エピローグ①佐倉柚葉(甘えたがりなブラコン妹)

 椎名志乃が自殺未遂を起こしてから早一週間が過ぎた。

 彼女が自殺を図ったことを知るのは、俺と黒羽先輩のみ。

 わざわざそのことを言い触らすこともないので、俺たち以外が知ることは今後一切ないだろう。ともあれ、困った問題が一つだけあった。


 椎名志乃は自宅のアパートを引き払ってしまったのだ。

 俺の家に住まわせるかとも思ったのだが……そう簡単な話ではない。

 このまま路頭を迷うことになるのかと思っていた頃。

 救いの手を差し伸ばす者がいたのだ。


『私が責任を持って、椎名さんを保護するわ』


 黒羽皐月だ。

 才色兼備で文武両道な完璧美少女。

 というのが良い噂で、悪い噂では——。

 過去に校内で自殺未遂事件を起こした危険な先輩。

 と、評価を下され、生徒たちが一切関わろうとしない孤高の人物。


 というのが、知る人ぞ知る彼女の第一印象かもしれない。

 だが、忘れてはならないことがある。

 黒羽先輩は、家柄に厳しい生粋のお嬢様なのだ。


『遠慮することはないわ。部屋は大量に余ってるから』


 というわけで、椎名志乃関連の問題は全部解決したわけだが——。


 俺は新たな問題を抱えることになってしまったのだ。


「あぁ〜。しーちゃんはいつお嫁さんに来るんですか?」


 リビングでゆっくりしたいのだが、一向に気が休まらない。

 実は先週からの一件を通して、柚葉が何かに気付いたのだ。

 俺と志乃ちゃんの間で何かが起きたと。

 そして、愛する妹は、変な勘違いをしてしまったのだ。


 ははん、こいつら二人はヤったんだなと。ヤッテ変わったんだなと。


「お前は息子の彼女に唾を付けとく母親かッ! 何もかもが早すぎる!」

「でも、結婚、子供と考えると、やっぱり若いほうがいいと思います!」

「余計なお世話だよ……てか、高校生には早すぎるだろ!」

「でももう……赤ちゃんを作れる身体になってると思います、ぐふふふ」

「気持ち悪い言い方をするな!!」

「でももう……精子を量産できる身体になってます、ジュボジュボ」

「言い換えた結果、気持ち悪さが増してるわ!」


 柚葉はクスクスと笑った。

 兄をからかって十分楽しんだのだろう。

 黒と白が入り乱れた髪を、人差し指でクルクルしながら。


「やっぱり、お兄様は結婚しなくても大丈夫ですよ」

「だから、お前は母親かってのッ!!」


 結婚を勧めてみたけど、うちの息子は大丈夫かな。

 もしかして、結婚のことで心を病ませないかな。

 考え過ぎて逆に気を遣わせてしまうんじゃないかな。

 みたいな感じの、フォローがさりげなく心を突き刺すのだ。


「俺でも少なからずの結婚願望は持ってるんだが?」

「現実は甘くないんですよ、悪いことばかりです」

「現代の離婚率は、三分の一と言われてるからな」

「そうです。だからこそ、今後は妹で辛抱してください!」

「妹と嫁って……そもそものベクトルが違うと思うんだが?」

「妹は愛らしい存在で、嫁は憎たらしい存在なんですよね?」

「鬼嫁チャンネルに汚染されてるよ、頭の中が確実にっ!」


 ネット情報は正しいことも間違ったことも書いてある。

 だからこそ、ネットリテラシーを持って、行動しなければならない。


◇◆◇◆◇◆


「妹という存在は、いつの日か遠いものになるんですよ」

「どういう意味だ?」

「もしかしたら、ユズも誰かのお嫁さんになるかもしれません」

「そうなったら嬉しいけどな」

「お、お兄様ッ! ユズが他の男に寝取られたら嬉しいですと!」

「誰もそんな発言してねぇーよ! 相手の気持ちを汲みとれよ!」

「汲みとれないから、不登校児なんです」


 自虐ネタを使うとは……。

 柚葉の奴、着実に俺の笑いセンスに近づいてやがるな。


「でも、お兄様が寝取られ属性ヒロインが好きだとは」

「だからさ、そんな発言してないっつの」

「では、それはどういう意味だったんですか! 寝取らせ兄さん」

「お前が結婚するってことはさ——」


 変なあだ名を付けられてしまったので、俺は空かさず言い返す。


「——お前が幸せになるってことなんだろ?」

「えっ……?」

「俺はさ、柚葉が幸せになるんだったら、どんな形でもいいと思ってる」


 柚葉は驚きを隠せずに、口元をパクパクさせている。

 自分でも結婚するという意味を理解していなかったのかもしれない。


「まぁ〜お前が結婚するなら、それは寂しいかもしれないけどな」


 それでも、俺は一人の兄として、妹の結婚は素直に喜ぶだろう。

 まぁ〜遠い先の話になると思うけどな。兄離れできてない妹を見るに。


「……にひひ、お兄様はやっぱり優しいです」

「兄なんだから当然のことを言ったまでだよ」

「にひひ、言質を取りました……取りましたよ……い、今」

「はぁ? お、お前……」


『柚葉が幸せになるんだったら、どんな形でもいいと思ってる』


 先程、俺が放った言葉を、柚葉はスマホで録音してやがっていた。


「今後ももっともっと愛でてくださいね、お兄様」

「……あ、あのなぁ〜。俺はそんなつもりで言ったわけじゃあ——」


 俺の言葉を遮るように、柚葉は当然の如く言い放つ。


「知ってますよ。ユズだって、いつの日かは結婚しますよ」


 でも、と呟く妹は悪戯な笑みを浮かべる。

 それから彼女は続けて、俺の腕を握ってきて。


「でも、お兄様を超えるような男性が現れないと結婚しませんけど」

「実質それって無理じゃね? 俺ってハイスペックだし」

「はい、無理です。だから、ずっとずっとユズはお兄様のそばにいます」


 はぁ〜困ったもんだ。

 誰か、俺の妹を幸せにできる自信がある奴はもらってくれ。

 ただし、柚葉を必ず幸せにする覚悟がある奴じゃないと無理だが。


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 エピローグ⑤まであるよ

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