第13話:メンヘラ地雷先輩とお弁当
「ほら、ここに座って」
黒羽先輩は自分の隣をぽんぽんと軽く叩いた。
パイプ椅子なので、少し離して座ってもいいのに。
何故か、ピッタリと密着する形で置かれているのだ。
ともあれ、お願いされれば、もう座るほかない。
「お利口な海斗君は大好き」
「あの〜呼び方」
「ごめん、昔の思い出が込み上げてきて」
黒羽先輩は風呂敷を広げ、弁当箱を取り出した。
大きかった。おせち料理を作る重箱だ。
結構食べる派だけど、流石にこんなには食えないぞ。
「海斗と海斗君、どっちがいいかな?」
「海斗君でよろしくお願いします」
「照れなくてもいいのに」
黒羽先輩は重箱を開いた。
三段になっていた。
一段目から、揚げ物、煮物、ご飯類。
豪華すぎる幕の内弁当だった。
「はい、あ〜んして」
「食べさせてあげるから」
「いや……ち、ちょっと……」
「昔はいつもしてあげてたでしょ?」
「昔と今は違うと思うんですけど」
「美人な先輩に食べさせてもらうって男の子的にポイント高いでしょ?」
先輩に促されるような形で、俺は唐揚げを食べることになった。
朝に揚げているので、もう既に冷めていた。ただ、味付け具合は格別で、俺の胃袋を決して飽きさせず、次から次へと食べたくなってしまう。
「うふふ〜美味しいでしょ?」
「お、美味しいです……何度食っても」
「それはよかった。朝早くから準備した甲斐があったわ」
先輩の手料理は何度も食べたことがある。
付き合った当初はあまり料理が上手ではなかった。
指先に絆創膏を貼り、苦労した跡が沢山あったっけ?
ともあれ、それは昔の話で、今は綺麗な白い指先である。
「先輩の料理って上品な味付けですよね?」
カボチャの煮物やほうれん草のおひたしを食べてみたのだが。
おばあちゃんの家で食べたことがある優しい味がするのだ。
古き良き味とでも表現すればいいのだろうか。
「薄口って言いたいんでしょ?」
「あ、よく分かりましたね……」
「海斗君は濃ゆい味が好きでしょ?」
「俺というか、中高生男子は大抵コッテリ系が好きですよ」
「でも体に悪いから薄口にしてるの」
「わざとだったんですね」
「だって長生きしてほしいもん、海斗君には」
もしも結婚したら、めちゃくちゃ良いお嫁さんになりそうだな。
ていうか……先輩のエプロン姿は、うん、とってもいいと思う。
「どうしたのかなぁ〜? 人の顔を見て、いやらしい顔をして」
「い、いや……べ、別に何もしてませんよ?」
「もしかして、先輩ならめちゃくちゃいいお嫁さんになると思った?」
「えっ……ど、どうして」
「図星だったんだぁ〜。可愛いなぁ〜、海斗君は」
うりうり〜と言いながら、黒羽先輩は俺のほっぺたを突いてくる。
揶揄われているのは分かるのだが、その中に俺への愛があるのが物凄く伝わってきてしまう。
「やっぱり海斗君と一緒だととっても楽しいなぁ〜」
先輩が笑いかけてくれていたのだが。
そのときだった。
部室のドアがバンバンと強く叩かれて。
「海斗先輩ッ! あ、開けてくださいッ!」
志乃ちゃんの声だった。
俺の連絡を見て、慌てて来たのが伝わってくる迫力だ。
「チッ……余計な奴が来たわね」
黒羽先輩は露骨に舌打ちをしたあと、立ち上がった。
鍵を解除するのかと思いきや……。
「椎名さん、あなた身の程を弁えたらどうかしら?」
「あッ! こ、この声は……さては黒羽さんですか?」
壁一枚を挟んで、二人は会話をし始めた。
鍵をかけていないので、お互いに顔は見えない。
磨りガラス上に、薄らとシルエットが見える程度だ。
「そうだけど、何? 泥棒猫さん」
「泥棒猫ではありません」
「泥棒猫じゃない、私の大切な海斗君を奪って何がしたいわけ?」
「奪ったつもりは……」
「あぁ〜鬱陶しいわね」
黒羽先輩は髪の毛をボサボサと掻き毟ったあと。
「優しい海斗君をこれ以上困らせないでくれる? 邪魔者さん」
「私は邪魔者ではありません、海斗先輩を助ける天使ですッ!」
「ぷっ」
黒羽先輩はバカにするように吹き出して笑い。
「天使じゃなくて、ただのおませちゃんじゃない。勝手に人の所有物を奪って、我が物顔でワガママばかりの。ていうかね、海斗君には、黒羽皐月という可愛い彼女がいるの。だから、あなたはただの遊びってわけなの。分かる?」
言い争いに参加するのは面倒だが。
そろそろ俺も出るしかないようだ。
あることないこと、喋られるのは困るからな。
「黒羽先輩、大人げないですよ。さっさと鍵を開けてください」
「嫌よ、誰が入れると思うの? 私たちの思い出の場所を」
黒羽先輩は断った。
