との接点を作るために。先輩の隣にいるために。先輩の近くにいるために。先輩をもっと愛すために。もっともっと先輩を知るために——」


 なに、その逆シンデレラストーリー。

 王道ラブコメにありがちな展開じゃねぇーかよ。

 と言えど……相手はただのヤンデレだけどな。


「とりあえずお前は危ない奴だってことはわかった」


 頭を抱えたくなるほどに、身近にストーカーがいることはわかった。


「でだ。さっき奴隷発言してたけど、どういう意味だ?」


「専属アシスタントになりたいんです!」


 目元を潤わせ、深く頭を下げる椎名志乃。

 彼女は続けて切実な思いを吐き出した。


「お願いします。わたし、本当に先輩が書く小説が大好きなんです。絶対に邪魔はしません」

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