第26話:猿でも書ける義理の兄妹ラブコメ講座

 トイレのドアが閉められたあと、洗面所から水が流れる音が聞こえてきた。

 無事に手洗いを済ませたのか、足音がこちらへ向かってくる。

 スタンガンを持っている危険人物がいるとは知らずに。

 靴下の擦れる音を壁伝いに聞きつつ、柚葉は極悪非道な表情を浮かべて。


「いひひひひ、害虫駆除しないとねぇ〜」


 未だかつてないほどに、口元を歪める妹。

 いつも可愛いのに、こんな悪どい表情もするんだと感心してしまう。

 それでも、俺は言わなければならないことがある。


「志乃ちゃん! こっちに来たらだ、ダメだッ! 絶対に入ってくるなぁ!」

「せ、先輩ッ! な、何かあったんですか??」


 大声で叫んだおかげで、志乃ちゃんに伝えることができた。

 柚葉の考えでは、部屋に入ってきた瞬間に、電撃攻撃を食らわすつもりだったのだろう。だが、そんな危険行為は絶対にさせない。何度か食らったことがあるが、痛いし。


「……兄様? よ、余計な真似を……でも、抵抗しても無駄ですよ?」


 漆黒色に染めた瞳を浮かべて、柚葉は躊躇いもなく火花を散らした。

 バチバチッという耳触りが悪い音が、部屋中を包む。

 その響きだけで、心臓を握られたかのように動けなくなってしまう。


「……ご、ごめんなさい。せ、先輩……わたし心配なので部屋開きますね!」

「ふふっ……未教育の雌猫には礼儀を教えないと」


 決着はすぐさまに着いてしまった。

 先手必勝とスタンガン突撃をした愚妹だったのだが、詰めが甘いのだ。

 見事に、後ろを取られて、「ていッ!」と武器を床に落とされてしまったのだ。

 虎の威を借る狐とでも言うべきか、武装を失くした妹は弱いものだった。


「か、かわいいですー!! 妹さんですかー!」

「さ、触るなにゃぁあああ〜」


 先程までのおどろおどろしい展開は何だったのか。

 と、首を傾げてしまうほどに、拍子抜けな結果だ。

 志乃ちゃんは軽々と柚葉を持ち上げ、可愛がっているのだ。

 初めて浮く感覚を知った赤子のように黙り込んでしまう。


「先輩に似て、恥ずかしがり屋なんですねー。小学生ですかー?」

「失礼な! これでもピチピチの中学生です!」

「ほら、高い高い〜、高い高い〜」

「うわあああああああ〜。や、やめろぉぉぉぉ〜」


 攻めるのは得意だが、攻められるのは苦手な少女の絶叫が響いた。

 礼儀を教えないと、と言っていたが……あの威勢はどこにいってしまったのか?


◇◆◇◆◇◆


 中学生なのに高い高いをされて、不機嫌さを露わにする柚葉。

 涙目のまま、ほっぺたをぷっくらと膨らませて、不満ですと主張している。

 そんな愛すべき妹にヘラ謝りしながらも、志乃ちゃんは訊ねる。


「あ、ケーキあるけど食べますか?」

「食べませんッ! 毒薬が入っている可能性もあるし」

「さっきは調子に乗ってごめんねぇ〜。目元が先輩に似ててイジワルしちゃって」

「謝罪で許される問題ではありません。食べ物で釣られるなんて小学生以下ですよ」


 フードを深々と被り、拒絶の意を示した妹。

 甘いもの。特にデザート系は好きなお年頃だと思うのだが。

 それでも、「食べません」の一点張りだった。


「……本当に食べないんですか?」


 持ってきたら、食べるかもしれない。

 そう言って、冷蔵庫からオシャレなケーキを持ってきた志乃ちゃん。

 事前調査を行なっていたのか、三人分用意されている。


「た、食べませんッ! ユズは簡単に落ちる女じゃないのです!」

「毒も何も入っていませんよ。柚葉ちゃんの好きな苺のショートケーキ残してますから」


 苺のショートケーキ。

 その言葉に、ピクンと耳を尖らせる。口元からはよだれが出てきそうだった。

 だが、ブンブンと首を振って、自己暗示を唱えるように。


「食べたら小学生以下、食べたら小学生以下、食べたら小学生以下」


 頭を抱え込んで呟く姿は、幽霊が出現してお経を唱えてるみたいだ。


「美味しいですよ。そうですよね? 海斗先輩?」

「あぁ、確かに美味いな。絶妙な甘さ加減。クセになる味だ」


 俺が選んだのは、シースケーキだ。

 俺たちが住む地域では一般的だが、他の都市では聞いたことがない。

 カステラ風の生地に、白桃やパイナップルを用いている。ケーキというのはクリームが多く、一個食べたらドッカリするものだ。だが、これは甘酸っぱさも仄かにあり、何個でも食べたくなるのだ。是非とも、全国展開するべき商品の一つだろう。


