エピローグ②金枝詩織(オタクに理解あるギャル)
平日の放課後。
学校終わりで疲れた身体を癒すため、俺はとある場所へと出向いた。
一人で行くのは初めてだが、一度行ったことがあるのだ。
もう何も怖くない。そう思って、扉を開いたところ——。
「おかえりなさいませ、ご主人様……って、あ、アンタ……」
「おいおい、人様の顔を見るなり、歯軋りするなよ」
学校から二駅程離れたメイド喫茶店。
そこで汗水垂らして働く金髪少女の名は金枝詩織。
俺のクラスメイトであり、そして教室を仕切る現役ギャル。
彼女はギラギラ目付きで、こちらを睨んでいる。
オタクなんて相手にしないし、関わりたくもない。
そんな意思がヒシヒシ伝わってくる。
「何か、アタシで変な想像してない?」
「してないぞ、今はまだな」
だが、頭の片隅では、他の妄想が捗る。
今まで童貞狩りして数々の男を卒業させてきました。
まだ女子高校生だけど男遊びは今後もやめられない。
目の部分だけ黒い斜線で隠された痴女JKのインタビュー姿がさ。
一部界隈では笑顔が愛らしい肉付きの良い女神だと囁かれて。
いっぱい出したあとは、優しい笑みを浮かべてくるとか。
杭打ちするように、何度も腰を振って竿がモゲそうだったとか。
そんなことが——。
「クラスメイトを変な目で見るなッ! このど変態がッ!」
「俺は文芸部だぞ。ど変態なのは当たり前だ! 文豪は変人多いからな!」
教科書にも出てくる有名人だ。その凄さをもっと深く知りたい。
そう思って、ネットで調べたら……あら不思議。
クズエピソードのオンパレードで人間臭さを知ったものだ。
「……あぁ、もういいわ」
呆れた声を出して、メイド服姿の詩織は座席へと案内してくれた。
厨房から取ってきた水を少々雑に置いてから。
「それでどういうつもりよ、わざわざバイト先に来て」
「ここに来たら、詩織に会えると思ってさ」
「…………が、学校で会ってるでしょ、ばばばば、バカ」
演劇では一切恥じることなんてないのに。
それにも関わらず、現在の彼女は目を僅かに下げ、耳まで赤くしているのだ。
クラスメイトの前では決して見せてくれない可愛らしい反応。
そんな挙動一つ一つが、今後書き上げる小説の糧になる気がした。
◇◆◇◆◇◆
メイド喫茶の裏口。
マンホールの地下帝国にはネズミが溢れかえってそうな路地裏にて。
「本当にアンタ待ってたのね……オムライスとメロンソーダで待つなんて」
「カッコいいからって、他のメイドさんがおまけしてくれてな」
「殺す……イケメン許すマジ!」
シフトがもう少しで終わる。
そう聞いたので、一緒に帰ろうと提案したわけだ。
夜道も暗いし、女の子一人で帰らせるには気が引けてな。
と、心配していたのだが、駅前は人通りが多かった。
「アタシに付き纏っていいの? 他の女の子たちが怒ってるんじゃないの?」
「かもな。でもさ、お前の意見がどうしても聞きたかったんだよ」
「ど、どうして……あ、アタシに」
「俺とお前の感性が似てるからな。面白いの感覚が」
二週間前、俺たち文芸部は生徒会と戦った。
文芸部存続を賭けた死闘だった。
結果は文芸部の勝利。正確に言えば、黒羽皐月の完勝だった。
「俺の小説はどうだった? 教えてくれないか?」
あの日提出した作品は、俺の限界だった。
と言っても、今の俺の限界だが。
それでもあれ以上の作品を書ける気がしなかった。
だからこそ、これから先どうしたらいいのかを知りたかったのだ。
「あ、アンタの小説面白かったわよ」
「お世辞か?」
「ううん、本音。あたしがお世辞を言うタイプと思う?」
ハッキリ言いそうなタイプだな。
合コン参加メンバーの男を見た瞬間、無理とか言ってそうだ。
俺の場合は、性格がバレた瞬間に、お断りされる確率が高いがな。
残念系イケメンとか呼ばれているが、少々価値観が古いだけなんだがな。
「アタシがね、面白いと思う作品は二つのパターンがあるの」
金枝詩織は「まず一つ目」と人差し指を立ててから。
「整合性が取れている作品。言わば、無駄を徹底的に削ぎ落としたもの。物語に必要な部分だけを描いたものとでも言うのかな? 全部の話が繋がっていて、その話が無かったら、物語が成立しないぐらい完成度が高い作品」
言わば、星新一の作品や、藤子F不二雄のSF短編集とか。
大長編ドラえもんの魔界大冒険とかも完成度は物凄く高いよな。
その辺の類が、無駄を徹底的に削ぎ落としたものってことだよな?