俺と一緒に過ごしたこの部室を手放したくないらしい。
「海斗先輩ですか? あ、い、今の声は……」
ともあれ。
俺の声が聞こえたらしく、志乃ちゃんは嬉しそうな声だった。
「海斗先輩、鍵を開けてくださいッ! 今助けに行きますから」
「囚われの姫を助ける勇者みたいな言い方しやがってッ! 腹が立つわね」
黒羽先輩が歯軋りして、悪い笑みを浮かべて。
「でも残念、絶対に私がこのドアだけは開けさないわ」
と言った瞬間、俺は軽々長い髪を持つ上級生を持ち上げた。
パタパタと足を動かす姿は、小動物のように見えてしまう。
「ええっ〜? ええっ〜? 海斗君……な、なにをぉ〜」
後輩に持ち上げられた美人な先輩は赤面した顔を隠してしまう。
昨日はケーキを3ホールは食べたから、太ってるかもとか呟いている。
やっぱり乙女だなぁ〜と思いつつも、先輩の足を地へと着かせた。
それから、俺は部室の鍵を解除するのであった。
◇◆◇◆◇◆
文芸部室。
旧校舎の一室にて。
妖艶な美女と可憐な少女に挟まれた男子高校生の姿があった。
と言っても、それは俺のことなんだが。
「先輩を辱めるなんて……最低ね、海斗君は」
黒羽先輩はモグモグと食事を取りながら。
「それよりもどうしてこんな女を入れたのよ!」
「海斗先輩はわたしのことが好きなんですよ〜。知らないんですか〜?」
「私はね、あなたに聞いてないの。海斗君に聞いてるのよ!」
今日の朝からも似たようなことがあったが……。
やっぱり、両隣に挟まれた状態での言い争いは困るな。
「弁当はみんなで食ったほうが美味いからですよ」
「私は海斗君と二人きりのほうが美味しいし楽しいわ」
「わたしだって、ぼっち先輩と一緒だなんて……陰気臭くて嫌ですもん」
「誰がぼっちよ。私はソロ充よ!」
それに、と長い黒髪を指先で巻き巻きしつつ。
「陰気臭いじゃなくて、ミステリアスって言うのよ!」
「あぁ〜はいはい、そーいうことにしておきましょうかぁ〜」
適当に話を終わらせた志乃ちゃんは、俺の方へと距離を詰めて。
「海斗先輩、ぼっち先輩は置いといて、打ち合わせをしましょう」
「打ち合わせ……?」
「はい、今後どうやって小説を書くか会議です!」
志乃ちゃんは目をキラキラ輝かせて言うけれど。
「小説を書く必要はあるのかしら?」
黒羽先輩がつまらなさそうな口調で言うと。
空かさず、志乃ちゃんが口を挟んだ。
「ど、どういう意味ですか……?」
あくまでも、これは持論だけどね。
という前置きをしてから。
「小説って義務感で書くものじゃないと思うの。だから、今は充電期間でいいんじゃない? で、また書きたいと思ったら、書けばいいんじゃない?」
先輩の意見は理に適っている。
小説は義務感で書くものではないのかもしれない。
今の俺は、書かなければならないという強迫観念がある。
「あのー黒羽先輩はどうして小説を書くんですか?」
気になった俺は思わず訊ねてしまっていた。
少し哲学チックな質問かもしれないが。
文芸部部長は全く悩む必要もなく。
「楽しいから」
「楽しい……?」
「うん。執筆活動というのは、私にとって、最強に面白いゲームなの。この世で一番楽しくて熱くなれるゲーム。だからね、逆に他の人たちがなぜやらないのか疑問で仕方ないわ。紙とペンがあれば、今ではパソコン一台あれば、それだけで自分の思い描く世界を書き記すことができるのよ、最高じゃない?」
執筆活動は、最強に面白いゲームか。
そんなこと一度も考えたことがなかった。
「わたしからも一つだけ質問があります」
今までムスッとしていた志乃ちゃんはそう切り出すと。
「ぼっち先輩にとって、面白い小説とは何ですか?」
「この質問って、要するにどんな小説を書きたいかってことでいいの?」
「そーいうふうに受け取ってもらっても構いません」
なら、話は簡単ね。
と呟くと、圧倒的な才能を持つ若き作家はニッコリ笑顔を浮かべ。
「世界で一番萌えて燃える小説を書くことよ!」
「萌えて燃える小説……?」
「最高に萌えるヒロインを書きたいの。誰もが平伏すほどに可愛いヒロインが。どんな男の子が見ても、最強だと確信できる女の子を。でも、そんなに可愛いキャラを出したら、次は熱いストーリーが大切だと思うの。胸熱展開で、読者の心を必ず掴むものが。そしたら、誰にも忘れられないキャラができるから」
だから、と呟いてから。
黒羽皐月という作家は、満面の笑みを浮かべて。
「だから、私は萌えて燃える小説を書くわ。読者の心に残るキャラを生むために」
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