「折角、買ってきてくれたんだ。意地張らずに食べろよ、柚葉」

「ししししし、仕方ありません、食べてあげます。兄様がそう言うなら」


 渋々と言った感じで、大好きな苺のショートケーキを食べる妹。

 口元に入れた瞬間、頬がとろけ落ちるのではと錯覚するほどに心底幸せそうな表情を浮かべる。そして、モグモグと咀嚼して、ただ一言漏らす。


「し、幸せぇぇぇ〜」

「もっと幸せにしてあげます。はい、アーンしてください」


 柚葉に向けられたフォークには、チョコレートケーキが一口サイズある。

 小柄な少女は、野生動物のように罠ではないかと訝しがる表情を一瞬浮かべるものの、心を開いたのか。


「えっ? いいのぉ?」

「はい、いっぱい食べてください」


 結局、柚葉は自分のケーキと、志乃ちゃんのケーキを半分平らげてしまった。ちなみに、チョコケーキを食べる際は、「はい、アーンしてぇ〜」と志乃ちゃんと言われて、口を開いていた。完全なる餌付けだ。まるで、数週間前の俺だった。


 ケーキを平らげる頃には、柚葉は志乃ちゃんに懐いていた。


「しーちゃんは優しいです。大好きです」

「わたしも柚葉ちゃんのこと好きです。素直で可愛い子だから」


 志乃ちゃんから愛でるように撫でられるものの、柚葉は柔らかな笑みを浮かべていた。二人の姿は、長年連れ添ってきた姉妹のように仲良しだったのだ。


 女の子って、コミュ力すげぇーな。男なら……この親密度になるまで結構かかるぞ。


◇◆◇◆◇◆


「ふむふむ、兄様の事情は把握しました。ユズも手伝ってあげます!」


 志乃ちゃんがお泊まりすることを伝えた上で、本日がどのような集まりなのかを簡単に説明した。全てを聞き終えた柚葉はアイデアを出してきた。


「禁断の兄妹恋愛にしましょう! 最後は周りに認められず、自殺に至る系統の」

「古臭さ満載だな。認められないなら心中だ展開って……コテコテじゃないか?」

「王道っていうんですよ。万人受けするのは、結局こーいうベタなものですよ!」


 まぁ、一理あるな。奇をてらいすぎて、逆に滑ってる作品って多いし。

 初めて読んだときの新鮮さは最高なのだが、途中から飽きてくるんだよな。

 出落ち感が半端ないし……結局、最後は王道路線に走るんかいって話多いし。


「てか、兄妹恋愛って一般受けするのか? 一部の妹萌えオタには受けそうだが」


 妹に萌える。この感覚が分かるのは、オタクだけのはずだ。

 常識ある人間は妹に恋心を抱くのは、おかしいと一刀両断すると思うし。

 可愛い妹が欲しいならあるかもだけど……恋愛に発展するのはな……。


「義理の兄妹設定ならどうですかね?」


 少女漫画ではありがちな展開ですけど。

 そう呟きつつ、志乃ちゃんは指先を立てて。

「最初はクラスメイトだけど、父親の再婚で義理の兄妹になるみたいな」


 義理の兄妹。その手があったか!

 兄妹と言えば、実妹。そう勝手に解釈していたが……義理もあるんだよな。


「これなら一般向けに展開できるんじゃないですか?」

「……しーちゃん気付いてしまいましたか。ご都合すぎる義理の兄妹設定に」


 兄妹恋愛大好きな少女は目を鋭くさせて、説明を始める。


「クラスメイト兼兄妹という奇妙な関係性の主人公は、学園系では欠かせない学校問題と、ヒロインの生活様式に直結する家庭問題まで『俺たち家族だろ?』や『兄として黙っていられないな』の一言でお節介を焼ける超絶有能キャラになれるんです!」