「二つ目は、勢いがある作品。一話一話を必ず面白くしてやる。絶対毎回毎回面白い話を書いてやる。そんな意思がヒシヒシ伝わってくる系? 一話一話を全力で面白くするあまりに、最後の方は結構残念なオチになるんだけどね」
一つ目と二つ目の話を聞いて、金枝詩織が言いたいことが分かった。
彼女が言いたいことは——。
「風呂敷を畳むのが上手い作品と、風呂敷を広げるのが上手い作品だろ?」
俺の言葉を聞いて、金枝詩織は右目を僅かに上へと持ち上げる。
それから数秒が経ったのちに、ニッコリ笑顔を浮かべて。
「そ〜いうこと!! それ、それを言いたかったのッ!」
彼女自身も説明するのが難しい。そう思っていたのだろう。
俺自身も、全然頭に入ってこねぇーなと思ってたし。
でも、分かりやすい言葉で置き換えたから、分かりやすさ倍増だ。
「月姫さんの作品は整合性が取れてた。言わば、理論で読むタイプ」
そして、と呟きながら。
「アンタの作品は勢いがあった。言わば、感情で読むタイプ」
理論で読むタイプと感情で読むタイプか。
一度もそんな視点で考えたことはなかったな。
「だからね、アタシはもっと————」
物事はどんなことでもズバズバ言い放ちそうな金髪ギャルなのに。
彼女は途中で言葉を止めてしまった。
俺の顔を見て、口元をニタッァとさせている。
何か面白い発想が生まれたのだろうか。
「これ以上はアタシのエゴ。だからさ、これからも頑張りなさいッ!」
何かしら、俺がレベルアップできる術を知っているのだろうか。
是非とも知りたいのだが、教えてくれそうにない。
でも、創作とは己との対話なのかもしれないな。いつまでも。
◇◆◇◆◇◆
駅前に辿り着いた。
人通りが一層多く、道ゆく人々は早歩きだ。
さっさと家に帰りたいのだろう。
そんなことを思っていると、巨大なツリーが目に入った。
冬場に設置したまま放置されているのだ。
赤、青、黄、紫、白などなど色取り取りなイルミネーションで彩られている。
クリスマスの時期は、人々の足を止め、魅了していたかもしれない。
だが、今となっては誰も目を向けることはなかった。
そんな忘れ去られた大きな置き物を眺めながら。
「アタシたちも誰にも見向きされない日が来るかもしれないわね」
将来に対する不安から漏れた言葉か。
それとも諦めなければならない夢への想いか。
電球に照らされた金髪少女はそう呟いた。
俺と彼女は作家と演者の関係性だ。
全く異なる分野だと言ってもいい。
だが、誰かに見てもらうという点では同じなのだ。
「大丈夫だ、物好きな俺がしっかりとお前を見てるよ」
「ありがとう。アタシもアンタが頑張る姿を見てる」
俺の返事を聞き入れ、金枝詩織はニッコリ笑顔を浮かべた。
多少は心が晴れ晴れしたらしく、不安そうな表情は一切ない。
誰かに見られている。そう思うだけで、心が楽になったのだろう。
「もしもの話なんだけど、来年の文化祭でアンタの脚本が採用されたらいいね」
「どうして来年なんだよ! 今年でいいだろ、今年でよ」
「今年は激戦区だもの。だから、アンタの実力じゃ無理だもん」
お世辞は言わないらしい。
見た目はアホっぽくて、人生なんて全く考えていません。
そんな感じの女の子だと思っていたが、彼女は結構現実的らしい。
「だったら、俺脚本のヒロインは金枝詩織だ。最高の舞台になるだろうよ」
「絶対最高の舞台になるわ。だって、アンタとアタシが手を組むんだもの」
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エピローグ②
金枝詩織ちゃん
物語への登場は遅かったが、今作のキーマンでした。
主人公の佐倉海斗がボケ担当に回れる唯一の存在です。
個人的には、海斗と詩織の組み合わせは結構好きですね〜(笑)
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