 ラブコメ主人公あるある。その代表格というべきものが、他人の家庭環境に関わりすぎているだ。踏み込み方が下手だと、作品の面白さがガタ落ちする諸刃の剣だが。

 特にヒロインの両親へ説教をかます展開は見ているだけで痛々しく、常識の無さに呆れてしまうものだ。結婚したら家族になり得る可能性があるというのに、と。


 だが、しかし、義理の兄妹ならば、話は別である。

 家族という免罪符があるので、奥底に眠る家庭問題さえも直接介入できる。

 言わば。


「義理の兄妹とは、学校問題と家庭問題を扱えるラブコメ界の大谷翔平です!」


 柚葉がそう評したあと、空かさず志乃ちゃんが通販番組みたいに訊ねる。


「でも……書くの大変なんじゃないんですかー?」

「と思うでしょ? でも楽勝です。テンプレがあるんです!」


 その一言を待っていました。

 とでも言うように、我が妹は詳しい解説をした。


「導入ではヒロインを憧れの存在として描き、主人公には彼女に儚い恋心を抱かせます。その後、親の再婚で二人は義理の兄妹へ。兄は妹に対する気持ちを隠し、家族として関わっていくことを決めます」


 メガネを掛けてもないのに、わざわざクイッとする素振りをしてから。


「でも二人で幾度も難しい問題を解決していくことで、恋心が芽生えるのです。兄は家族として関わると決めている以上、平然な態度を取ります。でも、妹は家族愛だけではない新たな気持ち——言わば、本当の恋心が生まれるのです」


 このあとの展開は誰でも分かりますよね?

 逆に分からないなら、小説を書く才能はありませんよ?

 と訴えるような眼差しで、妹愛好家の少女は続けた。


「あとは気持ちが爆発してしまった妹が恋心を明かして、ハッピーエンドかバッドエンドに持っていけばいいだけです。言い方は悪いですが、誰でも簡単に書けて、尚且つ最後の最後まで二人は結ばれるのか、それとも……と気になる作品になります!」


 猿でも書ける義理の兄妹ラブコメ講座を聞き終えた志乃ちゃんは、拳をギュッと握り締め、目元をキラキラと光らせながら。


「何だか……自分でも書けそうな気がしますッ! 義理の兄妹作品なら……」

「チャンレジ進研ゼミの漫画読んだあとの俺か! 現実はそこまで甘くねぇーよ!」


 四つの目が俺に突き刺さる。

 そこまで言うなら説明しろと物語ってくる。

 やれやれと、両手を上げながら、俺は言う。


「義理の兄妹設定は、匙加減が難しい題材だ。書き手のセンスが問われるんだよ」


 兄妹で住むってことは、ラッキースケベ展開があるってことだよね?


 例えば、トイレに入っているヒロインに気付かず入ったり、風呂場開けたら、真っ裸のヒロインがいたり、ベッドには部屋を間違えたヒロインがいたり。

 と、勘違いした作家が書くと、「お前、学習能力ゼロか!」とツッコミを入れたくなるほどに、毎回毎回サービスシーンが入るようになってしまうのだ。

 ソースは、物語構成を考えずに書いてた頃の俺。執筆初心者は誰もが通る道だ。


「素人小説投稿サイトを読んでみろよ。義理兄妹設定のラブコメが溢れかえっているが、大抵の場合、ダダ滑りだ。二人の関係性だけで十分面白く書けるのに、余計なヒロインを増やしすぎてハーレム作品へ。その後は収拾が着かなくて、作家逃亡がオチだ」

「でも、それはセオリーから外れるからです。ユズが言った通りに書けば、そこそこの成功は見込めると思います! 間違いありませんッ!」

「甘いな、柚葉。理論通りに進まない。それが小説なんじゃないか?」


 プロット通りに書ければ面白くなる作品は山ほどある。

 でもさ、と呟いてから。


「計算通りに動かないよ、作家もキャラも生きた人間だからさ」


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作家から


 本来ならばストーリーを進めたかったが、筆が増えました(涙)

 次回はコメディ色強めで、笑える展開になります。

 んで、その後は物語の核心部分を突く話で、最後までフルスロット!!


 バトル漫画でいうところの、現在は修行回。修行回はつまらないと囁かれる昨今ですが、読者を楽しませるために、少しでも面白い展開を入れました。皆様が少しでも楽しんでくれたのならば、私は嬉しいです。


 下記は去年書いた義理の兄妹系ラブコメ。

 文字数は1万文字程度なのに、今作よりも評価が高いというジレンマ。


https://kakuyomu.jp/works/16817139558680609050

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